第6話

「どうかしました?」


鈴原が少し顔を上げ呼んでいた本から目線を外す。


「昨日話した咳が隣になった同じクラスの男子生徒と一緒にどこか遊びに行こうってことになったんですけど」


「想像を絶するほどのハードワークでした」


「鈴原さんほどじゃあないにしても家で本ばっかり呼んでる人間なので体力があまりなくて」


「いろんな場所に連れ回されて体力が限界まで消耗しましたよ」


乾いた笑いを浮かべながら言う。


「どこに遊びに行ったんですか?」


「渋谷の方に…行ってきました」


震えながら言葉を口にする。



「あそこはもう人間が住む場所じゃない 魔界の境地」


「一体渋谷の方で何があったんですか?」 


俺のリアクションにどう答えていいか少し迷い、困ったような表情を浮かべる。


「人に押し流されるかと思うほどに人がいっぱいいたんです」


「それはそれは大変でしたね」


なんとコメントしていいか困ったような表情をし言葉を返してくる。


「それで結局渋谷に何しに行ったんですか?」


多少はこの話に興味があるのか続きの言葉を促される。


「俺も最初は何かしらの目的があってこんなところに来たんだろうと思ってたんですけど」


「その人ごみの中を歩いてる途中本人に聞いてみたら」


「特に理由はないって言われちゃって」


「本人からしたらただ遊びに来たかっただけなんですね」


「私がそんなところに行ったら高確率で迷子になる地震がありますよ」


自分がもしその場所にいたらという想像を頭の中でしているのか言いながら少し青ざめたような表情をする。


「おしゃれなゲーセンとかいろんなところに連れてってもらったのはいいんですけど人の目が気になりすぎちゃって純粋に遊べなかったです」


「おしゃれなゲーセンってどんなところなんですか?」


少し前に身を乗り出しいつも表情を変えることがあまりない鈴原にしては珍しく驚き半分疑問半分といった口調で尋ねてくる。


「俺も昨日の今日になった今でもあの時の状況をうまく理解してないんですけど」


「なんでかよくわからないんですけど俺が昨日行ったゲーセンの天井にミラーボールみたいなのがついてて」


「ミラーボールってあの踊るクラブとかについてる?」


「俺もあんまりミラーボール自体をちゃんと見たことがないのでわかんないんですけどそんな感じのやつでした」


「そこただのゲーセンなんですよね」


いつも通りの無機質な口調で訪ねてくる。


「俺の認識が間違ってなければそのはずなんですけどね」


「ちゃんとゲームの機械も置いてありましたし間違いはないと思うんですけど」


「クラブとゲーセンがくついたお店だったんですかね」


言われ頭の中で想像してみるがなぜか扇子を持って踊っている女の人たちの風景しか思い浮かべられない。


「いい経験になったと思えばいいんじゃないですかね」


苦笑いを浮かべながら俺を納得させるように言ってくる。


「この経験を行かせてる未来の自分を全く想像できないんですけど」


「ところでその手に持ってる本何読んでたんですか?」


話がひと段落ついたところでいつもと違う雰囲気の本の表紙が気になり尋ねてみる。


「その本いつも呼んでる本と表紙のデザインが違うみたいですけど、どういう話の小説なんですか」


表紙のデザインが違うのは書いてる人によって変わるので当たり前だが、いつもは意図的なのか無意識的なのか分からないがおどろおどろしい表紙の小説を読んでるイメージがある。


