戦え!魔法少女ピンクテーダ!

照照暴雨

第1話「ピンクテーダ!誕生!」

「幸太郎!」

 目下10メートル以上あるであろう地面までの距離。そこに空気以外の何も無い、内臓の浮く感覚が恐怖に実態を持たせてくる。

「「ぴぎゃああああああ」」

僕と腕の中の幸太郎、二人分の嬌声にも似た叫びが空気を震わせた。


ブーッ、ブーッ、ブーッ。

 スマホが予定のとおり19時きっかりに、ブザーを鳴らす。

「はいはい、いまでますから」

勉強机から立ち上がって、ベッドわきのスマホををとれば、津々宮幸太郎の文字。応答をすれば聞きなじんだ、幼めのかわいい声が聞こえてくる。

『こんばんはでござる。姫流殿』

「はいこんばんは、幸太郎」

ベッドへと座れば、きしむ音がする。

『今日は拙者のターンであるからして、ちゃんと聞いてほしいでござるよ姫流殿。人気者なのは素晴らしいでござるが、ちゃあんと拙者との約束も大事にしてほしいでござる』

「ごめんごめん、今日はもう大丈夫だからさ、さっそく聞かせてよ」

僕の名前は、相田姫流(あいだひめる)地元の男子校に通う中学2年生だ。今はオタクトーク仲間の幸太郎と定例会をしている。幸太郎はクラスこそ違うけれど、いつも互いに気にかけ合う仲でもある。ただ僕は、ヒーローオタク。彼は時代劇オタクで趣味が合うとかではない。けれど、語りあえる仲間がまわりにいない僕たちはこうやって定期的にガス抜きをしている。

『それじゃあ…早速愚痴らせてもらうでござるよ。…やっぱり同じクラスにも友達を作るべきでござるな。授業中の班づくりでやっぱりあぶれてしまったでござる』

「ふふ、つらいね、それは」

僕たちの定例会は、オタクトークだけではない。僕と幸太郎との接点にも根ざしかかわってくるのだが、僕たちはいわゆる男子校で姫プをしている。姫プというのは、男子校の中でも比較的顔の可愛い生徒を、まるでアイドルや弟のように囲い込み可愛がるという、男子校特有のノリの一つだ。僕は正直、求められることにまんざらでもないし、手伝いを積極的にしてもらえたりノートや教科書を見せてもらえたりして、いくらか恩恵を享受していたりするので、むしろ楽しんでいる。しかし幸太郎はというと、そのルックスのはかなさが逆に人を寄せ付けないのか、はたまた幸太郎自身の人への苦手意識のためなのか、彼の少なくないファンと幸太郎にはいささか距離がある。どちらかというとファンというより信者みたいだ。

『はぁ…せめて姫流どのと同クラスであればなぁ…さみしい思いもせぬものを…』

「ふふっうれしいよ、僕も幸太郎と一緒だともっと嬉しいんだけどね」

『姫流どのぉ…でもかなわぬ願いでござるよなぁ~はぁ~あ…』

信者のようなファンのせいか、深窓の令息とも一部では言われているらしくファンでない人たちも、幸太郎へは話しかけづらい雰囲気だと聞く。僕のほうは、どうにも囲まれがちでファンの人たちとの距離は近いけれど、そのせいで小競り合いみたいなこともも多いし一人の時間がなかったりする。そういった姫プへの愚痴もここで吐き出すようにしている。

『はぁ…話したいことは言えたので、拙者はお風呂に行ってくるでござるよ』

「そう?じゃあ僕もお風呂に行こうかな」

いつもより短めだけれど、明日もちゃんと学校はあるのだしここで終わっておくのもいい。

『うむ!それではまた明日学校で』

「学校でね~」

学校でといいながら終わるのは定例会の常だけれど、僕らが学校で会うことはない。それでも学校でと言いながら終わるのはたぶん、おたがいが友人らしい友人である、ということの確かめあいみたいなことなんだと思う。

僕はベッドから体を起こして、お風呂へ向かう。風呂場に面した洗面所には大きな鏡があって、実はその鏡の前で好きなヒーローの変身ポーズをよくまねていたりする。今日は、【~淵奇戦隊~ディープワンダー】のレッドのまねでもしようと音源のためにスマホも持ってきた。

