第8話

「ただいま」


「おかえりどうしたのその顔!」  


「いや実は今日学校の怪談で転んじゃって怪我してさ」


冗談ぽい口調で顔に苦笑いを浮かべながら言う。


「その顔に貼ってる絆創膏は?」


「これは知り合いが貼ってくれた」


「後日ちゃんとその人にお礼を言っときなさいよ」


「あ分かってる」


「とりあえず今から夜ご飯にするから口の中切れてるみたいだし一応洗ってきなさい」


言われた通り洗面台の水で軽く口の中をゆすぎ一度うがいをする。



料理が並べられたリビングのテーブルに座ったところで母さんがいたずらっぽい口調で訪ねてくる。



「ところでその絆創膏誰に貼ってもらったのかしら」


「ただの…」


「男の子女の子!」


俺の言葉を遮って訪ねてくる。


その目は答えるまで逃さないと言う目だ。


「そんなのどっちでもいいだろう!」


「ってことはとうとうあなたにも春が来たのね!」


めんどくささを含んだ口調でそう答えると自分の都合のいいように解釈したらしく子供のように目をキラキラとさせる。


「俺は何も言ってない!」


「まあまあそんなに照れなくてもいいから」


母さんはもうこうなってしまっては自分の都合の良いようにしか言葉を解釈しないので黙っておくことにする。



俺と鈴原の関係を説明したとしてもそれも照れ隠しだと都合の良いように捉えられる可能性があるので落ち着くまで待つ。


嬉しそうに色々な妄想を頭の中で思い浮かべている母さんをよそに俺はテーブルに並べられているご飯を食べる。


すると家のチャイムの音が鳴りそれと同時に母さんが我に帰る。


母さんは鼻歌を歌いながら帰ってきた父さんを中に入れる。


「どうしたんだ母さんそんなにいいことあったのか?」


いきなり鼻歌を歌いながら母さんに出迎えられた父さんは少し引いている。


「ねえねえお父さんお父さん聞いてとうとう進藤に彼女ができたんだって」


「彼女じゃねーよ!」


思わず反射的にそう言葉を返してしまう。


「彼女じゃないってことは気になってる子ではあるってこと」


親のあまりの拡大解釈に思わずため息が出る。


俺はこれ以上本当に何を言っても無駄なんだと悟った。


「その顔の絆創膏どうしたんだ?」


「その絆創膏が問題なの!」


再び子供のように目をキラキラとさせながら喋る。


「この可愛い絆創膏は絶対に篠崎は持ってない」


「となると学校の中で関わりがある生徒ぐらいしかない」


「この雰囲気の絆創膏のデザインは女の子…」


「篠崎に絆創膏を貸してもらえるほどの仲のいい彼女がいるってこと」


まるで刑事ドラマとかに出てくる犯人を当てる探偵のような口調で言う。 


「何で俺に女の子の知り合いがいたら知り合いイコール彼女っていう扱いになるんだよ」


俺が鈴原の彼氏だなんて失礼すぎるだろう。


「とりあえず我が息子にも春が来たみたいで良かった良かった」


父さんが冗談交じりの口調で言う。


とりあえず俺は怪我をした理由に疑いの目を向けられなかったことに安堵する 。


ごちそうさまと言って自分の部屋に戻る。



あの時もっと顔を近づけてと言われた時なんであんなにモヤモヤした感覚になったんだ?


