透明人間とマーメイド

ゆとり

第1話 透明人間とマーメイド

 俺は誰からも空気として扱われ、透明人間と呼ばれている。

 小さい頃には友だちもいたが、いつからか無視され始め、人付き合いが苦手になり、中学の頃には透明人間と呼ばれていた。

 高校に上がっても、同じ中学出身の人が噂を広め、高校でも中学と同じ扱いを受けている。

 暴力を振るわれる事もないし、1人でいる事自体も嫌いではないので、全然構わないと思っていた。


 だが、最近、周りを気にせず俺を構ってくる人がいる。

 それが大海原水姫おおうなばらみずきだ。

 大海原は、学校では有名人。

 誰もが目を奪われる可愛い顔に、セミロングの黒髪が良く似合う、素敵な人。だと思う。

 元々は水泳部のエースだったらしく、みんなからはマーメイドと呼ばれている。

 飽きたという理由で水泳自体をやめてしまったらしいが、それでもマーメイド呼びは変わらずだ。

 そんな大海原が、なぜか俺に付きまとい、しまいには家に上がり込んでは暇を潰す日々を送っている。


「ねぇトール、暇なんだけど。なんかする事ない?」


「なんもない。早く帰ってくれ」


「やだ。帰っても暇だし」


 勝手に人のベッドに寝っ転がり、漫画を読み漁る大海原に帰るよう催促するも、拒否された。

 そんなに暇なら水泳やめなければよかったのに。


「暇すぎて眠くなってきた」


「寝るなら帰ってくれ。そのまま寝たら襲うぞ」


「・・・トールになら別にいいよ?」


「やめろ気色悪い」


 気色悪いとはなんだ!と怒って枕を投げてくるが、俺はそれを軽く避ける。

 可愛く言っているが、演技なのは分かっているし、仮に本気で言っていたとしても、俺にそんな勇気はない。


 その後、軽く雑談しながら、漫画を読んでいると、大海原が静かになる。

 確認すると、ベッドの上で寝息を立てていた。

 今起こしても不機嫌になりそうだし、あとで起こそう。

 俺はそう思い、大海原に布団をかけてから部屋を出る。

 同じ部屋にいて、なにかしたと思われるのも嫌だし。


 俺がリビングのソファに座り、テレビでアニメを見ていると、大海原が部屋から出てきた。


「おはよう」


「おはよ、私いつ寝た?」


「18時くらいかな」


 じゃあ2時間くらい寝てたのかと言うと、俺の横に座って一緒にテレビを眺める。

 足をソファに上げて、膝の上に顎を乗せている。

 その座り方だと、スカートの中が見えそうになるからやめて欲しい。

 俺がスカートの中を覗かないように、視線を頑張ってテレビに向けていると、大海原が話しかけてくる。


「このアニメ面白い?」


「うーん、ネットの評判は良かったけど、個人的にはあんまりかも」


 他愛ない話をしながら、途中で別のアニメに切り替えるのも面倒なのでそのまま眺める。


「大海原、夕飯食べてく?」


「なんか頼んだの?」


「さっき宅配サービスでからあげ弁当頼んだ。いらないなら俺が明日食べるけど」


「食べたい!食べたい!もう来る?」


 目を輝かせて子供のようにはしゃぎ始めた。

 からあげが好物なのか。

 そんな事を考えていると、インターホンが鳴る。

 カメラで確認すると、配達員が玄関前に来ていたので、ドアを開けてから、商品を受け取る。


「はい、大海原の分」


「ありがと!ってかさ私が食べることを想定して2つ頼んだんでしょ?」


 バレていた。

 大海原はたまに夕飯を食べてから帰る。俺は大海原と話しながら食べる夕飯の時間が結構好きなのだ。

 俺は両親とは別で暮らしていて、一人暮らしをしているので、普段は1人で夕飯を食べる。

 確かに、1人で過ごす時間も好きだが、それは漫画を読んだり、ゲームをしたり、アニメを見たりしている時だ。

 朝ごはんは学校に向かいながらコンビニで買って食べるし、昼食は教室で食べるから誰かしらいる。

 でも夕飯は違う。静かな部屋で1人なのだ。

 大海原と夕飯を食べるようになってからは、夕飯時の1人の寂しさに気づいてしまった。

 アニメを見ながら食べたりもするが、食事は誰かと食べる方が美味しく感じる。

 だから、頼んでしまえば食べて帰るしかないと思い、寝てる間に大海原の分も頼んだ。


「このからあげ弁当どこの?」


 からあげを口に運びながら、そう聞いてくる大海原に、スマホの注文履歴を見せる。


「また頼んでよ、これなら毎日でもいいよ」


「それは栄養が偏るからダメ」


「えー、毎食コンビニとかで済ませてる人に言われたくないんだけど」


 文句を言いながら、からあげを子供のように頬張る大海原は、学校での可愛い大海原とは違ってみえる。

 でも俺は、大海原のそういう面が嫌いでは無い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

透明人間とマーメイド ゆとり @moon1239

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