ライスノベル ライスを愛すあいつ

折羽ル子

第1話

ライスノベル ライスを愛すあいつ

 

 マジな話でウソっぽい、だけど本当のライスの話をライトに述べてる感じに話したい。

 ちょっと前に道州制がどうとか話題になったとき僕はまだちびっ子だった。今もまだ未成年だけどあの頃はもっと小さかった。だからママにねぇねぇコレってどういうことって尋ねたら、それはね地方ごとに政治とかやるって事だよと教えてくれたんだけど、今思うとたぶんママはあまりよく判ってなかった。市町村が大合併して自治体がデカくなるくらいの理解だったと思う。

 でも僕だって未だに理解はそんなもんだ。僕の体同様年月が経てば何事も体はでかくなるもんじゃないのとしか思えない。ドカ弁ライス大盛り梅干しドーンな野球部員も三歳児の頃はせいぜいお茶碗ちょこりのお米で満足だったのと一緒だ。もっともおかわりはしただろうけど。一粒はちっちゃいお米だっておにぎりにすれば幾らでも大きくなる。僕は食べまくり育ちまくった。

 育つって事はまだまだ若さに気力と活力が溢れてるって事なのだ。

 狭い日本で細かく都道府県が分かれてる意味がわからない。勿論歴史的な理由とか地理的な要因とかがあるって事ぐらいは、すでに高校生でもうじき大人だし学校でも勉強してるから判る。だけど纏められるモノは纏めた方が効率が良いじゃんって思うよ。たとえばわが新潟県だって元々色々あった県が合体ロボみたいにひっついて出来たらしいし。もともとの県境に行ってももはやどこが境だったなんて僕には判らない。隣の田んぼとの境だって時々判らなくて揉めるくらいなんだから、それよりもっと大きなモノが把握できなくてもしょうがない。

 道路だって細いのが沢山あるより太いのがどおんと通ってた方が効率が良いし見晴らしも良くなるし。田んぼの真ん中は細いあぜ道だって見晴らし良いでしょとか突っ込まないでね。

 でも成長を良いことだと思わなかったりする人も居る。ごんぶと道路を作るために立ち退かなきゃいけない人なんかは超イヤに決まってる。中には田んぼが高値で売れてウハウハな人も居るだろうけど、せっかく建てた一軒家が取り壊されて思い出も何もかも消えたら泣いちゃうよね。壁に落書きしたり柱に傷を付けたりして怒られたのは何だったんだって感じで、この傷も汚れも全部かけがえ無い思い出!だなんて引っ越しの時にママは騒いでいた。だったらあの日落書きをした事を怒らないでよ。ってわけでうちも何度か立ち退きを余儀なくされました。

 で、そうそう道州制の話。

 事の発端はどこを境界にするかだった。我がふるさとがどこと合併しようとも当然州都は新潟市なのは確定だけど、結局新潟は東北なのか北陸なのか、新潟は新潟という単独地方なのだよなんて言う人も居る。うーん。何処にも入れて貰えないのも寂しい。よく判らない地域だ。

 日本でも九州とか四国は海で囲まれてるおかげで区分がわかりやすい。四国なんてきっぱりわかりやすすぎるおかげで国鉄の分割民営化がちんまりしたエリアだけになっちゃって例年大赤字の鉄道らしい。新幹線を通せば復活するとは主張してるけどどうなのかな。

 離島の区分ってなかには兵庫県の淡路島とか東京都小笠原諸島みたいに、え?所属はそっちなの?ってびっくりしちゃう島もあるよね。沖ノ鳥島が東京都って知ってた?でも幸い我が新潟の佐渡島はわかりやすく新潟だ。誰がなんと言おうと新潟なのだ。

 そんな佐渡の金山から令和の時代にざくざく金がまたも掘り出されたから色々こじれた。

 金が出たことは内緒だった。当たり前だのクラッカー。すぐにカネの亡者が雲霞のごとく集ってくるに決まっているからだ。なので当面は市場に流すことを禁ずる。秘匿せよとのお触れが県から出たし実際売りに出されることも無かった。だから公式な記録には残っていない。

