第15話 魔物と恩師

 魔衛庁からが連絡があり、午後から魔衛庁へ行くことになった。

 リンドヴルムさんの識別阻害があるので、私達が来ても問題ないと判断したらしい。やっぱり日本橋から帰れたのって凄かったんだな。

 その話をした時のリンドヴルムさんのドヤ顔を見るとリンドヴルムさんに対して凄いとは言いにくいけど。


 連絡が来ることは知っていたとは言え、急だったので、急いで準備して向かった。

 駅まで歩いて電車に乗って魔衛庁に向かう。向かう途中もリンドヴルムさんの識別阻害のおかげか、特に騒がれることない。

 もしかしたらそんなに大事じゃないのかもしれない。そう思い始めていたら、リンドヴルムさんが私にチャンネルを見せる。いつの間にか四百万になっていた。


「識別阻害の効果ですよ。僕は良くも悪くも注目を浴びていています。油断はしないで下さい」

「わかっていますよ」


 返事をしながら周りを見回すが私達に興味を持つ人はいない。実感が湧かないな。


 ***


 やっぱり魔衛庁も落ち着いていた。未知の魔物なのに、騒ぎは起きる様子がない。昨日のようにガードマンさん達に囲まれる事がなくて安心したが、いつも通りの光景だと少し気が抜けてしまいそうだ。


「やっぱりいつも通りですね」

「人との会話で識別阻害が解けてしまうかもしれませんので気をつけて下さいね」


 スマホを見ながらリンドヴルムさんが言った。気をつけろと言われてもな。どうなるか想像がつかないし、そもそも魔衛庁だから解けても問題ないと思う。


「はい」


 とりあえず返事をするとリンドヴルムさんが受付へ向かう。受付に向かうと途中で見覚えのある顔を見かけた。柳井理花先生だ。専門学校で私達の学年を担当していた先生。

 黒髪のボブヘア。紺色のズボンにカットシャツ。シャツの上には膝下くらいまでの少し長めのカーディガンを羽織っている。キャリアウーマンって感じのとても格好良いお姉さんだ。もちろんダンジョンで最低限の動きで魔物を素早く倒していく姿もとても格好良い。


「せっかくなので、先生に声をかけてから行きますか?」


 リンドヴルムさんが立ち止まり私に声をかける。そっか私の記憶を見たから柳井先生の事を知っているんだ。


「良いんですか?」

「ええ。まだ少し時間がありますので、挨拶くらいなら構いませんよ。先生でしたら識別阻害が解けても問題なさそうですし」

「ありがとうございます」


 やった。リンドヴルムさんにお礼を言うと、すぐに先生の元へ向かう。


「柳井先生。お久しぶりです」


 先生に近づいて話すと先生が驚いた表情で見た。識別阻害ってこんな感じなんだ。


「羊川。あぁ。これが例の識別阻害か」

「はい。驚かせてすみません」

「いや。寧ろ羊川から声をかけてくれて助かったよ。君を待っていたんだ」


 私を? 何でだろう。考えていると柳井先生が続けた。


「私が今日から君たちの担当をする事になったんだ。改めてよろしく頼むよ」

「はい! よろしくお願いします。ん? 担当? 先生。授業は問題ないですか?」


 先生に相談できるのは安心するけど、良いのかな? 先生は専門で魔物の討伐について教えている。先生がいないと授業が進まないし、どうするんだろう。


「専門なら問題ないよ。しばらくはガードマンが兼任することになってね。今日は南部長……昨日、大剣を持っていたガードマンがいらっしゃっただろう。あの方が代わりをしている」


 大剣のガードマンさんが先生の代わりをしているんだ。そっか。良いのかな。「部長なら生徒達も良い刺激になるだろう」と笑いながら先生は言っているが、ガードマンさんのお仕事もある。


「ガードマンさんのお仕事は大丈夫なんですか?」

「大丈夫とは言えないが……君達が魔衛庁の最優先事項だからね」

「私達が?」

「羊川の眷属とは言え、得体のしれない魔物がダンジョンの外に出ているのは事実だろう。まずはこの事態を早く沈静化したいんだ」

「そう、ですよね。すみません」

「気にするな。君だって巻き込まれたんだ。元凶はそこの魔物だ。それにこんな状況だが、私は羊川の役に立てて嬉しいよ」


 先生が目を細めて言った。そう言ってくれると少し気が楽になる。だからか少しだけ口元が緩んだ。


「ありがとうございます」

「柳井さん」


 突然先生を呼ぶ声が聞こえた。この声は聞き覚えがある。そのまま声の方向を見るとやっぱり杉村さんだ。


「そろそろ会議室に行きますよ。箝口令をしいているとはいえ、あまり大勢の前で話す内容ではないですからね」


 杉村さんが周りを見るように視線を動かす。その視線を追って見ると職員の方が遠巻きに私達を見ていた。

 珍獣や得体の知れないものを見ているような、自分は人ではないと思わせるような視線だ。”気をつけて下さい”リンドヴルムさんの言葉が頭に浮かぶ。識別阻害がかからないと私達はこんな感じなのか。心が重くなりそうだ。なるべく意識しないように柳井先生の方を見る。


「先生。すみません」

「いや。話し込んでしまった私も悪い。杉村次長。申し訳ございません。羊川。会議室に案内する。ついてきてくれ」

「はい。先生。お願いします」


 そのまま柳井先生について行き、会議室へと向かう。会議室の扉が閉まると杉村さんがゆっくりを頭を下げた。


「お越し頂きありがとうございます。改めて杉村大樹です。柳井と共に羊川さんの担当になりました。これからは私達が窓口になります。よろしくお願いします」

「いえ。こちらこそありがとうございます。えっと、羊川真白です。よろしくお願いします」

「僕はリンドヴルムと言います。よろしくお願いしますね」


 私に続いて、リンドヴルムさんが楽しそうに笑いながら言った。ってなんでこのタイミングで言うんだ。確かに挨拶は大事だけど、杉村さんは眉間に皺を寄せて眼鏡のブリッジを軽くあげる。


「やはり、リンドヴルムだったんですね」


 杉村さんがため息をつきながら言った。リンドヴルムさんだと気付いていたんだ。杉村さんとは正反対にリンドヴルムさんは陽気な表情で話す。


「ふふ。気付かれていたんですね」

「気付きたくはなかったですけどね。日本橋で光を操り、キングゴブリンが逃げ出す魔物。限られていますよ。あなたもそんなに隠すつもりはなかったのでしょう」

「ええ。隠す理由は僕の正体を言って良いとあなた方の許可を得ていないから。だけですからね」

「ずいぶんと我々に協力的なんですね」

「真白が冒険者ですから。真白のためにもあなた方には協力しますよ」


 私のため。相変わらず所々の台詞が重い。


「羊川さんのためですが、あなたはなぜそこまで羊川さんに固執しているんですか?」

「真白に助けて貰ったからですよ」

「あなたが羊川さんに?」


 杉村さんが信じられないと言う表情をしていた。と言うか普通そうだ。一年目の冒険者とダンジョンの支配者。逆ならまだわかるからな。

 それとは正反対にリンドヴルムさんはクスクスと笑っていた。相変わらず呑気だ。

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