ブーッ、ブーッ、ブーッ。

寝巻の上にあるスマホが鳴る。幸太郎が言いたいことでも思い出したのかなと、画面を見ると非通知の表示だった。間違い電話かと思い、とりあえず応答はせずに切った。しかし切った瞬間に、またスマホはなりだした。ただし今度は、応答と非応答の表示は無かった。ただホーム画面が表示されているだけだ。

「なんの通知だろ?」

『こんにちは!僕と一緒に、世界を救ってみませんか?』

「うわぁ!?」

画面いっぱいに、いきなり知らないキャラクターが出てきてこっちに喋りかけてきた。

「な、なに…?」

『初めまして、僕の名前はエルトス。君の秘められた力に導かれて、僕はやってきた。さあ一緒に世界を救おう!』

なんだこれ?ネコをデフォルメしたようなキャラクターが捲し立てる。僕に秘められた力?導かれて?なんの事?なにも覚えは無いし。それに、これコンピュータウイルスとかじゃ無いのか。どこから入ってきたんだ?怪しげなメールは、全部無視してるはず。

『…ちょっと、ちょっとアンタ。悩むのはいいけど、少しは反応したらどうなのよん』

「へ?」

『はぁ〜…アンタの名前は相田姫流(あいだひめる)、高校2年生でヒーロー系統の作品が好きな、いわゆるオタク。好きが高じて、自分が妄想したストーリーやキャラクターでヒーロー達の活躍を書く。いわゆる2次創作活動家』

「な…ぁ、最後!なんでその事も知ってるの!全部匿名で出して個人情報も一切…」

『言ったでしょう?導かれてきたって。アンタの創作物、小説を辿って辿って発信されたスマホまで来たって事。アンタの個人情報はこのスマホ上で知った。そんだけ』

「あ、あ、あぁぁ…幸太郎にも言ってない事なのに…」

顔が熱い。それはもう、爆発しそうなくらい。僕は一体どうなるんだ…

『幸太郎…幸太郎…あぁ津々宮幸太郎ね。さっきまで、話してたのね。あら可愛い。この子も魔法少女に誘ってみようかしら』

「すぅ~はぁ~、で君は、一体なんなの?口調も最初と全然違うし」

『すこしは落ち着いたかしらん?いいわ説明したげる。私の名前は、エルトス。アンタらがよく言う、コンピュータウイルスみたいなもんよ。ただし、目的は犯罪行為では無いわ』

「人のプライベートを覗いておいてなにそれ〜」

信じられない。というかよりにもよって、一番の恥ずかしいところを伝手にされたのがつらい。

そんな僕をしり目に、スマホのアプリに腰をすえるエルトス。

『私達は最初にも言った通り、世界を救いたいの。悪の怪人が今、世界を脅かそうと画策しているわ。それに対抗するために、魔法少女となって戦ってくれる子を探しているの』

「はぁ…まず色々と聞きたいんだけど…悪の怪人?それって【〜淵奇戦隊〜ディープワンダー】に出てくる巨悪の銀面卿みたいな奴って事?」

『あぁ〜そうねそんなとこ。あたし達が倒すべき怪人の名前はヒュレール。人に取り憑いては、そいつを快楽で自堕落にし、魂を食べる。要は人殺しよね』

「はぁ…」

『はぁってなによ、あんたがこれから戦う相手なのよ?…ってまあ、そりゃ実感湧かないか』

「う、うん…でもさそれになんで僕?僕男だよ?魔法少女って少女じゃないとダメじゃ無いの?」

『あんた、か弱い女の子を戦場に出すような倫理観はどうかと思うわよ?』

「いやいや?!だって魔法少女ってそういうのなんじゃ」

『帰国子女だって、男でも帰国子女でしょうが』

「へえそうなんだ…っていや屁理屈じゃん!」

『やかましいわよ。…さあ質問は以上かしら?』

「あ、最後に。なんで急にオネエ口調?最初は僕とかなんとか、全うに可愛いかったじゃん」

『アタシ達はネットからスマホに到着して、契約候補者のパーソナルな情報をスマホから吸い上げるんだけど。その吸い上げる段階で、候補者に適した性格にリデザインされるようプログラムされてんのよね。つまりあんたがあんただから、アタシの性格がオネエってわけ』