 だけど埋蔵金の大判小判でも銀行強盗の山分けでも「三年は使わず我慢して隠し通そう」と誓いを立てたところでどうしても気が大きくなる人が出てくるんだ。例えば当事者であるプロの金塊掘りに一攫千金を目指して転職した僕のパパはなんと全部の歯が金歯になった。昭和の頃から健康優良児で虫歯の一つも無かった男が全部の歯を引っこ抜いて金歯にする。歯槽膿漏はじめ知覚過敏だとかスマホを顔面に落として前歯をへし折ったけどお金が無くて直せない人とか入れ歯で堅いものが食べられない人とか、歯に関するお悩みを抱えたみなさんが聞いたら卒倒するだろう。銀歯がまだ二本だけの僕ですらひっくり返った。金には人を惑わせる魔力があるんだ。

 わははははは、金山に出稼ぎして良かったよと、金箔入りの酒を飲みながらパパは自慢していた。あ、正確には出稼ぎじゃなく海外出張と言ってたかな。黄金の総入れ歯はサドガシマンドリームそのものだとニヤリとしてたよ。

 さっきも言ったけど銀歯すらイヤな僕にはよく判らない自慢だけど。

 でもファッションって実用性とは遠いところに魅力がある。全部金歯で良いことは、有機王水でも飲まない限り歯が溶けない。つまりコーラが飲み放題くらいしかないし妖怪お歯黒べったりくらい笑えば不気味だけど、ゴージャス感はゴールデンパワーでぶっちぎりだ。はにかむだけでお金持ちってバレちゃうんだぜ。だからたちまち噂になるし例えば毎度豪雪に閉ざされた真冬であっても、雪山を越え尾ひれがついてまるでゆきだるまな噂はたちまち他県にまで広がる。パパは飲み屋で大声で話すのが好きだからそりゃあもう毎晩赤の他人に見せびらかしてるのと同じだ。薄暗いキャバレーの店内でミラーボールよりキラキラ輝くのが僕のパパの歯なのだ。

 というわけで、掘り出された金塊があれば道州制移行後たちまち我が県の大発展が期待できる。なんて事を考える人たちが政界経済界果ては食詰め者の妄想含め無数に現れた。新潟だけじゃ無い、北陸の富山石川福井をはじめとして東北の各県も考えた。

 その為には我が州に招き入れ、しかる後に金を州庫に迎えるのだよと誰もが思った。勿論思うだけじゃ無い。さっきも言ったように人を惑わす金色のちからは春の雪解け水のように豪快に溢れ流れ出した。常にたわわに実って溢れる米と同様に豪流として噂は駆け巡った。

 周辺のどの県も財政状況改善のため目の色を変えた。黄金色に変えた!

 先手を打ったのは秋田県である。是が非でも新潟県には東北の自覚を持って頂きたいと秋田美人となまはげの大群で急襲してきたのだ。勿論金の存在なんて噂でしか無いので自治体の公式な行動では無く義勇軍としての襲来だ。愉快な連中がなだれ込んできて文化侵略である。

 新潟の一年を通してどんよりとした鉛そのものな雲の下に明るく美人が騒々しく、なまはげと青森から一週間ほどレンタルしたねぶたがキラキラと輝いた。人口減甚だしい東北からの使者にはそれだけではまだ賑やかさが足りないとのことで山形から将棋の歩も傭兵として大勢仲間入りしていた。このメンツで連日どんちゃん騒ぎを町中でおっぱじめるんだから、そりゃあ誰もがシビれた。

 当然僕もぐっときた。なんとも楽しいじゃ無いか。まるで祭りじゃ無いか。大都会のターミナル駅ぐらいの溢れる人口密度が人。人。人。木は二本で林になって三本で森になるけどこちらは人々が集まり盛り盛り。こいつは大変なことだぞと僕は遠巻きに見物してから念のため両親に「出来ることなら僕も参加したい」と夕飯の時においしいお米を頬張りながら呟いたら、金歯のパパにしこたま怒られた。

