第16話 魔物と面談

 一年目の冒険者がダンジョンの支配者を助ける。普通は考えられない話だもんな。杉村さんは困惑した表情をしながらリンドヴルムさんの言葉を待っているようだった。


「真白と出会った時。あぁ。僕がスライムと呼ばれている姿をしていた時ですね。あの時の僕は他の魔物に襲われていたんです」

「あなたが他の魔物に? あなたは日本橋の支配者ではないのですか?」

「住みやすいように管理はしていますが、支配者ではないですよ。そもそも日本橋ダンジョンで一番強いのは僕ではないですからね」


 リンドヴルムさんはさらりと話すが、内容が重すぎる。杉村さんもやっぱり話をすぐに受け止められなかったみたいで少しの間かたまっていた。


「あなたより強い魔物がいるんですか?」

「ええ。真白が一匹倒したので今は三匹ですね。残忍で狡猾な魔物です。誰かがダンジョンの下層に閉じ込めたみたいですよ」

「誰か?」

「もちろん僕じゃないですよ。僕より強い魔物ですから、僕は関わる事はしません」

「そうですか。日本橋ダンジョンに封印された魔物が三匹いる。これは対処した方が良いですね」

「退治しようとは考えないで下さいよ。ほら、浦島太郎だって、箱を開けなかったら老人になる事はないですし。起こってしまったら戻せないんですよ」


 触らぬ神に祟りなし。その言葉が頭に浮かんだ。封印が解けてしまったらリンドヴルムさんより強い魔物が三匹現れるんだ。初心者向けと思われているけど、やっぱりダンジョンなんだな。


「わかりました。あなたがそう言うのでしたら、この話は厳重に取り扱います」

「現状に取り扱ってくれないと僕も困ります。日本橋は僕の実家ですし、実家がなくなるのは寂しいですからね」

「日本橋が壊滅するほどのの魔物ですか。……羊川さんが手助けしてなんとかなりそうもございませんよ」

「出来ますよ。簡単です。真白を強くすれば良いんですよ」


 軽い口調だが、全く簡単ではない。けど私の火がレベル42になっていたのも事実だしな。信じて貰うためにはダンジョンで私の力を見て貰うとかした方が良いのかもしれないな。


「羊川さんを? そんな簡単に強く出来るんですか」

「冒険者は魔物の核から魔力を吸収するのと同じです。真白が僕の魔力を吸収すれば強くなります」

「生きている魔物の魔力を吸収するなんてそんなことは聞いた事がありません」

「人が知らないのは当たり前ですよ。自分の力を与える魔物なんていませんからね。だから人は倒した魔物の魔力を奪っているんでしょう?」


 杉村さんが苦い顔をしている。信じられないのかな? ダンジョンで私の火を見て貰うのが一番か。

 話を切り出すタイミングを考えていると何かに気付いたような表情をした。なんだろう?


「あなたが羊川さんに力を与えて彼女の火の勢いが強くなったんですね」


 気付いていたんだ。と言うか杉村さんがわかるほどにあの時の火柱は大きくなっていたんだ。あの時はがむしゃらだったから、あんまり覚えていない。


「その通りです。ですので真白が弱いくらい別に問題ないんです。真白は僕が使えない火の魔法を持っていますし、それに真面目でお人好し。重要なのはこの三つですね」

「真面目でお人好し、ですか?」


 杉村さんが柳井先生を見ながら尋ねる。多分私の事を聞いているようだ。柳井先生は杉村さんとリンドヴルムさんが何も言わないことを確認してから口を開く。


「そうですね。予想よりも羊川を心配する声が多かったのも彼女のその性格からですよ」

「確かにわざわざ専門学校から柳井さんを連れてきましたからね」


 杉村さんが苦い顔で言った。何かあったのかもしれない。柳井先生の方をそっと見ると先生が「気にするな。こちらの話だ」と私に向けて言った。気になるけど、なんとなく詮索しない方が良さそうなのはわかった。


「真白は裏切らないですからね。それに火の魔法を持っているので、僕にとって都合の良い存在。僕の手元に置いておきたくなるのもおかしな話ではないですよね。だから真白を操ってティムをして貰ったんです」


 私を操ってティム? どう言うことだ?