「えぇ〜なんか嫌だ」

『嫌だって何よう!あんただって可愛い女の子みたいな顔してるくせに!』

ズビっと、指を指されて抗議されてしまった。

「いやそれとこれとは違うじゃん」

『い〜や、あんたが言った事はそう言う事よ!』

腕を組んでまたふんぞりかえってる…

「そう、か…むう…ごめんなさい…」

いまいち納得いかないけれど、いちおう頭を下げておく。

『ふん!謝る気があるんだったら、態度で示しなさい!』

「態度…?」

顔をあげてみると、エルトスは如何にもな契約書を振りかざしている。

『魔法少女になりなさい!姫流!あんたの想像力があれば、最強の魔法少女になれるわ!』

ビシい!と指をまた僕に向けるエルトス。

「えぇ〜そう言う事?まあ…ちょっとは興味出てきたけど…」

『ちょっとぉおお?…まあいいわ。あんたが覚悟決められないってんなら、アンタの書いた小説全部実名公開してやるわよ。』

「は!え、そんな、それは、それだけはやめてぇ!」

『そんなに顔近づけなくても、聞こえるわよ!わかったなら、覚悟決めなさい。かわいい服を着る覚悟を!』

「へ、そっち?あ、んと、僕学校の姫プで磨いた仕草にはけっこう自信ありだよ?」

『へぇ〜…まあ、いいわそれじゃあ契約にうつるけど、okって事でいいわね?』

「まあ一応…うん」

エルトスは振りかざしていた契約書に、印をしてメールアプリに放り込んだ。

『メールの契約書は後で見といて。とにかくあんた魔法少女として実感なさすぎ。一度変身でもしてみた方がいいわ』

呆れて首を振られてしまった。でもそんな事はどうでもいい。その言葉には、やっぱり抗えない魅力がある。

「今出来るの?!変身!」

『ええ。契約書に印を押した時から、このスマホは変身アイテムも兼ねるの。最初にアタシへ変身と声をかけてちょうだい。その後は、好きなように思い描く変身仕草をすればいいわ』

「そうなの?何か勝手に体が動くとかじゃあ無くて?」

『説明しそびれてたけど、魔法ってのは想像力が物を言うわ。好きなように、赴くままに、やりたい事を、それが一番強い魔法となるの』

「そうなんだ…じゃあ……うん、変身させてほしい!エルトス!」

『ええ、いいわ?』

「変身!」

そう叫んだ瞬間、スマホの画面は光輝く。世界が光で埋められた瞬間、僕は静かに波が揺れる海の上にいた。海に沈む事は無く、むしろ海面を好きに歩き動ける。1歩2歩と歩けば、両足が光り可愛い靴とシンプルなフレアズボンが脚を覆った。次に海面へ手を伸ばし、ちゃぷんと手首まで海につけると波で両肩までつかる。上体を起こせば纏う海水が弾けた。弾ける瞬間には、手首の辺りから広がるフリルを手先に膨らませ、パフスリーブから伸びる袖を纏っていた。そのまま手で髪をかき上げると、短い髪も長く、髪色は銀色へと変わっていく。波を蹴り上げるようにその場でターンをすれば、腰から上体へかけて波の渦が絡まって、はじける。胸のあたりには、可愛いレースのリボンとフリルをあしらわれ、クラゲを思わせるようにふわふわとなっている。