 おまえはこんなに旨い米を食べられるのに、きりたんぽをりんごをおかずに食べたいのか!と。

 だれもそんなことは言ってない。ご近所さんと親睦を深め遊びたいってだけじゃ無いかと反論したら、地方が違うのは町内会が違うのも同じ。まずは自分の周りで遊びなさいよと叱られた。僕は分からず屋のパパにうんざりしちゃって週末は関東のおじさんのおうちまで家出した。高速道路で一直線の高速バスに乗れば熟睡しているだけでどこへでも行けるのだ。

 そうだ、この新潟から行けない場所はないし日本中どこからだって新潟に来れない場所は無い。地理的にも割と日本の真ん中的だし人間で言えば心の臓。

 東北地方がうちと一緒になりませんかと言ってくるのも無理は無い気がした。

 

 ところで家出とは言え学生の本分は勉学。いくら公共交通が発達しててもおじさんの家からの通学はさすがにしんどい。定期券のお代もえらいことになっちゃうし。ってことで学生の僕が憂鬱な月曜のために一泊二日の家出から帰郷したら、ほんの数日地元を離れただけなのにすっかり世の中は変わっていた。男子三日あわずんば刮目せよなんて言うけど、いやはや町の代わりぶりに驚いたよ。新潟と言えば米どころでところによりソウルフードは米に米を込めての日本酒ライスなのだけどこれがすっかり様変わり。日本酒漬けきりたんぽのりんご添えになっていてちょこんと牛タンまで乗っかっているのをあちこちで見かけるようになっていた。東北パワーで食が上書きされているんだ。おまけにデザートは桃!地元愛の強い僕でも食べてみたいって誘惑を抑えきれない魅惑のご飯が南部鉄器の器に盛られているから鉄分も豊富に採れてしまう。そして御子様ランチの旗のように真ん中を飾るのは王将のコマ!

 どうですかみなさん、あなた方も東北地方だったのですよ!と言わんばかりのてんこ盛りだ。とにかく東北をアピってくる勢いはまるで白虎隊の進撃だ。

 大人の思惑はどうであれ、僕としてはうん、新潟も東北で良いんじゃ無いの?という気になってきた。おいしさは気持ちを繋ぐ。わくわくが止まらない。愛郷精神豊かで新潟が好きすぎるから生まれてこの方ずっとお椀にこんもりな白米を主食にしてきたけど味覚が愛をもっと広い地域へ広げてくれる。明日はどんなどきどきが待ち構えているのかな?なんて思いつつ僕はにたにたした。

 まぁ、そんな事を言っても高校生なので食べるのはお預け。学食か購買のパンをぼそぼそ食べるしかランチの予定は無い。せめてあんパンがきりたんパンとかに変わっていりゃなとは期待するけど、まぁ無いでしょうね。

 残念……なんて思いつつ今日も夕方までどうやって時間を潰すか悩むしか無い学校が始まる。見飽きた担任のホームルームタイムで幕を開ける。

 するとこれまたなんとびっくりサプライズがポン。

 知らない顔がちらほら教師に連れられてご入場。季節外れの転校生が沢山居るじゃ無いですか。

 ははぁんさてはこれも東北からのお友達かな?文化が混じって人間の交流が広がったわけだ。なんて思っていたら一人ずつ紹介されまたも吃驚した。

 富山から来た烏賊ホタルさん、石川から来た百万石カガさん、福井から来た双子の鈴木双葉さんと鈴木竜さん。全員北陸人だった。

 北陸地方からのお友達です。皆さん仲良くしましょうね!と担任が行った瞬間四人は口を添えて大きな声を出した。「先生知ってますか?新潟も北陸地方なんですよ」

 教室がざわついた。東北と北陸でどちらに所属するか迫られる事になっていることに誰もが気付いたのだ。米ソの狭間で半分に割られたドイツのようじゃないか!と担任は思ったようだけど、当然僕たちはソ連なんて知らないから「まるで挟み撃ちか綱引きか」と思っただけ。ジェネレーションギャップだね。

