第11話

「はぁ…」


「今日は一段と朝から疲れてますね」


鈴原が本のページに目を向けたまま言ってくる。


「実は昨日何と言うか色々あって」


昨日はまさかのいきなり始めて出会ったばかりの女子生徒にグラウンドに呼び出されるという驚きのイベントがあったので精神的にちょっと疲れた。


呼び出されたというより連れて行かれたという方が正しいか。


最初は特に気にしないようにしていたのだが家に帰るとすぐに眠りについた。


それにしてもあの女子生徒。


名前は確か鏑木紅葉だったっけ?


昨日あったのが初めてのはずなのに何で向こうは俺の名前を知っていたんだ。


入学式の時に適当に歩いていたらクラスに張り出されていた生徒の名前を見てそれをたまたま覚えていたとか。


たとえクラスの生徒の名前が教室に貼り出されていたとはいえ顔と一致するかは別問題か。


それだったらまだ入学式の時に俺の顔をたまたま見ていて覚えていたという方が可能性は高いような気がする。


それにしたって一度見た人間の顔と名前を一致させるのはかなり難しいことのはずだ。


「そんなに昨日大変なことがあったんですか?」


鈴原の言葉でわれに帰り俺はこう答える。


「昨日は色々な生徒たちからの殺意を宿した目線が突き刺さっていたかったです」


「殺意の目線を浴びる1日ってどんな感じなのかは私は全く想像できないんですけど相当大変だったんですね」


乾いた笑い半分驚きの表情半分といった感じで言葉を口にする。


「具体的にどんな感じだったのか私には分からないので何とも言えませんけどとにかくお疲れ様でした」


「ありがとうございますそう言ってもらえると少し心が休まります」


「人から殺意の目を向けられないようにするための本って何かありませんか?」


「それはちょっと難しいですね」


「そうですよね、ダメもとで行ってみただけなので気にしないでください」


「篠崎さんが何か悪いことをしてて嫌われているとかだったらまだ役に立つ本はあると思うんですけど」


「話を聞いてる限りなんとなくですけど篠崎さんが相手に何かをして殺意の目を向けられているわけじゃなさそうですし」


「ってなると他の他人の行動を変えるのは相当難しいですね」


「俺今少し話しただけなのによくそこまで分かりましたね」


「これは単なる私の予想だったのでそこまで自信があるわけじゃなかったんですが実際にそうだったんですね」


「だいたいそんな感じです」


「それじゃあ俺はそろそろ行きますね」


いつも通り何気ない会話をしていると少し遠くの方から投稿してくる生徒たちの声が聞こえる。


図書館を出て自分の教室に向かおうと足を向けると!



「おはよう!」


と言いながら俺の方にかけてきたのは紅葉だ。


「おはようございます」


どうしたらいいかわからず少し挙動不審になりながら言葉を返す。


「今からどこ行くの?」


紅葉が俺に声をかければかけるほど後ろにいる男子生徒たちの目がだんだんと殺意を増していくのがわかる。


もう俺に声をかけてこないでくれそうしないと後ろにいる男子生徒たちに何をされるかわからない。


こいつ何ちゃっかり紅葉さんと朝から話してるんだ!


普段は目立たないモブキャラAのくせに何ちゃっかりラッキーイベント起こしてんだ。


天と地がひっくり返ってもお前と付き合ってくれるわけないんだからとっとと離れればいいのに。


誰も何も喋っていないはずなのに後ろからそんな殺意と嫉妬にまみれた幻聴が聞こえてくる。


もう俺はこの場所に痛くない!


「もうそろそろ朝のホームルームが始まりそうなので俺はクラスに行きます」


言うと紅葉は驚きの声を漏らし自分の制服のポケットからピンク色のウサギのカバーがついたスマホを取り出す。


「本当だもうこんな時間だったんだ!」


「ごめんね呼び止めちゃって!」


「それとありがとう気づかせてくれて私朝のホームルームに送れるところだったよ」


紅葉は俺に手を振りながら隣のクラスへと入っていく。


教えてくれてありがとうだと!


俺一度もまだ言われたことないのに!


しかも手まで振ってもらえて!


この世界は何て不平等なんだ。


また誰も何も言っていないはずなのに後ろから殺意と嫉妬がこもった視線と幻聴が聞こえてくる。


これ以上ここで立ち止まっていたら本当に何かしらの被害を受けそうだったので少し早足で自分のクラスへ向かう。


自分のクラスのドアを開ける前から何かしらの不穏な空気を感じ扉を開けるのを躊躇う。


それでも意を決して扉を開ける。


扉を開けたと同時にクラス全員の目線が俺の方に向く。



さっき廊下で向けられていた視線よりもさらに強い殺意のこもった視線を感じる。


慎重に自分の教室に足を踏み入れる。



「朝から教室内が不穏な空気に包まれてるみたいですけどこれは一体どうしたんですか?」


なんとなく予想はできるが俺の隣に座っている進藤に恐る恐る尋ねる。



「この前話した女子生徒と篠崎が話してたって今クラスの中で大騒ぎだよ」


「よかったじゃねぇか女子生徒に持てて」


相変わらずの屈託のない爽やかな笑顔でそう言ってくる。


だがその表情はどこかいたずらっぽさを含んでいる。


「俺は別に女の子にモテたいとかそういう願望を持ってはいないんですけど」


なんとなく口にしたその言葉にクラスにいる男子生徒ほぼ全員が振り返り座っている席に一気に駆け寄ってくる。


「今の言葉は聞き捨てなりませんな!」


「そうですそうです我々の学校のアイドルである鏑木紅葉様に声をかけられて何も思わないなど絶対にありはしないのです!」


有無も言わせぬ圧倒的な熱量のその言葉に俺は乾いた笑いを浮かべることしかできない。


「何ですかその仕方なく頷いているみたいな乾いた笑いは!」


「こうなったら紅葉様のことを徹底的に語ってあげましょう夜更けまで!」


「そのまま少し待っていてください!」


それからしばらくして。



どこから持ち出してきたのかいきなり1人の男子生徒が相関図のようなものが書かれたでかいホワイトボードを目の前に置く。


「それではご説明いたしましょう隅々に至るまで!」


「はいはいお前らの熱量は分かったけど勝手にそうやって話し始めるのは迷惑になるからやめておけ」


手をパンパンと叩き進藤がなだめるように言う。


すると俺を取り囲むようにしてたっていた男子生徒たちは思ってもいなかった方向からの言葉に戸惑いつつも大人しく自分たちの席へと戻って行った。


「ありがとうございます助けてくれて」


「礼を言われることでもない」


「俺も途中まで面白そうだったから横で見てようと思ったんだけどそろそろ授業が始まりそうだったから」


「そんなことより良かったじゃねぇか今日はいろんなやつからモテて」


「今のモテてるのうちに入るんですかね」


どちらかというとターゲットにされたという方が正しいような気がするが。


下手に目立たず平穏に送ろうと思っていた中学生活がだんだんと崩れ始めているような気がするのは気のせいじゃないはずだ。


「このままだとこのクラスの人気者になれるかもしれないぞ」


「俺は人気者にならなくていいのでただ平穏な暮らしがしたいです」


乾いた笑いを浮かべながら言う。


「何60過ぎたおじいちゃんみたいなこと言ってんだよ」


「まだ若いんだからもっともっと貪欲になれよ」


「なるべく全書します」


さっき俺にものすごい熱量で話してきた男子生徒はと言うと他の男子生徒たちと紅葉に関する話題で盛り上がっているようだ。


俺はとにかく大したことなくていいから平穏な学生生活を送れればそれでいい。


改めて心の中でそう思った。

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