第32話

寝る前に鈴原におすすめされた本を読んでおこうと置いておいた本棚の中から取り出す。


この小説は少し変わっていて普通の小説の場合昇降を集めて犯人を追い詰めていくというのが一般的だが、この小説はそうじゃない。


「普通の小説とは少し違うみたいなことを言ってたけどこれは確かに普通の小説とちょっと違う視点で書かれてて面白い」


そもそもこの小説は推理小説ではなく三角関係の恋愛を描いた小説だ。


この小説は主人公の女の子が1人の男を振り向かせるためメインキャラクターの女の子との関係をうまく引き裂きややこしくしたところから話が始まる。


今まで目立たなかった女の子がだんだんと可愛くなっていくという内容の物語は結構読んだが、こういった内容の小説を読むのはかなり久しぶりだ。



主人公の女の子が悪口をいろんな人に流していって蹴落としていく描写は何と言うか昔ながらの悪役感がある。


主人公を含むメインキャラクター全員が高校生ということもあり、比較的自分と歳が近いせいか今置かれている状況と重ねてしまう。


気がつけば終盤に差し掛かっていた。


途中から主人公に協力する悪役のキャラクターが出てきてその女と協力しメインキャラクターの生徒をはめようとする。


「自分を俯瞰して見てるみたいだ」


「はぁこの小説みたいなエンディングは避けたい」


本を読んだ後の切実な感想が無意識に漏れる。


「誰も巻き込まずに今回の件を解決できればいいがもうそれは無理だ」


なぜなら進藤にもうすでに協力してもらっているからだ。


本人にそのことを言えば俺が勝手にやっているだけだといつも通りの笑みを浮かべながら返すだろう。


迷惑をかけるのは申し訳ないからといって今更協力してもらわないようにするというわけにもいかない。


だったら今の自分にできることはただひとつ。


なるべくリスクなくこの件を片付けることだ。


改めて今日集めた情報を布団の中で整理してみるが集めた情報自体が少ないので想像で補うしかない。


「ダメだ集めた情報量が少なすぎるせいで逆にいろんなことが想像できて考えがまとまらない!」


それから心を落ち着かせ再び考えを巡らしてみるが途中で頭からゆげが立ちそうだったので諦める。


「無理だ俺にはこれ以上何も考えられない!」


「後は明日に持ち越そう」



これは!


目の前に小学生の時の俺がいじめられている光景が広がっている。



その光景を見て俺はすぐに夢だとさとる。 


「本当あんたって普段何も喋んないし不気味で気持ち悪い!」


「もうやめてあげなよ鏑木」


言いつつも横にいる生徒はその光景を面白がって見ているだけ。


俺を助ける気などさらさらない。


この光景はよく覚えている。


俺がいじめられている光景を蔑んだ目で見る。


鏑木とその取り巻き。



「もうやめてください」


いじめられているその状況に対して特にやり返すこともできずただ消え入りそうな声で頼み込むだけ。


「あんたって本当にやり返してこないよね」


馬鹿にした口調で鏑木が言葉を付け加える。


もちろんこの時の俺にはいくら何を言われても言い返す気力なんってなかった。


いや言い返す気力がなかったんじゃなく言い返そうと思わなかったという方が正しい。


もし俺が何かを言い返せば倍になって帰ってくることがわかっていたから。


ひっぱたかれるのだけで住んでいたはずの攻撃が拳で殴られる攻撃に変わってしまうかもしれない。


「今回の件俺1人が犠牲になればどうにかなる可能性もあったのかな」


夢の中でそんなどうにもならないことを呟く。



いつもより早い1時間前に起きた。


「昨日はよく寝れなかったな」


残りの1時間だけ二度寝をしようかと考えたが大幅に時間が過ぎてしまいそうだったのでやめておく。


とはいえ今リビングの方に行っても何もやることがないので布団に横になることにした。


このまま横になってしまうと眠りに落ちてしまうような気がしたので本棚から結局買って一度もまだ読んでいないラノベの本を一冊手に取り布団の上に寝転がる。


しばらく本を読みふと時計の方に目を向けてみるといつも通りの起きる時間になっていることに気づく。


リビングの方に向かう。



「おはようどうしたのその目の下のクマ!」


朝ご飯の支度をしていた母さんが驚きの声をあげる。



「あー昨日の夜すぐ寝れはしたんだけどなかなか熟睡できなかったみたいで」


この表現が日本語としてあっているかどうかわからないが起きてからもう1時間経っているはずなのにうまく頭が回っていないので仕方がない。


とりあえず母さんが料理を作ってくれるまで座って待つ。


「本当に大丈夫なのすごい眠たそうだけど?」


「大丈夫ただの寝不足だから」


しばらくして父さんがあくびを噛み殺しながら正面の椅子に座る。



「どうしたんだその目の下のクマ!」  


母さんと同じように驚きを含んだ口調で言ってくる。


「母さんにも同じこと言われたけどただ寝不足になっただけだから大丈夫」  


「でも結構すごいぞ」


真面目な顔で言われたのでそんなにすごいのかと気づく。


家を出る前に鏡で目の下のクマがどうなっているのか確認してみると、確かにすごいが昔ゲームを徹夜でやった時ほどじゃない。


俺は鞄を肩にかけ学校へ向かう。



いつも通りの早い時間に学校にたどり着き特に何を考えることもなく当たり前のように図書館に向かう。


「おはようございます」


「おはようございます」


「どうしたんですかその目の下のクマ」


もうさすがにここに来るまでに2回同じことを聞かれているので少し投げやりな口調でただ寝不足なだけですと答える。



「そうだおすすめしてもらった小説とても面白かったです!」


「呼んだ感想はどんな感じですか?」


「鈴原さんが言っていた通り人間の黒い部分を丁寧に描いているような感じでした」


「後は最終回で悪役の主人公に何かしらの罰があるかなと思ってたんですけど主人公がそれを跳ね除けて終わりに向かっていくっていうのは驚きました」


「確かにあの小説はそういう意味でも一般的な方から外れてる小説ですからね」


「後はそうだな主人公が悪事を隠す時の頭の回転の速さに驚いてそこだけ1回読み直しました」


「この作品の主人公って周りの人間も使えるものは全部使いますからね」


そんな話をしている最中だんだんと眠気が襲ってくる。


誰かに肩を叩かれているような感覚を感じ目を覚ます。


目を開けるとそこには鈴原の顔があった。



鈴原の顔が目の前にありお互いに見つめているという今のこの状況が夢なのか現実なのか判断がつかずしばらくぼーっとした頭で考えていると、徐々にこれは現実なんだと自覚する。


だが実際に目を合わせていたのは一瞬でお互いに慌てて目をそらす。


どこから持ってきたのか俺の肩にはブランケットがかけられている。


「あのとても気持ちよさそうにね出たので起こすのはどうなんだろうと思ったんですけどもうすぐ授業が始まる時間なので」


言われ時計を見てみると確かにホームルームが始まる時間が近づいてきていた。


「すいませんありがとうございます起こしてくれて」


ついさっきまで本のことについて話していた記憶はあるのでおそらくその途中で寝落ちしてしまったのだろう。


勝手に自分から本の話しを始めておいて勝手に寝落ちするなんて何を考えてるんだ俺は。


「本当にすいません」


「いいえ気にしないでください」


「本の感想はまた今度ゆっくり聞かせてください」


「後余計なお世話かもしれませんがゆっくりと睡眠をとってくださいね」


俺はそれから自分のクラスへと向かう。

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