 でも楽しく素敵なお友達になれそうだし、新潟は北陸地方でもいいかもしれない。勿論そのときは地図で一番上にいる新潟こそ主役だ。ついさっきまでの東北気分からうってかわってビバ北陸気分。思春期の心変わりは季節の移ろいよりも時に激しく素早くまるで七変化。

 そして極めつけはお楽しみの給食タイムだ。なんとカレーに金箔が乗っていた。空気は緊迫した。給食のおばちゃんの北陸化は完了済みなんだ。人間の命の源は食事な訳だけど、すっかり北陸ナイズなライスがゴールデンきらきら良いっす、どーん。しかも食べ過ぎでおなかが苦しくなったときのために各自の机には置き薬まで設置されている。胃薬頭痛薬風邪薬目薬綿棒絆創膏赤チン黒チン各種サプリ。学生の心をわしづかみにする「試験で良い点が取れちゃう賢くなるサプリ」とか「モテるようになるサプリ」「何日徹夜しても試験を平気で受けられるサプリ」なんてのもある。おまけの乳酸菌飲料まである。もちろんタダ。やった!

「うん、新潟はやっぱり北陸だね!」皆が口をそろえていった。

 僕はさっそく今日のびっくりを夕飯の時にパパに報告した。びっくりついでに大口で報告する僕は、歯を磨いてなかったので昼間の金箔が前歯から奥歯までびっちりキラり。

 なんだおまえも金歯にしたのか?なんてパパは笑うけれど、いや笑い事じゃ無い。高揚した気分も帰宅後落ち着いてくると果たして新潟は北陸なのか東北なのか判らなくなる。綱引きの綱の代わりに両側から引っ張られているようだ。

 金歯なんてダサいものと違うんだよ父ちゃん!と、とりあえず叫んだら何故かまた殴られたので今週末も家出した。上越新幹線でね。 

 文明の進歩はすごいものだ。毎度おなじみ新幹線の超スピードにはいつ乗っても驚かされる。雪だろうが曇り空だろうが何もかもかきわけるちょっぱやの夢の超特急。早すぎて車内放送もどんどん後ろに流れ、うっかり聞き逃せばどんどん声は遠くなる。過ぎ去っていく救急車のようにドップラアアアァァァァ効果。きっと音より速い弾丸列車。うたた寝しちゃって一駅乗り過ごしただけで悲惨なほどに先に行っちゃう早さの新幹線!それなのに今度はリニアモーターカーが出来るってニュースが飛び込んできてびっくりだよ。どこにってそりゃ日本海側を北から南まで縦断するんだそうな。

 大体みんなが思い描くリニアは東京と名古屋の間だろうけど、はっきり言って短い距離を駆け抜けても乗り降りに時間が掛かるんじゃ結局合計所要時間は普通の新幹線と変わらない。リニアの本質は長距離だよねということでなんと新潟を中心に極秘に建造され始めているらしい。まだ噂レベルだけど豊富な金塊があれば何だって出来るんだ。

 だからさっそくパパなんて金の延べ棒で土地を買いまくっている。その金塊はもう表に出しても大丈夫なのかな?土地を買って結局噂で終わったらどうするのかな?と思うのだけれど、大体買った土地は田んぼだから米を作れば良いんだよがははは。元々田んぼだからすぐなのじゃがはははは。だ、そうだ。最近は食糧難だのエネルギー不足だのが世界中差し迫った危機だと言うし昔のように米が通貨となる時代が来るとかなんとか。

 うーん新作ゲームを買いに行くのに米俵を抱えるのは難儀なお買い物だぜと僕は思った。まんが本くらいならナイロン袋に入れた米で充分足りるだろうけどさ。こめっちゃうよ。いや困っちゃうよ。

