第7話 【報告】家族が増えました  3

 何かが暴れているのか、地面が振動している。

 わからないが、目の前の魔物が何かを起こしたのは確かだった。


「光は落ち着きましたよ」


 魔物の声に恐る恐る目を開ける。魔物は相変わらずスマホをいじっていた。


「真白。あぶり出したんでそろそろ来ますよ」


 魔物は私の視線に気付いたようで、私の方向を見ながら微笑む。相変わらず緊張感がない笑顔だ。気を引き締めて洞窟を見ると、足音のような音が聞こえてくる。


 こちらに近づいているからか、段々と足音が大きくなる。何かが出てくる。そう察した瞬間、洞窟からキングゴブリンが出て来た。

 三メートルくらいありそうな大きな体。大きいだけじゃなくて筋肉も発達しているからか、動く度に地面が揺れている。

 この音の主はキングゴブリンだったんだ。本当に現れてしまった。


 って驚いている場合じゃない。

 キングゴブリンとの戦いが始まる。キングゴブリンもすぐに私達を認識したのか、私達の方向を見る。肌にビリビリと伝わる殺気に思わず唾を飲み込む。

 魔物の言葉を待ちながらゴブリンを見ているとゴブリンはすぐに後ろを向き、どこかへと行こうとした。


「逃げた?」


 キングゴブリンを追いかけようと思った瞬間、魔物が私を制止するように私の前に立つ。


「真白。可愛いペットの活躍を見ていてくださいね」


 相変わらず緊張感を微塵も感じさせない笑顔だ。

 魔物に任せた方が良い。頭ではわかっているのに、魔物は走る様子はなくそのままゆっくりと歩いていった。見ているだけなのがもどかしい。


 逃げちゃう。このペースなら絶対に追いつけるわけがない。と思っていたのに、私の視界の先にいるキングゴブリンは段々と大きくなる。あれ? キングゴブリンが止まっている? いや、何かに邪魔されて動けないでいるのか?

 キングゴブリンの動きがわかる位置まで近付くと、まるで見えない壁に囲まれているようにキングゴブリンが宙を叩いていた。


 だからか自然とキングゴブリンに近づいていく。キングゴブリンも私達に気付いたのか振り向こうとした瞬間、光の矢のようなものが宙から現れ、キングゴブリンの心臓辺りに向かって刺さった。


「真白。あなたの火で燃やして下さい」

「は、はい」


 魔物に言われて急いでキングゴブリンを燃やした。すぐにキングゴブリンは火に包まれ、火が消えると同時にキングゴブリンも消えていた。

 え? キングゴブリンなのに、あっけなさ過ぎない? 魔物の方向へ視線を送るとカメラの前に向かって話していた。


「さて、これで耐久配信は終わりですね。帰りましょうか」


 終わり? まるでただのゴブリン討伐のようだった。いや、それ以下かもしれない。

 あまりにも呆気なさ過ぎる。リスナーさん達の反応を確認しようと魔物の持っているスマホを覗き見る。

 リスナーさん達もやっぱり戸惑っているようで、コメント欄には『あああああ』や『うおおおお』のように叫ぶような文字列がたくさん流れていた。


 コメントを眺めている段々とリスナーさん達も落ち着いたのか普通のコメントに戻る。


『俺の見間違いでなければキングゴブリンが逃げていた』

『瞬殺』

『現実?』

『バチクソツヨツヨスライム』

『俺も見ていたから現実』

『終わり?』


「はい。終わりです。さてそろそろ帰りましょうか」


 コメントを見ていたら突然、視界が歪んだ。これは転移だ。そう気付いた時にはダンジョンの入り口に着いていた。

 この魔物はダンジョンの入り口に来れるの?