「えっ? この紋はリンドヴルムさんが刻んだんですか?」


 私に視線が集中した。あ。杉村さんがリンドヴルムさんが話してる最中だった。まずい。


「すみません。終わったら」

「いえ。私も知りたいですので、続けて下さい。リンドヴルム。魔物は人を操ってティムさせられるんですか?」


 急いで話を終わらせようとしたが、杉村さんが私に同意しながらリンドヴルムさんに尋ねた。

 良いのかな……ってよくよく考えたら魔物が人にティムさせられるって怖いことだ。


「普通は出来ないですよ。僕は真白の記憶を見たので方法を知っています。あの時も急いで僕が施したんです」

「羊川さんの記憶を? ……だから羊川さんは昨日解除出来なかったんですね」

「それは……僕も理由がわかりませんが、そもそもティムは魔物からはしないものですし、通常とは違う事が起きているのは確かですね」

「そうでしたか。それにしてもあなたと話す度に疑問が出てきますね」


 杉村さんがため息をつくように言った。その眉間に皺を寄せていて、リンドヴルムさんに対してあまり快く思っていないのは伝わった。


「隠すつもりはないので、順番に聞いて下さい」


 そんな杉村さんとは正反対に余裕たっぷりでリンドヴルムさんが言った。


 ***


 リンドヴルムさんが杉村さん達に話したのは昨日私が聞いた話と同じだった。

 私の記憶を読んだことやリンドヴルムさんの思惑について。リンドヴルムさんは特に誤魔化すことはしなく杉村さんの質問に答えていった。気付いたら質問も終わりに近づいていたらしい。杉村さんが「これで最後です」と言った。


「はい。どうぞ」

「あなたは人の味方ですか?」

「どうでしょうね」


 最後の最後で曖昧な答えだった。さっきは尻尾を振るといっていたのに。リンドヴルムさんは突然裏切るように言ってくるから心臓に悪い。

 会議室の空気も十度くらい下がった気がするし、本当に止めて欲しい。とうのリンドヴルムさんは凍えた空気など気にせずにふわりと笑っていた。


「僕は真白だけの味方です。ですので真白が人についている限りは協力します」

「ずいぶんとまわりくどい言い方ですね」


 本当だ。だがリンドヴルムさんは今までとは違う真面目な表情で話すせいか、とても重要な言葉のように感じた。


「あなた方が真白をどう扱おうとしているかまだ聞けていないですからね」


 杉村さんがその言葉にハッとした表情をした。それからすぐに申し訳なさそうな表情に変わる。


「失礼いたしました。羊川さんの身の保証については話しておりませんでしたね。昨日も話した通り、我々はあなたと良い関係を築きたいと思っております。ですのであなたの協力を得るために羊川さんに危害を加える予定はありませんよ」

「そうですか。でしたら問題ございませんが、僕を使役するために真白を拐かそうとはしないで下さいね」

「しませんよ。そもそも羊川さんは冒険者です。我々が守るべき人財ですよ」


 杉村さんが言い切った。その言葉にリンドヴルムさんが少し考える。小さく息を吐いた。


「それでしたら問題ないですが、僕は真白とここで平穏に暮らすのが一番。そのためなら容赦はしません。心に留めておいて下さい」

「承知しました。でしたらあなたは形式上は我々の管理下にいることにして頂けませんか?」

「あなた方の?」

「はい。他の魔物と同じですね。冒険者の眷属として我々の管理下にいて下さい。そうすれば我々もあなた方が人とトラブルが起きたときに責任を持って対処出来ます」


 杉村さんが真剣な表情で言い切った。魔衛庁が責任を持つ。簡単に言ってはいるが色々な意味が含まれていることに流石に私も気付いた。

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