 これからの未来にリニアなんて大電力のシステムが稼働するんだろうかなんても思う。でもパパはこうも言った。米からアルコールが出来るのは知ってるだろう。今ワシが飲んでる酒がそうだ。つまり燃料が作れるんだ。田んぼは喰ってヨシ燃やしてヨシの無限に収穫できる打ち出の小槌そのものなのだぞ。

 なるほど、米は主食にも飲み物にも勿論米菓にもなる。燃料にもお金にもなる。米価はそのまま通貨となる。青森あたりでもりんごをおやつだけじゃ無く燃料にすると言うけれどさすがに主食にはならないだろう。りんご入りのカレーはあってもカレーをリンゴにかけて食べたりはしないはずだ。おお、よくよく思えばりんごにもリニアの力は使われている。りんごだのみかんだのを山から下ろすのに無人のリニアモーターカーで下ろすよねパパなんて食事中に呟いたら、米粒を口から飛ばしながら「それはモノレールだばかたれ!」と叱られたので次の週末も僕は家出をすることにした。しかしながらまだ水曜日。学校にはちゃんと通い金曜の夕飯を食べてから家出します。

 

 僕が週末ごとに家出を繰り返していると、親戚のおじさんがこういった。「交通網が発展してるからまるで隣町に来るような気分だろう」一瞬僕はバカにされたのかと思った。たしかに隣の家まで百メートル、となりの街まで山をいくつか越えるのが僕の家の立地だけど関東に来る方がさすがにもっと時間はかかる……いや駅起点だと同じくらいかな。

 でもすぐに真意に気付いた。何せ僕は北陸の「富山謹製おりこうさんサプリ」を飲んでるからね。

「たしかに関東って別の地域に来た感じがしないです」

「そうだろう、新潟は区分によっては関東とされるくらいだからね。関東甲信越というのだよ」

 僕は仰天した。そんな事がありうるのか。

 どう考えても気候が違うじゃ無いか。

「ところでこの地図をみてごらん」何の変哲もない日本地図である。大陸の国家が日本列島によって太平洋への道筋を阻まれているのと同じで、わが新潟県も大きく迂回しなければ欧米への道は遠く見えた。なぜこの位置で日本の海運を担えるのか全く判らない。

「次にこれをみてごらん」おじさんは古い地球儀を持ち出してきた。本当に古かった。ソビエトとかビルマとか聞いたことの無い地名が多い間違い探しのような代物だ。

「ヒモを当てて距離を当ててみればほら」

 なんと言うことだろう。そろそろ社会科のお勉強タイムは終わりで良いよとむずむずしていた僕はうひゃ!と飛び上がった。地球の丸さだとかが僕には理解できてなかったと知った。なんと新潟の港は世界中どこの港へも決して遠いわけでは無かったのだ。

 割とあっさり太平洋側と変わらない距離でアメリカだってどこだって通じるのだ。むしろチャイナとかに近い分有利かもって感じだ。

「これからは北極の氷が溶けて北回りの航路が重要になる。ますます新潟の時代だよ。

 だだっ広い太平洋には面しているけれど近い外国が一つも無い関東の港よりずっと魅力的に思えてきた。

「これからはリニアの時代だと思ってたけど、船の時代だったんだ!」

「そうだ、考えてごらん。田んぼを潰してリニアの軌道を作れば米の生産量は落ちる。わざわざ新潟の力を落として日本海側の超スピードな利便性を求める必要なんて無いんだよ」