「あなたの」

「お前が何者か知らないが、ここからは立ち入り禁止だ」


 あなたの力ですか。そう尋ねようとしたが、渋い男の人の声で遮られる。

 誰? 急いで声の方向を見ると、黒いロープを羽織った方が六人いた。この制服は見たことがある。ガードマンさんだ。


 魔衛庁おかかえの冒険者達だ。選ばれるのは一握りでダンジョン内の魔物討伐よりも今日みたいにイレギュラーな事が起きたときに対処にあたる。


 そうだからガードマンさん達は魔物に対して鋭い視線を送っている。光線でも出てしまうんじゃないかというくらいの殺気だ。正直一人帰還したいくらいだ。

 さりげなく魔物が私の盾になるように前に立ってくれたおかげで、殺気が私にも直撃するようになった。怖い。


「ダンジョンに帰れ」


 真ん中にいる大剣を持ったガードマンさんがドスの利いた低い声で言った。この声だけで心臓の動きを止められるんじゃないかな。

 いけるなら早くガードマンさん達の所に行きたい。

 魔物の隙をついて離れられないか考えていると魔物が私に向けて安心させるようにふわりと笑う。

 そんなイケメンムーブされても、お前が原因なんだからな。


「通れますよ。だって、僕は真白にティムされていますから」

「え?」


 それからガードマンさん達の方向へ顔を向けると殺気に怖じけずくことなく余裕たっぷりに話していた。

 ってティム? ティム? 私がこの魔物をティムしたの? ありえない。

 ティムとは心を通わせた魔物を眷属として使役することだ。だが私はこの魔物と心を通わせていないし、ティムの証である紋もない。嘘だな。


『ティムとは?』

『ティム:心を通わせた魔物に花の紋をつけ、使役する』

『真面目か』

『通わせた?』

『俺の知ってるティムとは違うな』

『紋どこ?』


 魔物の持っているとスマホを見て、リスナーさんのコメントを確認。やっぱリスナーさんもわからないよね。


「もちろん紋ならありますよ」


 コメント欄をチラ見していると魔物の声がした。そのまま魔物を見ると魔物が右手の手袋を外す。すると右手の甲に蔦と花が入れ墨のように刻まれていた。 

 眷属の証である花の紋だ。この紋は教科書で見たことがある。アイビーの紋だ。ってアイビー? ……マジか。


『うわっ』

『よりにもよってアイビーかよ』

『ヤンデレ紋』

『実物初めてみた』

『まじか』

『今日一怖い』

『ヤンデレスライム』


 再びコメント欄へ視線を移すとやっぱり阿鼻叫喚だ。無理もない。アイビーの花の紋はそういう意味が含まれている。

 人に忠誠を誓った証として魔物の体の一部に花の紋が刻まれる。紋様は気持ちが花になって刻まれていると言われていて、好感度や隷属度とも呼ばれている。


 アイビーの意味は「死んでも離れない」。人の頭蓋骨を持った魔物に刻まれていた。そんな都市伝説もあるほどだ。

 

『いや、ちょっと待て。まだ決まったわけではない』

『誰かに使役されている可能性もワンチャン』


「ちゃんと真白が僕に刻んだ物ですよ」


 この魔物もコメントを見ていたのか。ガードマンさんと対峙しているのに余裕だな。

 ガードマンさんに視線を移すと魔物が私の胸のあたりに体に手の甲を近づける。するとすぐに呼応するように紋が赤く光った。


『こわいこわいこわい』

『うわっ』

『あかん』

『眷属解け』

『解いて。まだダンジョン内なので、間に合います』


 そうだ。解けば良いんだ。すぐに視線をガードマンさんへ移動する。


「眷属を解きます」


 目の前にいるガードマンさん達に確認するように伝えると鋭い視線を送っているガードマンさんが肯定するように頷く。よし急いで解こう。

 眷属を解き方は……紋に触れて、“解除”と心で呟く。だったよね。よし。そのまま魔物の手の甲に触れようとしたら、魔物がひょいと手を上げた。届かない。


「そう簡単には解かせません」

「困ります。あなたの手に触れさせて下さい」


 その言葉で私の前に手の甲を見せる。あれ? 思ったよりも素直だ。どうしたのだろう。

 何か考えがあるのか、少しだけ魔物の様子を見る。特に何もせず、凄く悲しげな表情をしていた。悪いことをしている気になるが、勝手にティムさせたそっちのが極悪だ。そう言い聞かせて紋様に触れる。


 集中するように目を閉じ、心の中で”解除”と呟く。よし! 目を開けそのまま手の甲を見ると未だに紋が刻まれていた。

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