「これですか赤ずきんです」


俺はそれを聞いて少し驚いた。


俺が赤ずきんちゃんの物語を知らないというわけではなく、俺が知っているものと少しイメージがかけ離れていたからだ。


でも確かに言われてみれば表紙には赤い頭巾をかぶった女の子が描かれている。


「でも赤ずきんてこんなに分厚い本でしたっけ?」


本の中では薄くはあるのだがそれでも俺が知っている赤ずきんの本よりは明らかにページ数が多そうだ。


「おそらく篠崎さんが言っている赤ずきんは幼い3歳ぐらいの子が読むちっちゃい本じゃないですか?」


「母さんに寝る前に赤ずきんの本を読んでもらったことがあるな」


「今私が呼んでるこの本はおそらくその時の本よりは情報量が多くて細かくいろんなことが描写されてるはずです」


少しその本を読ませてもらったが確かに書いてある内容は俺が知っているものとそう変わらないが細かくいろんなことが描写されている。


「篠崎さんはもう一つの赤ずきんを知っていますか?」


いつもとは違うまるで怪談話を始めるような口調でそう問いかけてくる。


そのいきなり変わったいつもとは違う雰囲気に動揺しながらも尋ねる。


「いいえ知りません、でもそんな話が本当にあるんですか?」


「赤ずきんのお話ができたの自体が相当前なのであやふやなところがありますけどね」


「一般的に知られている赤ずきんはこう」


「赤ずきんがぶどうのワインと食べ物をお母さんから渡されて寄り道をしないでおばあちゃんのところに行くようにって言うのが基本的な話の始まりだと思うんですけど」


俺が小さい時に母さんに読んでもらった話とここまでは一緒だ。


ここからどんな急展開が待っているのかと気持ちが高鳴る。


「その後赤ずきんがお花畑に寄り道をし狼と出会います」


「狼は赤ずきんに綺麗なお花をおばあちゃんに持って行ったら喜ぶんじゃないかと提案をしました」


「赤ずきんがお花を積み終わり、おばあちゃんの家に到着した時にはもうすでにおばあちゃんは食べられベッドの上に寝ているのは狼です」


話が進んでいくごとに鈴原の口調が芝居がかっているのはおそらく気のせいではないだろう。


「そのおばあさんに化けた狼は赤ずきんが持ってきてくれたワインとお肉お振る舞ってあげることにしました」


「赤ずきんは狼に振る舞われたお肉をとても美味しそうに食べました…」



「赤ずきんはワインとお肉を食べている最中に後ろから狼に食べられてしまいました」


「1人の狩人がおばあさんの家の前を通りかかり不自然にドアが開いていると思い気になり中に入ってみます」


俺が知っている赤ずきんだとこの狩人が狼のお腹を引き裂いて2人を助け出すっていう話だけどこの話だとどうなるんだ?


先が読めないこの話の展開に恐怖を感じながらもどこか胸が高鳴っているのを感じる。


「するとおばあさんの格好して寝ている狼のお腹が不自然に大きいことに気づき」


「狩人は持っていたサバイバル用のナイフで狼の膨れ上がったお腹を引き裂きます」



よかったこれで助かるのかと心の中で安堵のため息をつこうとしたその瞬間!


鈴原から発せられた言葉に驚き息を飲む。


「なんとか赤ずきんを狼のお腹の中から助け出すことはできましたがおばあさんはもうすでに、狼のお腹の中で息を引き取っていました」


「…」


「赤ずきんてそんなに衝撃的な話だったんですね…」


間違いなく今の話は対象年齢15歳以上だろう。


「ネットで調べた情報なので錯綜していて正しい情報なのか分かりませんけど」


「一応この話が赤ずきんの原作みたいです」


話にちょうどいい区切りがついたところで俺は教えてくれてありがとうございますと言って自分の教室に向かう。


「どうしたなんか顔色悪いぞ?」


進藤が心配そうに尋ねてくる。


「大丈夫です心配しないでください赤ずきんの話を聞いて恐怖に打ち震えているだけなので」


「何で赤ずきんの話が怖いんだよ」


言って面白おかしそうに笑う。


その瞬間また誰かに見られているような視線を感じ後ろを振り返ってみるが特に何も変わったことはない。


「どうした?」


「一瞬誰かに見られてるような感じがして」


「特に誰も見ているようなやつはいねえぞ」


「何だったんだろう今の?」

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