「でも関東だって名古屋までリニアを作ってる。僕たちも欲しいよ」

「みんながそう思ってるから日本海リニアは結局作られるんだろうけど、本当に大事なのは海運なんだ」

「でもタンカーなんてリニアのちょっぱやさに比べるとつまんない」

 そう呟いたところ僕はしこたまおじさんに空手チョップをされて叫ばれた。

「目を覚ませ!リニアを作ると田んぼが減るんだぞ」

「でも日本の国が減反だとか言って米作りをやめさせようとしてるしいいんじゃない」

「ばかもん!おまえはお米一粒に七人の神様がいるって事を知らないのか!」

 なんとさっきまでのお勉強タイムと超未来テクノロジーの話から一気にオカルトめいてきた。

「新潟全ての田んぼを併せて毎年何億か何兆か、それは判らないが神が生まれ続けているんだぞ」

「神様、反対意見をぶっ飛ばして新潟にリニアを通してください」僕は祈った。どこへ向けて祈れば良いか判らなかったので、そういや何時間か前に駅弁で米を食べたんだったなと思いだし、腹をなでながら体の中にきっと居る神様に祈った。

 僕はおじさんに「おまえみたいなヤツは顔も見たくないから帰れ」と叱られたので、今日の家出は日帰りとなった。 

 僕がそうこう騒いでるうちに豊富な軍資金がモノを言い着実に田んぼを潰したリニアは建造されていった。床を突き破ったタケノコが吃驚するくらいの超リニアスピードで育つように路線は延びていった。僕のパパも土地転がしでどんどん稼いでいった。これも金塊をごろりと沢山掘り起こしてたからの軍資金豊富なおかげだね。でも僕の小遣いは増えないままだ。

 

 といったところで、突如ここで大事件が起こったよ!準備は良いかな!

 

 行き過ぎた科学の発展は歪みを生む。僕があまり勉強を頑張らないのは脳みそに負担を必要以上にかけて暴走させないためってのは試験の後のいつもの言い訳なんだけど、そんな持論を実証するかのように奇妙な出来事が起こった。

 張り巡らされたあぜ道と農道と獣道とそれから国道県道市道町道村道を貫く一本の超電磁鉄道。無数の稲穂とたわわな実りが相互に作用して頭の中を形作る神経回路の重層よろしく意識が縦走伝播する。一粒に七人の神の怒りか田んぼの泥が吹き上がる。ぼばんどごんと吹き上がる。ここは新潟とは言え原油が噴き出したのでは無い。温泉が湧いたのでも無い。では一体何が……。 

 僕のパパが有り余る金で土地を買い叩くまで、田んぼの持ち主は来栖さんだった。かつてのクラスメイト来栖米(らいす・まい)ちゃんのお爺ちゃんだ。子供の頃はマイちゃんとも仲良しだったけど今は遠く離ればなれ。彼女は偏差値の高いもっと良い学校に進学してしまった。たかが試験の点の違いで友情が引き裂かれたのだ。もし僕の成績がもう少しましだったならばマイちゃんがこの物語のヒロインとなってくれたかもしれないけど運命は時に辛く厳しいもの。ヒロイン不在のまま物語は続行するのだ。そんなマイちゃんのお爺ちゃん。来栖羅宇免(らいす・らうめん)さんがテレビでこう叫んでいた。「来栖家に古くから伝わる米の神様、来栖・イハンジャ様がお目覚めじゃ。お怒りなんじゃあ」

 イハンジャさまが来る。もしも世の中が五十年前ならみんなが震え上がるところだろう。この世の終わり、最後の晩餐は銀シャリじゃいなんて激昂し全身から湯気を立ち上らせるお米の大魔神に恐れおののいたであろう。でも誰も怖がらない。そりゃそうだ、リニアを北から南に通そうというまさに二十一世紀のご時世にそんな迷信で泣き出す三歳児すらいるわけが無いのだ。あははと笑われ「お米の神様がなんぼのもんじゃい」とコンビニおにぎりを頬張りながら言われるのがオチだ。

 現代社会では神の鉄槌は災害としか見なされない。天罰だから甘んじて受け入れようだとかそれこそ神頼みで「イハンジャ様、何故故にそれほどまでにお怒りになるのじゃあ」と例えば乙女が滝壺へ身投げで平穏を祈願するとかそんな事は無いのだ。大暴れする大いなる神には当然防衛隊が出動してくるのだ。神も仏もあるものか。現代科学の超兵器で神を粉砕せよ。ひとたび火を噴けばたちどころにクレーターの一つや二つで容赦なく粉みじんとなれ。偉大なる二十一世紀の破壊力で神を無力化するために津々浦々から防衛軍はやってくるのだ。