「魔法少女、ピンクテーダ!ここに誕生!」

決めセリフを終えれば、そこはもとの洗面所だった。

「すごい!本当に、本当に変身しちゃった!」

さっきまで着てた私服ではなく、今はシックな深い藍色と淡い桃色が同居している華かな衣装をまとっている。

『変身しちゃったは不適切よ、言うならできちゃった。あんたの想像力のたまものってこと覚えてなさい』

スマホからやっぱり偉そうなエルトスの声が聞こえる。

「えへへ~ねえ似合ってる~?エルトス~」

大きな鏡で自分の姿を確認しながら、細かいところまで眺めていく。

『ええ、とてもね。その衣装でバッタバッタと敵をなぎ倒す姿が浮かぶようだわ』

「ほめ方、物騒すぎ~」

と言いつつ、ニマニマしている自分の表情が抑えられない。

『…やっぱりだめかしら。さ、これからお風呂でしょ。さっさと入っちゃいなさい。あんた時間かかりそうだし』

「はぁ~い、これってどうやったら変身解除できるの?」

『想像力よ、今の姿から元に戻るイメージをしなさい』

「はぁーい、変身…解除!」

そう言った瞬間にはもう、可愛い衣装からいつも通りの私服に戻っていた。

『想像力はいっちょ前なのに…』

「なんか言った~?」

『なんでも、いいからはいっちゃいなさい』

その夜は、まったく眠れなかった。浮かれ気分が意識も持ち上げて、飛んだり跳ねたりしたらどこまで行くのかな、必殺技はどうしようかな、など思考が定まらなくて巡る。今まで見た全部が夢で妄想だったらどうしようという所まで考えて、ようやく周回遅れな睡魔が追い付いた。気づけば朝だ。

「ふぁ~あ」

『おはよう姫流。ちゃんと起きられたようね』

スマホからまだ聞きなれていない声がする。

「エルトス!くぅ~!やっぱり夢じゃなかったんだ!」

魔法少女になった実感が、こんこんと湧いて、指先にまで染み入ってくる。当然頭も醒める。

『学校、行くんでしょ。準備なさい』

「ふふふ、お母さんみたいなこと言うんだね」

スマホを持ち上げて、エルトスの頭のところを撫でる。

『んもう、早くなさいな』

迷惑そうに手を振り上げるエルトス。じゃれつく猫そのままで、まどろみのように癒される。

「え~、けちんぼ~」

言いながら、スマホから指は話さない。

『あのねえ、あんた何時ヒュレールが出るかわかったもんじゃ無いんだから!外に出られる服装になりなさいっていってんの!』

くわっ!とSNSで見た、猫のフレーメン反応にそっくりな顔で怒られてしまった。

「あ、そういう…ごめんなさい。着替えてきまーす」

『やれやれ』

あきれられてしまった。やれやれって僕は一体何回ぐらい聞いたんだろうと、思考を膨らませつつシャツを着て、スラックスをはく。詰襟に腕を通して、襟のホックまできちんと止めたら準備はOK。一階で朝ご飯を食べてカバンを持てば、あわただしい朝からゆっくりとした時間が流れる通学路へ踏み出した。

「え、また野球部、窓ガラス割ったの?エイムゼロかよ~」

「使ってない教室の窓だったらしいけどな。っておいおい我らが姫の登校だよ」

「えどこどこ…」

学校へは徒歩だ。登下校どちらも、人が多い時間帯だとあちこちから聞こえる雑談もBGMのようで面白いから好きだ。そして、校門、下駄箱へと踏み込めばクラスのみんなが挨拶をくれる。時々カバンを持ちたいって言ってくれるクラスメートもいるけれど、さすがに落ち着かない。教室へと行けば、あっという間にホームルームも授業も過ぎて、放課後がやってくる。昼休みや給食は、やっぱり話す人も多くてせわしない。授業もちゃんと先生の話を聞きたいのに、手紙が回ってこないかちょっとした緊張感ですこし話半分気味だ。

『あんた、これが毎日って相当ね』

帰りの支度中、エルトスがメールで話しかけてきた。

「まあ…でも、期待されてるっておもうとさ。うれしいじゃん」

メールで返してあげると、エルトスからの返事はなかった。

「?…まいいか、帰ろうっと」

スマホは、内ポケットに入れた。

「ひ、姫流ちゃん、今日はもう帰るの?」

後ろへ振り替えれば、クラスメートの足木くんだった。

「やっほ~☆足木君!どうかした?」

足木田君は、よくいるといえば聞こえは悪いけれど、僕の姫流のファンだ。僕と隣の席でもある。とはいえ遠慮がちで、あまり話しかけてくるようなタイプでは、なかったと思う。

