魔女と婚活と私(第六回)

あずま八重

魔女と婚活と私(第六回)

「皆も知っての通り、我々のタイムリミットは三十歳である! 若くあり続けたい者、および子を産みたい者は、〈魔力抑制よくせい〉を見事マスターし、男との契約を勝ち取ってみせよ!」


 普段はおしとやかな妻が拳を突き上げ雄弁ゆうべんに語り終えると、それまでジッと聴き入っていたエプロン姿の若き女性たちは各々おのおのに立ち上がり、拍手や指笛で応えた。


「それでは、今夜も渾身こんしんの一皿をお作りなさい!」


 高らかに訓練開始を宣言したあと、彼女はこちらに振り向く。そして、前口上こうじょうとは打って変わった穏やかな声で、物騒な事実をにこやかに告げるのだ。


「みなさんのお手元にあるのは、魔法効果を打ち消す〈マジニガ茶〉です。効果によっては混ざると死ぬこともあるので、試食ごとに必ず一口飲んでくださいね」




 私の妻は〈魔女〉だ。何をやぶから棒にと言わず、まぁ聞いてほしい。


 確かに彼女は魔性の女ではあるが、そういう意味での形容ではなく、生まれながらのれっきとした魔女である。魔女と言ってもホウキやデッキブラシで空は飛べないし、黒いローブや 先の折れた大きな三角帽をかぶることもないし、顔中シワだらけでこれでもかと背中を丸めた「THE老婆」的な容姿でフェッフェッフェと笑ったりもしない。


 私たちが持つ、そういった 少々頓珍漢とんちんかんなイメージからズレている〈魔女〉だが、彼女らには彼女らなりの悩みというものがある。第六回の題材は、お察しの通り〝料理〟だ。




◆ 魔女は、普通の料理を作れない。


 誤解の無いように補足しておくが、魔女だって料理くらい作れる。ただ、無意識に魔力を込めてしまう結果、出来上がるもの全てが〈魔法食マジカルフード〉になってしまうだけなのだ。

 そしてこのマジカルフードの困ったところは、魔力を持たぬ者にのみ効果が発揮されることにある。


 想像してほしい。手順や分量を全く同じに作っても効果はバラバラで、味見で事前に確認することもできない。そんなものを魔力ナシのぺーぺー男たちに与えて、魔法の存在を隠したまま無事に胃袋を掴める確率は?


 ゆえにな夜な開かれるのが、この『魔女たちの、魔女たちによる、魔女たちの為のお料理教室』。そして、ゲストという名の〝試食係〟としてこの場に招かれているのは、私以下数名の契約済み男性――そう、婚約者ないし夫だ。


「気になることがあれば、常連のこの人に聞いてくださいな。大抵のことはお答えできると思いますので」


 返した手のひらで私を指し示してそうゲストに言い置くと、主任講師たる妻は他の講師を引き連れて会場の見回りを始める。格好こそみな白い割烹着だが、どことなく大学病院の総回診の絵面にイメージが重なって見えて、いつもクスリと笑いが込み上げてくる。


「あの……何度も協力なさってるんですか?」


 遠慮がちにされる最初の質問は毎度のことで、書き物のジェスチャー付きで「ネタの宝庫ですから」と答えては「はぁ」と素っ気ない反応を得てしばらく静かになる、お決まりの流れにも慣れたものだ。




◆ 魔女たちは、味の表現もユニーク。


 教室の授業内容には、ときに初歩的でいて特殊な話が混じる。いわく『マンドラゴラと根菜の判別方法』であるとか、曰く『甘さの加減は〝妖精族の溜め息〟を目安に調整する』であるとか。傑作けっさくなのは、『からさは〝悪魔の吐息〟くらいに』と指導されていた料理が、辛いどころか激甘だったことだろうか。どんな悪魔の、どんな吐息なのかが気になって仕方がない。


 平々へいへい凡々ぼんぼんでいて非凡をこよなく愛するタイプの人間にとっては、どれも聞いているだけで楽しい話題であることだろう。その上、試食という実体験までできるというのだから、気楽にホイホイ引き受ける。結果、二度と見かけなくなるわけだが、私からすればたった一度協力しただけで来なくなるゲスト連中の気が知れない。


「マジカルフード……でしたっけ。例えば、どんな効果があるのですか?」

「ん? それは――実際に食べてみることをオススメしておきます」


 他にもポツポツといくつか聞かれたが、文字通り手許てもとのお茶をにごしながら、この話題だけははぐらかしておく。


 ほどなくして、私たちの前に 魔女の行列が出来上がった。一皿につき、ひとさじふた匙しか手を付けないのだが、最後尾さいこうびが見えないくらいの数ともなれば相当な量になる。おまけにマジカルフード混じりなのだから、胃のもたれ方もそれ相応だ。




◆ 料理によって難易度が違う。


 ふんわりした玉子焼き、彩りも鮮やかな野菜炒め、ワカメと豆腐の素朴な味噌汁、カレイの唐揚げ、牛ひき肉入りコロッケ、ほうれん草の胡麻和え――魔女が手にする一品たちは、ごくごく簡素で家庭的なメニューが多い。使用する材料の数や調理時間に比例して魔力抑制の難度が上がるのだから、当然といえば当然だろうか。


 特に難しいジャンルは煮込み料理で、その最たるものはカレーらしい。使用するスパイスの数を考えれば、煮込み時間が長いだけのコッテリ豚骨ラーメンスープのほうがよっぽど簡単なのだと、カレーまで極めた妻は熱く語る。市販のカレールゥを使えば難度が下がるんじゃないだろうか、という素朴な疑問は、さすがの私もヤボすぎて聞けない。