 ここで基地のある地名を羅列し兵器の名前を何かの引き写しで書くことは可能だけど、文字数を稼いでいると思われたくないのでざっくり言うと日本海側の陸海空それぞれのひみつ基地から続々と神の無力化のため部隊が集結したのだよ。

「神を殺してはならぬ!凶作に、凶作になるぞえ!!!」来栖お爺ちゃんが叫んで主張した。もうあなたの田んぼでは無いのだからどうでも良いでしょう。とパパも応戦する。

「不発弾の賠償金目的で今から騒いでるんじゃ無いのか」心ない人たちがつまらないことを言う。例え激やば毒ガス爆弾で土壌汚染がマジヤバになってもお爺ちゃんには一銭も入らないのに、勝手にごね得目当てだと決めつけて人は言う。ああ!人情も愛も無い世界だ。だからこそ神はお怒りなのだ。

「いや、あのお爺ちゃんの土地は超磁力汽車のために売却済みだ」なんてまともな人もいるにはいるが、世の中なんてまともな意見は誰も聞かない。民衆が欲するのは我欲にまみれたゴシップと人の不幸そのものなのだ。そんな乱れた依田からこそ神はお怒りなのじゃ!とお爺ちゃんの口癖がうつった僕も思う。

 はげ頭に血管を浮き上がらせたお爺ちゃんの脳溢血手前の叫びこそ無力、砲口を向けた鋼鉄の咆哮を止めることなど出来なかった。砲弾がミサイルが爆弾が神様に向かって雨あられである。

「うひゃあ、すごい!」まるで怪獣映画だと思った。

「神さんを怪しいとか獣とか言うんじゃない」僕は親父にしこたま怒られた。今は怒らないで欲しい。家出先のおじさんと仲違いしてるんだから。子供にはいつだって心のよりどころが必要なのだ。今週はそれが実家なのだから居心地を悪くしないで欲しい。気の利かない親父だ。

 僕は怪獣騒ぎの生中継を見たいのだ。こういうときは地元のテレビ局がフットワークが軽くてたっぷり中継してくれるので良いんだ。

 いまもし僕が家出中で関東にいたとしたら、騒々しいコメンテーターと挟まれるCMに辟易としていただろう。しかもローカルおもしろニュースとして数分程度で次のニュースだ。くだらない食レポ番組より扱いは短いんじゃ無いのか。

 いや米の神様なんだからそれこそ食レポじゃないか。噴煙の向こうに巨大な焼きおにぎりじゃないのか。ああ集結した米粒はおにぎり何個分だろう。一粒に宿る神が無限に溢れている。まさに神々しいとはこのことだ。米の文字にこめ、まい、めーとる、らいすあすたりすくといくつもいくつも読み方があるのは沢山神様のいる証だ。

 米の神様に説得は通じない。戦車の砲弾だけが物を言う。

 田んぼを踏み荒らし陣地を作って、車種は判らないけど大砲がそれぞれ違う戦車がずらり。キャタピラが踏み荒らした結果今年の収穫は期待できない。水田のオタマジャクシも一家で無理心中である。

 

 とかなんとか思っていたら、お米の神様がどんどん弱っていった。

 攻撃のおかげじゃ無い。田畑が荒らされるごとに、そして自分自身が暴れるほどに弱っていくのだ。

「不作になるからじゃ」来栖お爺ちゃんが叫んだ。

「つまりどういうことですか」僕は持ち前の好奇心全開で尋ねてみた。

 ざっくりまとめると、米の神様は実際に実った米で無く未来に実る米からも力を貰っているらしい。リニアの電磁波とか潰された田んぼの怒りで一時的に大暴れをしたとはいえ、おかげで使い物にならなくなった田んぼを増やしてしまい結果として力の源を失ってしまったのだ。元気の前借りは終了との事なのだ。

