栗瀬光留が潜る理由

第十一話 真冬のビキニアーマーと青春(?)①

 今はコンビ結成記念配信の真っ最中だ。

 光留を紹介しながら歩いている間に、ダンジョンの目前に到着していた。


 まるで蟹の巣穴を人間が入れるサイズにまで巨大にしたかのような、不自然な大穴。

 その先がこれから攻略する予定のDランクダンジョンとなっている。


「はい、着きました。入り口は砂が固まってできてるみたいです」


 スマホに向かって喋りかける俺の一方で、光留が穴に首を突っ込んで中を照らす。

 すると早速穴の下で蠢く何かを見つけた。


「モンスターだね。飛び降りながら攻撃するから、加寿貴さんはついてきて」


 そう言うなり、俺の返事も待たずに身を投じる彼女。

 腰から剣を引き抜いて真下に振り下ろし……見えなくなった。


『ひかるちゃんカッケー!』

『この前のカズは逃げてばっかりだったのに前で戦おうとするとかヒカルちゃん男前じゃん』

『初回配信の主がダメダメだっただけに新しい仲間の頼もしさがすごい』

『海にあるダンジョンって珍しくね? 配信動画で初めて見たかも知れん』

『カズも早く行けよ』


「あ、はい、そうですね。ついていきます」


 高さは三メートルくらいあるように見えるが地面も砂なら落ちても大丈夫……なはず。

 竦みそうになる足を前に出して俺も光留に続いた。


 落下は一瞬だった。

 浮遊感に襲われた直後、どすんと尻を強打する。想像以上に痛くて涙が出そうになったけれども我慢した。


「えっと、光留は」


「こっちこっち。モンスターはサクッと片付けたから問題ないよ」


 懐中電灯をピカピカと点灯させる光留の手に握られる長剣の下には倒れ伏すモンスターの亡骸が転がっていた。

 うねうねとしたウミウシのようなモンスターだったらしい。三匹くらい折り重なるようにして絶命している。


 さすが中級冒険者。一分足らずの間に敵をこれほど殺れてしまうとはと俺は目を見開いた。


「俺、この中の一匹でもやれる自信ないぞ……」


「私も最初はそうだったけど実践しているうちに強くなるものだから、今度は加寿貴くんも戦ってみる? もちろん私は全力で援護するよ!」


 できれば恐ろしいから戦いたくないのが本音だが、ダンジョンに潜る以上はいつまでもそうは言っていられないだろうか。

 次にエンカウントした時はスマホ片手に戦うかそれとも光留に預けるかと考えつつ、スマホを見下ろす。


 再生回数はいつの間にか千を超え、コメントも順調だった。


『一気に三匹とかすごくない??』

『カズも戦うのか!』

『コンビという名の師弟』

『ひかるちゃんの圧倒的強者感w w w』

『ガンバレ!』

『美少女に戦いを教えてもらえるとか羨ましい過ぎるだろ』

『ボス戦は共闘してくれると嬉しい』

『可愛くて強いとかヒカルちゃん推せる』


  想像通り、光留は人気になりつつある。

 俺は光留を引き立たせるように行動すれば視聴者の希望に応えられるはずだ。


 というわけで。


「じゃあお願いしようかな」


 俺は光留と共に戦ってみることになった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 雑魚モンスターといえど、一撃では倒れてくれない相手も多い。

 スマホ片手に――結局光留には持たせないことにした――武器を闇雲に振り回し、時に攻撃されそうになって光留に庇われながら、闇雲に前進する。


 俺の武器はバット。

 打撲しやすいし、小回りがきくとは聞いていたが、なるほど確かに使いやすく、素人の俺でも戦えた。


 ただ、モンスターの命をきちんと奪えたかはよくわからない。生死を確認する勇気が持てなかったからだ。

 だって傷つけても血すら流さない化け物相手であっても、生きているものを殺すなんて恐ろし過ぎる。それを平気でやってのける冒険者、そして光留はすごいのだなと思った。


 五回ほど戦っただけなのにあっという間にへとへとで、先を歩く光留についていくのがやっとになり始める。

 そんな俺の様子を心配したりはたまた揶揄うコメントが流れる中、光留がふと口を開いた。


「加寿貴さん」


「どうしたんだ? まさかまたモンスターが……」


「そうじゃなくて。ねえ、聞こえてこない?」


 彼女に言われて、初めて気づく。

 奥の方からモンスターの声や息遣いではない音がしているのだ。そして潮風の匂いがふわりと俺の鼻をくすぐった。


 少し進んだ先で俺たちを出迎えたのは、地上で見たのと同じ……いや、薄暗い中にわずかに陽光が煌めいて見えるせいだろうか、どこか神秘的に見える海辺だった。


 ――まさか地下にまで海があるなんて。

 しかし驚くのはまだ早かった。


「元々海中だったのがダンジョン化して融合したせいで、ここを登れば外の海と繋がってるっていうちょっと変わった構造になってるの。

 これがこのダンジョンがDランクにして攻略困難な理由なのです!」


 前半は俺に、後半は画面に語りかけた光留は、にっこりと微笑みながら――。


「なので早速、このダンジョンに相応しい格好になりますね!」


 懐中電灯を消すと同時、セーターを豪快に脱ぎ捨てた。


『!!!!!』

『エッ』

『やばいやばいやばいやばい』

『なんだこのご褒美展開は』

『ビキニ美少女キターーー!!』


 薄ぼんやりと見える彼女は、花柄のビキニ姿。

 海辺に佇むその姿の美しさを一体なんと表現すればいいのだろうか。


 真冬のダンジョンに突如として出現した光景に、俺はただただ息を呑むしかなかった。

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