「い、いいや。ただその…せ、先生にね!少し頼まれごとされちゃってさ。手伝ってほしいなって…」

日直でもないのに珍しい。そう思ったが、エルトスもいる事だし、いっちょ手伝ってあげるのもアイドル的だろう。

「OK!いいよいいよ~☆、これで足木君も好感度上げてくれるかな?」

いつも通りに、笑顔で返す。

「あ、上がる上がる、上がっちゃった…あはははは」

足木君はそういって、着いてきてほしいと上階の教室にあんないしてくれた。

「ここ、この教室に置いてある資料をもってきてって、言われてさ…」

着いたのは、空き教室だった。確か窓ガラスを野球部が割ったと噂のところだ。

足木君は鍵をさして、回すと、扉があかなかった。

「あれ、もしかして開いてた?」

足木君はそういってもう一度、鍵を操作した。

ガラリ、扉はあいた。そして、先客がいた。

「ぐるるるるうううああああああああ!」

中には、こちらに背を向けて大きくうなり声を上げる生徒と、見覚えのある顔がいた。

「幸太郎君!?」

「ひ、姫流殿…?」

幸太郎はこちらを視認したのか目に涙をためながら、助けを求めるように手を伸ばしてきた。うなり声をあげる生徒の方は、次第に人の様相を崩していった。角が生え、腕や体は隆起を繰り返して、大きくそしてと幸太郎へ覆いかぶさるような体制になっていく。

うっ、おええええええええ。

気持ち悪い。人が人でなくなる姿が、人が崩れて怪物や獣とでも形容したくなる姿へと変わる過程が。そして何より、獲物を囲い込み己の欲を満たさんとする。あの、あの対象を征服するかのようなあの体制が。気持ち悪い。