「よぉし、小休止!各自昼食をとれ!」防衛隊も安心したのか一旦攻撃をやめてランチタイムらしい。何やら珍しい缶詰とかを開け始めたので興味津々だよ。普段だとこういうときは炊飯専用の戦車的なのがいっぺんに何合?何升、いや何俵ものご飯を炊いて待ち構えているものだろうけど、さすがにお米の神様を前にしての飯炊きは遠慮したっぽいね。牧場で牛を見ながらビフテキを焼くようなものだから。

「坊主、そんなに気になるならどうだい」僕が物珍しそうに缶詰を眺めていると隊員さんが手招きしてくれたのでちょっぴりご馳走になった。

 古古米のもっと古い米を無駄にしないようにと工場で詰められたご飯の缶詰は決して美味しいとは言えなかったけど、珍しさが打ち勝ってペロリと平らげちゃった。

 

「あなたたちはお米を大事にしてくれていますね」突如イハンジャ神が僕たちを見下ろして語りかけてきた。

「勿論です、一粒のお米も無駄にはしたくないので炊いて食べて食べきれないものは缶詰にしたりお酒にしたり、潰してノリにしたりもしてます。紙工作に使えます!一粒に神様が七人いるように活用の仕方も七変化なのです」

「でも田んぼを潰してリニアモーターカーを通すなんて許せません」

「それは違います、新潟の美味しいお米を日本全国津々浦々に届けるために超スピードの鉄道が必要だからこそ、泣く泣く田んぼを潰したのです」

「確かに牛車で運ぶには限界があるからのう」来栖お爺ちゃんも呟いた。

「なるほど、けっして田んぼをないがしろにしてお米の大切さをおろそかにしているわけでは無いのですね」

 一度は弱っていたイハンジャさまが力を取り戻した。だけど暴れるわけじゃ無い。元気いっぱいだからと暴れるなんてことはしない。神様はそもそも理性的なのだ。みんながお米を大切に思う気持ちが間違って伝わって力に変わっただけなのだ。

「あなたたちがお米を大事にしていることはよく判りました」

「うむ、誤解は解けたようだな」隊長が呟いた。「諸君、飯を食べ終わったものから順次撤収」

「現代人はお米を食べずパン食だとか、そもそも朝食をとらないとか嘆かわしく思っていましたが、本当はみんなお米の大切さを知っているのですね」

「ワシは身に染みておる」かつて米騒動を経験した来栖お爺ちゃんが言った。勿論凶作対策にブレンド米なんて代物を安易に政府が広めた平成の米騒動では無い。人々が米を求めて暴れた大昔の本当の米騒動の事だ。

「お爺ちゃん、お母さんがもう帰っておいでだって」突如あらわれた来栖マイちゃんがお爺ちゃんの手を引いた。年寄りは午後三時から風呂に入り夕飯も早いのでもう帰宅の時間なのだ。

「私も還りましょう。ごきげんようさようなら、これからも新潟の美味しいお米を大切にしてください」イハンジャ様は炊き上がりの米を大食漢がぺろりとたいらげたかのように突然スウっと消えた。

「これにて一件落着」

「いや、我々にはリニアモーターカーを繋いで全国にお米を食べて貰う使命がある」

 神様との戦いよりずっと大変に思えた。だって人の胃袋は人が生きている限り減り続けるのだ。みんなのおなかをずっと美味しいお米で満たし続けるためにはきっと美味しいおかずもいる。

「となると新潟は東北なのか北陸なのかとつまらないことにこだわるんじゃ無く、それぞれの地域と協力して美味しいおかずを用意することが肝心要の使命だな」パパが何やら皮算用を始め金歯を丸見えにしてニカっと笑った。

 美味しいおかず!そうだ日本海側にはまだまだ僕の知らない美味しいものがいっぱいある。新潟の美味しいお米にマッチングするまだ見ぬ究極のおかずに僕のおなかがラッパを奏でた。

 

 僕たちの戦いはこれからだ!

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