第15話

「それにしてもなんで進藤さん昨日はあんなに落ち込んでたんだろう?」


学校に向かう道を歩きながら小さくつぶやく。


「小学校の時の知り合いがどうのとか言ってたけど」


「色々あったとは言ってたけどもしかして俺みたいにいじめられたりしてたのかな昔?」


「今の雰囲気からは全く想像できないけど」


「人は見かけによらないって言うからなもしかしたら過去に俺より辛いいじめに遭っていたのかもしれない!」


しかもそれを昨日目の当たりにしたばかりじゃないか。


そんなことをつぶやきながら学校に向かう。


もはや図書館に行くことが俺の日常になっている。



「おはようございます」


「おはようございます」


図書館の扉を開けいつも通り挨拶を交わす。


「あの…」


そう途中まで口に出したところでこれは相談していいものかどうなのか悩んでしまう。 


「何ですか?」


声をかけてこのまま何も言わないというのも失礼な気がしたので少し不自然な間をあけ後俺はこう言った。


「実はその同じクラスの隣の席の男子生徒が少し元気がなくて心配というか」


「篠崎さんの友達の方ですか?」


「友達と言うかまぁクラスの中では一番仲良くしてもらっている方なんですけど」


「その人がここ最近元気がなくて元気付けようにもどうしたらいいかって悩んでて」


「私の場合は元気づける友達もいないのでお役に立てるかどうかは分かりませんけど」


「友達がいるかどうかというのは関係なくてですね!」


思わず爆弾発言をしてしまったかと思い慌てて否定する。


「いや篠崎さんがその友人のことを大切に思って言っているということはわかっています! 」


同じように少し慌てた口調で言う。


「そうですね友達を元気づける方法ですか」


考えるような口調で言ながら一度座り直す。


「本当に些細なことでいいんです何かきっかけをくれないかなと思って」


「そう言われてもなかなか難しいですね」


「そうですよね」


いつも本を読んでいる鈴原なら何かヒントのようなものをくれるんじゃないかと期待したが、人を元気づけられる本なんてものがあったら前に教えてくれたコミュニケーションの本のようにみんながその本を買っているだろう。


「安直かもしれませんがクラッカーを鳴らして驚かしてみるとかはどうですか」


「それは元気を出してもらう方法というよりかは誕生日のパーティーの時にやるやつじゃないですか?」


「それもそうですね…」


それから図書館の空間が真剣な雰囲気に包まれた。



「ダメだ思いつかない!


しばらく考えてみたが頭から湯気を出し今にも爆発寸前だった。


気がつけばクラスの方に行かなければいけない時間になっていた。


「すいません一緒に考えていただいたのに何も出てこないです!」


軽く頭を下げる。


「いえこちらこそ役に立たず申し訳ありません」


もう一度すいませんと謝った後自分の教室に向かう。



「おはよう!」


いつも通りの爽やかな笑顔を浮かべ挨拶をしてくる。 


「おはようございます」


見た感じはいつもと変わらないみたいだけど。


俺は言葉を返し自分の席に座る。


「あの…」


「なんだ?」


昨日のことについて何か励ましの言葉をかけようと思ったがそもそも蒸し返されたら嫌な話なんじゃないかと思い少し迷う。


だからと言ってこのまま何も言わないわけにはいかないと思った俺はこう尋ねる。


「今日のお昼休みの時間キャッチボールをやりませんか?」


尋ねると進藤が一瞬だけ驚きの表情を浮かべる。


「ああ、分かったそれじゃあ休み時間に昨日の続きをやろうぜ!」


嬉しそうに笑ってくれる。


「それにしても初めてだな」


「何がですか?」


「篠崎が俺を何かに誘うのって!」


今までは人としゃべることになんとなく恐怖感を抱いていた。


ましてや人を何かに誘うことなんて今までだったら絶対できなかっただけどこうして何かに苦しんでいる人を目の前にすると助けたい。


自分ができることなんて大したことないって分かってる。


でも俺が何かすることで少しでも楽になることがあるんだったら上から目線な言い方かもしれないがやってあげたい。


それからいつも通り授業を受け休み時間になった。



「よし行こうぜ!」


進藤が休み時間になった瞬間に自分の席を立ち教室を出る。


「待ってくださいよ!」


急いでその後ろを追いかける。


そのままグラウンドに出てキャッチボールをするのかと思いきやそうではなく向かったのは野球部の部室だった。


「キャッチボールをやるのになんで野球部に?」


「どうせやるんだったら本物っぽくやった方が楽しいと思って!」


変わらずの爽やかな笑顔で俺の言葉に答える。


「失礼します」


言いながら野球部の扉を開け中にいる人たちに声をかける


「おうどうしたこんな昼休み時間に?」


早期作に声をかけてきたのはこの部活の部員らしき男だった。


「ちょっと悪いんだけどさ昼休みの間だけ野球のボールとキャッチャーがつける防具借してくれないか?」


「古いやつでいいならあるとは思うけど一体何するんだ?」


「ちょっと本気のキャッチボールをやろうと思って」


その男は何を言っているのか理解できなかったのかきょとんとした表情を浮かべる。


グランドに移動し進藤がさっき野球部から借りてきたキャッチャーの防具を身につける。


「それじゃあ行きますよ」


「よしこい!」


言って腰を落としキャッチャーの体制をとる。


なるべく強い力をボールにこめ見よう見まねのピッチャーのポーズで投げる。


緊張しすぎるあまり変な風に力が入り全然違うところに向かって飛んで行ってしまう。


「すいません取りに行ってきます!」



「ボールどこまで飛んでったんだ?」


辺りを見回し探していると小さな茂みの方にボールが転がっていた。


「よかったあった」


ほっと安堵のため息をつく。


「なぁなぁ聞いたか図書館に住む幽霊の話」


「なんだよそれ!」


「俺も実際に見たわけじゃないから詳しいことは何もわかんないんだけど」


「何でも夜遅くまで図書館でずっと本を読んでる女子生徒の幽霊がいるらしいぞ」


話を盗み聞いて頭の中に思い浮かんだのは鈴原の顔。


さすがに本が好きとは言ってたけど夜まで残って本を読んでるなんてことがあるのか?


本に集中しすぎてて時間間隔を忘れ気がついたらもう空が暗くなっていたとかそういうことだろうか?


「早く進藤さんのところに戻らないと!」



「すいません!」


「ボールは見つかったか?」


「はい」


それからしばらくキャッチボールを続け俺の体力がほとんど消耗しきったところでやめることになった。


時々俺たちを見て何をしているんだろうと訝しげな視線を向けてくる生徒たちもいたが、確かに冷静に考えてみるとシュールな光景であることは間違いない。


野球部でもない生徒がキャッチャーのメットをつけてキャッチボールをしているなんて不自然以外の何者でもないだろう。


しかも俺に至っては野球のものを何も身につけていない。


さっきのは単なる噂話だとわかっていつつもどうしてさっきの噂が広まっていたのか気になる。


今日初めて聞いたのでまだそこまで学校全体に浸透していない噂なのかもしれないが、噂が広まっているということは最初に噂を広めた誰かがいるということになる。


もし俺が噂を広めている生徒を見つけたところで別にどうこうしようという気はないが。


「篠崎!」


進藤の叫び声が聞こえた次の瞬間俺は勢いよく飛んできたボールを顔面にくらい地面に倒れる。


「大丈夫かおい!」


「おい!」


遠のいていく意識の中で心配そうに呼びかける進藤の声だけが聞こえる。

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