「へ、ひ姫流ちゃん?!…おお、おれ、と早く逃げよ!」

以外に冷静な彼の判断に、少し不満が湧いた。

「ひ、姫流殿ぉ」

小さな声が聞こえる。恐怖で固まって何も出せないはずだろうに、必死に絞り出した声が聞こえた。

スマホのブザーが鳴っている。

僕は、あの時何か助けを求められただろうか。いいや、でなかった。でも幸太郎は言った、言ったんだ。

スマホのブザーが鳴っている。

すごい、すごいよ本当にかっこいい。僕もそうできてたら、違ったのかな。

スマホのブザーが鳴っている。

「足…木君。僕は、ちょっと動けない、かも。うぷ…だから先生を…はぁ、はぁ、呼んできて」

足木君に隠しながら、そっとスマホを取り出した。

「え、姫流ちゃん残してだなんて…無理だよ!」

吐しゃ物にすら怯えて、僕に近寄ることすらできない癖に何言ってる。

「いいから…」

「よくないよ…ほかの人に知れたらなんて言…」

最期のほうはよく聞き取れなかった、どうせろくでもないんだ。

「良いから行ってよ!!!」

怒気を込めた言葉は、学校だと始めて使った。ばたばたと、離れていく足音にあきれながら、やっと僕は立ち上がった。

「あぁぁああああ!幸太郎!」

窓を、ぶち抜いた。

全力疾走して、幸太郎を抱えて、体当たり。とりあえずで補修されていた、段ボールの窓があって助かった。

助かってない。目下10メートル以上あるであろう地面までの距離。そこには空気以外の何も無い、内臓の浮く感覚が恐怖に実態を持たせてくる。

「「ぴぎゃああああああ」」

僕と腕の中の幸太郎、二人分の嬌声にも似た叫びが空気を震わせた。

「エルトス!変身!簡易バージョン!」

『待ってました!』

次の瞬間、僕はピンクテーダに変身してた。

「はぁ、危なかった…」

ふわりと着地を終えて、地面へ幸太郎を下ろす。

「怖かったでござるよ~!!姫流殿~!」

大粒の涙を伴って縋り付いてくる幸太郎。

「というか、姫流殿のそのお姿は?すごく様になってるでござるが…」

困惑の連続で、恐怖が強く残ってないみたいだ。よかった。

「説明は、後でね?安全な場所で、待っててほしい」

「え、えと…うん」

僕はさっきの教室に、向きなおす。

背後の足音が小さくなるまで待って、スマホを取り出した。

「エルトス、あそこまで行ける?」

『何度も言ってるんだけど。アンタの想像力があれば』

そうだった。

「じゃあ行く」

一っ飛びで、校舎の高さを超えた。

「ねえ、エルトス?必殺技とか考えてあるんだけどさ。最初っから撃って終わるかなぁ?」

重力に体を任せて、意識を怪物にすえる

『ちゃんと、狙って撃って相手が浄化される。そんな想像ができるなら』

「うん…できた」

どういうつもりかは知らないけれど、人を恐怖させ怖がらせるのは許しちゃだめだ。その先にある絶望を知ることは、あってはならないから。少なくとも幸太郎には、知らないでいてほしいから。

「ピンクテーダ、必殺」

両のこぶしを、胸の前で合わせる。すると合わせたこぶしの間から、光の粒があふれ出してきた。

「パールリフレクション」

そのまま両腕を広げれば、すべての光球から白い光線が怪物へと発射される。僕の胸の前から発射された特に太い光線は、ほかの細い光線を巻き込んでより太く勢いを増していく。怪物は、光線を抵抗する暇なく浴びて、倒れた。角の先からはらはらと塵のように崩れて、最後にはちゃんと制服を着た生徒へと戻っていた。

校庭に着地すれば、すぐさま幸太郎が走ってきた。

「姫流殿!すごい!すごいでござる!カッコよかったでござるよ~!」

腕をぶんぶん振り回しながら、赤い目元が見えないくらい目を輝かせている。

「ありがとう☆でも、今は姫流じゃなくて。魔法少女!ピンクテーダ!だから!」

びしっとお風呂場で考えたポーズで決める。

「はあ、いろいろ教えてほしいでござるが、わかったでござる!ピンクテーダ殿!」

素直にうなずいてくれて、こちらとしてもありがたい。

「じゃあ、僕はここまで。魔法少女の正体は、みんなには秘密だ~ぞ?」

学校にばれたら、絶対に親への連絡も行くだろう。何より、これ以上学校のアイドル化をすると、僕の身が持たなさそうだ。

僕は再度校舎の高さを超えて、屋上へ着地した。

「あぁ~あ、最初の変身が簡易バージョンか…でもまあ、幸太郎は助けることができたしいいのかな」

『あんた…悪かったわ』

エルトスが、話しかけてきた。

「どうしたの?」

スマホを取り出してみれば、エルトスが申し訳なさそうにしょぼくれている。

『あんたの事、誤解してた。ただのガキだって、妄想しがちなただの男の子って思ってた』

「…ははは、間違ってないよ」

『っでも!なんで、今回みたいなことができたのよ。想像力がすごいだけじゃあ納得できない。あんたのこのスマホの情報を見ても説明つかない。教えて頂戴!』

いいよ。

僕は昔お父さんにレイプされたんだ。

怖かった、とても。何も言えなくて、助けを呼べなくて、覚えてるのはお父さんの声。

「痛いか?痛いだろう?こんなに血が出て…でもお前が女の子だったら、痛くなかったのになあ」

それ以外は覚えてない。気づけば病院だった。お父さんとはそれきり。僕はその時まで女の子として、育てられてきたものだから、女の子として答えなきゃいけないって思ってた。でもだめだった。僕は、男の子として周りに応えることに自信がないし、女の子としても応えることが怖いんだ。でもさ、絶対的な強さがあれば、女の子みたいでも、かわいくても、怖くないんじゃないかって思ったんだ。ねえ、エルトス。僕は強いよ。だって、あの服を着るのがとても怖いから。

屋上から階下へ降りていく。その日は誰もいない道を通って、荷物をもって家へ帰った。僕は明日も、アイドルとして自信をもって、自殺するんだ。

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戦え!魔法少女ピンクテーダ! 照照暴雨 @teruterubouu

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