第17話 あなたがなぜ、呼ばれたのか、分かるわね?

 派手な足音は己が何者であるのかを隠そうともしない証拠だった。

 その時点でアマーリエの脳裏を掠めた嫌な予感は誤りではなかった。

 ノックもなしにアマーリエの部屋の扉が勢いよく開かれた。

 バタンという激しい音は入ってきた人物の苛烈な性格を表しているかのようだ。

 誰かなど、顔を見なくても分かるほどに……。


 赤みがかった灰色サンディブロンドの長い髪は後頭部で結われ、いわゆるポニーテールである。

 まとめられていても遠目ですぐに分かる目立つ容貌だ。

 アマーリエにはドアの乱暴な開け方から、ユスティーナが怒ってるだろうことも分かっていた。


 絵を描く手を止め、見上げると思っていた以上にユスティーナが、怖い顔をしていることに驚いた。

 マルチナほどの美人ではないものの黙っていれば、騙されるがたくさん出そうなくらいにユスティーナの容姿が整っているのは事実だった。

 ただ、性格のきつさが顔にも出てしまったと十分に分かる勝気な顔立ちが、彼女が一筋縄ではいかない人間だということを裏付けていた。


 そして、今アマーリエを睨む顔は勝気などで表現される易しいものではなかった。

 目を吊り上げ、蟀谷こめかみに青筋を立てている。

 百年の恋も冷める恐ろしい顔をしていた。

 こんな姿を見れば、ユスティーナのことが好きなロベルトの思いも冷めるのではないだろうかと内心考えたアマーリエだが、口に出したりはしない。

 短慮なアマーリエとはいえ、さすがに火に油を注ぎたくはなかったのだ。


「エミー! あんたって子は何をしているのよ。すぐにいらっしゃい! 皆、待っているわ」

「は、はい」


 有無を言わさないとはまさにこのことである。

 イヤッ! などと拒否をすれば、何をされるのか分からない恐怖もあり、反射的に頷いたアマーリエだった。




 リビングダイニングに着くと全員が揃っている。

 ただし、エヴェリーナを除くという注意書きが必要だが……。


 なぜか、部外者であるはずのメイドに過ぎないベアータまでいる。

 アマーリエには彼女がいる意味が全く、理解出来ない。

 ベアータはネドヴェト家に長く仕えている。

 家族同然の仲と言っても過言ではない関係であることは理解出来る。

 だが、


「エミー。あなたがなぜ、呼ばれたのか、分かるわね?」

「何の話でしょう? 分かりませんけど」


 ミリアムは俯き加減で目の端に薄っすらと涙を溜め、どこまでも悲しそうな表情を浮かべるとそう言った。

 アマーリエには何の話なのかも分からない。

 彼女にとっては寝耳に水の話だった。


「エミー。正直に言った方がいいと思うわ」


 マルチナもミリアムと同様に憔悴した疲れ切った表情をしている。

 変なことを言うのもまるで一緒である。


(何なの? あたしが何か、したような前提で話が進められてる気がする……)


 訝しく思うアマーリエの様子に抑えていた感情を抑えきれず、ユスティーナが激昂した。


「あんたしか、いないでしょ! こんなことするのは」


 ユスティーナが指差した先には、マルチナがデビュタントで着る純白のボールガウンがあった。

 何かの染料をかけられたのだろうか?

 あちこちに赤や青の大きな染みが出来ている。

 薄いレース生地の部分、それに袖と裾が鋭い刃物のようなもので切られていた。

 とてもデビュタントで着られる状態ではなかった。


(誰がこんなことしたの?)


 アマーリエの頭に浮かぶのはただ、それだけである。

 しかし、アマーリエの思いと考えとは真逆の方向に事態は動こうとしていた。


 ミリアムとマルチナがアマーリエに向ける視線はどこまでも恨みがましいものだ。

 ユスティーナに至っては憎しみが篭った恐ろしい視線を向けていた。


(え? あたしが疑われてるってことなの?)


 ようやく事態に気が付いたアマーリエは愕然としていた。

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