どうしてあんな無意識的に顔をそらしたんだ。


自分の部屋の地面に寝っ転がり体を投げ出すように体を伸ばす。


「とりあえず進藤さんの隣に座っている女子生徒にこれ以上目をつけられないようにしないと 」


次の日俺はこれがもはや日常になっている学校の図書館に向かう。



いつも通りゆっくりと静かに図書館のドアを開け中に入る。


いつも通りの朝の挨拶をお互いにかわし席に座る。


「あの…鈴原さん」


「日は怪我の治療をしてくれてありがとうございます」


少しぎこちない口調でお礼の言葉を口にする。


「昨日のことなら気にしないでください」


「怪我の治療だなんて大げさですよ私はただ絆創膏を貼っただけなんですから」


「いいえそれでも」


話しに区切りがついたところで鈴原は視線を本の方に戻す。


その時にわずかに見えた表情はいつかの時と同じように曇っていた。


しばらく沈黙の空気が図書館の部屋の中を包む。


いつもだったらこの沈黙の空気も大して気にならないのだがなぜか今日は気になって仕方がない。


俺はその沈黙の空気に耐えきれずこう話題を切り出した。


「昨日家に帰ったらその絆創膏どうしたのって言われて理由をちゃんと説明したはずなんですけどなぜか拡大解釈をして俺に彼女ができたと思い込んで」


「俺にそんなことあるわけないのに」


冗談ぽい口調で言う。


俺がそう話していると心なしか表情が和らいだような気がした。


だが話が落ち着くとまた表情が曇る。


「あの…」


言っていいことなのかどうなのか迷いながらも言葉を口にする。


「何かありました?」


尋ねると驚いたような少し困ったような表情を浮かべる。


読んでいた本を一度テーブルの上に置き言っていいことなのかどうなのか悩んだような表情で目を右左へと小さく泳がす。


「ちょっと前に篠崎さん私に何で早い時間に図書館で本読んでるのかって聞きましたよね」


そう言われあの時は確か変な空気になってしまったことを思い出す。


あの時の俺がかけた言葉のことについて何か言われるのかと身構える。


「確かに言いましたね」


今思い出したかのような口調で言う。


「あの時聞かれたことに対してちゃんと答えられてなかったなと思って」


「いえいえもし人に言いたくない理由だったりしたら無理して言わなくていいですよ」


俺が言葉を返すともう一度悩んでいるような表情を浮かべこうしゃべり始めた。


「私…家の中で過ごすのが少し苦手で」


「お父さんとお母さんが苦手ってわけじゃなくて!」


少し焦ったような口調で否定の言葉を口にする。 


俺はその言葉には何も返さずただただまっすぐ話を聞く。


「私が小さい時から人と話すのは苦手で篠崎さんと敬語で喋っているのもそのせいで」


てっきり俺が最初に話しかけた時敬語で話しかけていたからそれに合わせてくれていたんだとばかり思っていたが、そうではないらしい。



「すいませんいきなりこんなことを話して」


「こんなことをいきなり話されても困りますよね」


申し訳なさを含んだ口調で言いながらもどこか困ったような表情を浮かべる。


「俺も似たような感じですよ」


言葉が帰ってくると思っていなかったのか俺のその言葉を聞いて驚いたような表情を浮かべる。


「俺も小学校の時に色々あって人間関係が苦手で」


「今もずっとそれを引きずってるんです」


「相手に言われたことは単なる些細なことだった」


そんな些細なことが最近夢に出てくるようになってる。


「それにしても良かった」


「今もずっとそれを引きずってるんです」


「相手に言われたことは単なる些細なことだった」


そんな些細なことが最近夢に出てくるようになってる。


「それにしても良かった」


言いながら大きな安堵のため息を一度つく。


「あの時俺なんか変なこと言ったんじゃないかと思って心配で心配で」


「篠崎さんは何も悪くありませんよ」


「1つ聞きたいことがあるんですけどいいですか?」


「何ですか?」


「鈴原さんてどうし本が好きなんですか?」


そんな質問をされるのは予想していなかったらしく少し間を開け言葉が帰ってきた。


「小説や漫画本に関わらず物語の世界に入っていると嫌なことを忘れられるんです」


どこか懐かしむような表情で静かにそう言った。


「心が落ち着くものがあるんだったら良かったです」


その言葉を口にした後すぐに少し上から目線の区長になっていなかったかと心配になったが、ありがとうございますと言ってくれた。


俺も胸のうちに抱えていた1つのモヤモヤが腫れたような気がした。

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