「これより、実食判定に移る! 結果はどうあれ、各人、試食の済んだあとは美味しくいただくように!」


 お立ち台に上がり再び妻が声をあげると、そわそわしていた魔女たちの糸がピリリと引き締まった。

 ゲスト一人ひとりのそばには、ステータス異常を検知する端末と受講者名簿を持った講師が補助として付く。マジニガ茶を本人が飲めないような場合には、振りかけてリセットさせるのも補助員の役目だ。




◆ 実食は、実にスリリング。


「ステ:高揚ハイ不合ふごう! 次!」

「ステ:視野暗転ブラインド、不合! ――あ、マジニガ茶はココですよ」


 告げられる判定は圧倒的に不合格が多い。そのお蔭で、実食が始まるとすぐに現場は混沌と化した。奇声を上げて暴れだす者、料理の味についてマシンガントークを始める者、「産まれた時から好きでした」と補助員にベタな告白をしてパートナーに首を絞められている者、エトセトラ。しわがれかすれた声になったせいで何度も聞き返され、けれど耳まで遠くなっているらしく堂々巡るやり取りは、さながら山羊やぎと手紙の童謡だ。


「ステ:グリーン、ごう! 次の方どー……あら大変。救護班、担架たんがよーいッ!」


 となりの彼が泡を吹いている事態に、実食が一時中断する。他のゲスト達は「合格判定なのに何故?」と顔面蒼白で、今にも泣くか逃げ出すかしそうな悲愴ひそう感に満ちていた。男連中で唯一事情を知っている私は、頭に生えた猫耳を悠長ゆうちょうき、ほおに生えた猫髭を撫でる。


 彼が食べたのは、ごくごく稀にある〝見た目だけは良いゲテモノ〟だ。まず間違いなく退場になるそれに当たって、せっかくのネタ稼ぎに支障が出てしまうのも、腹を壊して数日寝込むことも勘弁願いたい。 




 マジカルフードで発揮される魔法効果は様々だ。食べて最初に目が合った人に惚れてしまう〈魅了チャーム〉。動きの速さが変わる〈高速化クイック〉や〈低速化スロウ〉。本人が自覚できないタイプのものが大半の中、まれに自覚できる面白いものに当たっては楽しんでいる。


 私はまだ食べたことはないが、体が石のように固まってしまう〈石化フリーズ〉や、体が透けてしまう〈透明化スケルトン〉は、解除に時間がかかって厄介らしい。聞いた話では、体の大きさや姿形が変わったゲストも居るとか。


 いつか見れる、もしくは体験できることを切に願って。私は試食係の依頼を受け続けている。




   *


 書き上げ、添付送信した余韻に浸っていると、十分ほどでさっそく電話が鳴った。ディスプレイでは担当編集の名前が踊っている。


『いやー、先生の魔女コラム、今回も楽しませていただきましたー。赤ナシです。次で連載終了というのが何とも名残惜しいんですが、出版作の直しに集中しましょう』


 出てすぐに用件をまくし立てられ、「はい!」とだけ答えて通話を終えた。

 響くノックの音に返事をして振り向けば、ドアに寄りかかりながら妻がマグカップを振り振りアピールした。


「調子、どう?」

「さぁーて、どうかな? ああ、原稿のほうはOK貰えたよ」


 答えて、私は両の手袋を外した。相変わらず、〝そこにあるはずの手〟は無い。


 見せてとせがまれては困るので原稿内では伏せたが、実は先週、念願のスケルトン料理に当たったばかりだ。透明人間よろしく全身が見えなくなると思っていたら、透けたのは首から下だけ。長袖・長ズボンにネックウォーマーと手袋装備であれば普通に過ごせるとして魔女界からは帰してもらえたものの、全裸姿は宙に浮く生首状態だからシャワーの度に笑ってしまう。可視・不可視の境界面は少々グロテスクだが、昨今のゾンビものやスプラッタ映画に比べれば綺麗なものだ。


 差し出されたカップを、距離感を誤らないよう慎重に受け取り、飲み慣れた激ニガの中身を一気にあおる。っすらその輪郭りんかくあらわになるだけの様子を見た彼女が、ふうっと溜息をついた。


「まだ解けそうにないわねぇ。どうして手だけ、こうも強情ごうじょうなのかしら。こんなに強力じゃあ、あの子にはマジカルコーディネーターの道を薦めるしかないかなー」

「なに、その面白そうな職業? 知ってたら『お仕事』の回に盛り込んだのに」


 そう口をとがらせれば、調子に乗るなと透け透けの手をつねられた。「ほんと、〝そっちの手癖〟ばっか悪いんだから」と嫌味を付けるのも忘れない。


「いいこと? 私たちにはツライ選択なの。調合・調理レベルの高さは重宝されても、三十路リミット越えはほぼ確定。職場の同僚達おばあちゃんを眺めては抱く、もうすぐ自分もああなっちゃうのかっていう絶望感! 嗚呼っ、男の貴方にこの乙女心が伝わらないのがもどかしい!」


 指先で私の眉間を小突きながら朗々ろうろうと語る。うるさいと言ってはそれまでだが、妻の舞台女優気質は好きだ。


 ひときわ大きなため息を区切りに、早く治ってくれなきゃ困るわと愚痴をこぼした。ただでさえ男手が足りないというのに、症状が消えるまでの間、貴重な〝ゲスト人員〟たる夫の協力を得られないのだから気持ちは分かる。でもまぁ、その代わりに筆のノリは良いからこれはこれで悪くないのだが、それを言っては妻がへそを曲げかねないので黙っておく。




 好きが高じて魔女界出版社の検閲を受けた作品は人間界でも好評で、その後、無事に出版した本の売れ行きも良好だ。もちろん、表向きにはフィクションとして。


〔魔女と婚活と私(第六回)/了〕

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魔女と婚活と私(第六回) あずま八重 @toumori80

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