第5話

「どうしよう!」


「何かそんなに大変なことがあるんですか?」


いつも通り学校の図書館中で鈴原が困り果てた俺に対して声をかけてくる。


「昨日いつも通りこの図書館によって自分のクラスに向かったんですけど」


「昨日の朝のホームルームで席替えをするぞって言われちゃって」


席替えと言うかまだそれぞれの席がそもそも決まっていなかったので席決めと言った方が正しいような気もするがそれはこの際どうでもいい。


「あれでも昨日まだうちのクラスはその話は出てないみたいなことを言ってませんでしたっけ?」


「それが俺が聞き逃してたみたいで」


「それで何に困ってるんですか?」


今市容量を終えないといった感じで疑問の表情を浮かべる。


「それが俺の隣になった同じクラスの生徒が見るからに陽キャみたいな生徒なんですよ」


俺のその言葉で全てを察したらしく今まで心地よく頷いてくれていた鈴原の表情が何とも言えない表情へと変わる。


「それは何と言うか…お気の毒に」


「でもまあ何かされたりとかはまだないんですよね」


「そうなんですけど雰囲気的にはとてもいい人ですし」


「だったら何か変なことをしなければ問題はないんじゃないでしょうか?」


「地震過剰かよって思われるかもしれないのであんまり言たくないんですけど、相手が絡んできたらどう対処すればいいのかわかんなくて悩んでるんです」


「私もその気持ちはわかるんであんまり人のことは言えませんけど何かあったんですか?」


「何かをされたってわけではないんですけど」


「本当にどうしたらいいんだろう 」


「こんな悩みを解決してくれる本ってありませんかね」


「ありますよ」


「本当ですか!」


ダメもとでつぶやいたその言葉にあるという言葉が帰ってきて少し驚く。


「ただ…」


「ただ?」


今市歯切れの悪いその言い方に違和感を覚えつつも言葉を返す。


「この本を読んだだけで誰もがコミュニケーション能力がアップするとかそういうものではないので」


「篠崎さんがその本を読んだからといって必ずコミュニケーション能力が上がるかは分かりませんとだけ先にお伝えしておきます」


「それはもちろんわかってますよ」


そんな魔法のような本があれば誰しもが買って自分のコミュニケーション能力を上げいろんなことに使われているだろう。

 

そう言うと鈴原が本棚に並べられている本から1つ選び俺が座っているテーブルに持ってきてくれる。


「ええと…」


しばらくその本のページをめくり本の内容を確認してみたが話の間を怖がる必要はないとか相手の話をしっかりと聞くとか大事なことが書かれているのは確かだが、俺が知りたいのはこういうことではない。


「あのよかったら私が練習相手になりましょうか?」


本をめくって呼んでいる俺にそう声をかけてくれた。


コミュニケーションは基本的に自分以外の誰かが近くにいないと成立しない。


「今ちょうど練習相手を頼んでいいかどうか悩んでたところだったんですけど頼んで大丈夫ですか?」 


話し相手の練習を同じクラスでもない女子生徒に頼むというのは傍から見たらシュールかもしれないが、俺が練習するためにはこの方法しかない。


「えーと最初に書かれてるのは話の間は怖いものじゃない?」


言いながら俺が手に持っている本を覗き込んでくる。


「あの…」


家族以外でこんなに近くで話をしたことがないので緊張してしまう。


「どうしました?」


素直に顔が近いからもう少し距離を取ってくれって言うのも何か違う気がするし、だからってこのままの距離感だと色々困るしどうしたらいいんだ!


俺がそんなことを考えていると気づいてくれたらしく少し頬を赤らめながら距離を取る。


本に書かれていることを早速実践しようとしたところで朝のホームルームが始まる時間になってしまう。


「すいませんまた今度!」


自分から頼んでおいて結局できないというのは申し訳ない限りだがホームルームに送れるわけにもいかない。


「色々頑張ってください」


何に対して頑張ればいいのかよくわからなかったが、分かりましたとよくわからないまま言って自分のクラスに向かう。



「おはよう!」


そう言って謎に肩を組んでくる。


「おはようございます」


「相変わらず敬語なのな!」


おもしろおかしそうに笑いながら言う。


「あの今日さ一緒に遊びに行かねえ?」


「誰とですか?」


「あなたと」


俺に手のひらを向けながら言う。


一瞬聞き間違いなんじゃないかと自分の耳を疑ったがどうやらそういうわけではないらしい。


一緒に遊びに行く。


遊びに行くってどういうことだ!


遊びに行くって言っても具体的に何をするんだ。


俺の漫画から得た知識だと陽キャと遊びに行く時はだいたい渋谷とかに行ったりしてる俺もそこに行かなきゃいけないのか!


「おーい大丈夫か?」


その言葉で自分の世界に入ってしまっていたことに気づく。


「あの遊びに行くときはどんな服を着ていけばいいでしょうか?」 


「どんな服って別にそのままでいいんじゃないか?」


「俺も制服のままでいくつもりだし」


「いつ遊びに行きましょうか?」


「学校が終わった帰りに一緒に遊びに行くとかどうよ」


「都合が悪かったら別の日にするけど?」


「いいえ特に予定はないので構いません」


俺は家に帰ったら基本的に本を読むことしかしてないので予定が入ったとしても比較的問題はない。


「それじゃあ今日学校が終わったら下駄箱の前に集合な」


「はいわかりました」


とうとう約束をしてしまった!


そういえば行き先をどこにするのか聞いてなかったけどそれはまあ実際に出かける時でいいか。


それにしてもどうしたらいいんだ服装に関しては学生服のままでいいって言ってたから考えなくていいとして。


出かけてる最中って何を話せばいいんだ。


よくよく考えてみると何が好きなのかも全くわからない。


そんなことに考えを巡らしているうちにいつのまにか事業が終わり放課後になっていた。


言われた通り下駄箱の前で待っていると進藤がやってくる。



「またせちまって悪かったな」


爽やかな笑顔を浮かべ駆け寄ってくる。


「いえいえ大丈夫ですよ」


「今日はどこに行くんですか?」


気になっていたことを尋ねる。


「いや特に何も決めてないけど行きたいところとかあるか?」


「特には」


「適当にぶらぶら歩くか」



ある程度歩いたところで気になっていたことを尋ねる。 


「1つ聞きたいことがあるんですけどいいですか?」


「なんだ?」


足を止め俺の方に顔を向ける。


「なんで俺を今日は遊びに誘ってくれたんですか?」


「進藤さんと一緒に遊びたいと思ってる人はたくさんいるはずなのに」


「どういうやつなのか気になったから」


屈託のない爽やかな笑顔で答える。


「本当にそれだけですか?」


「ああ、それだけだ」


「誰かと遊ぶのに大した理由なんていらねえだろう」 


「質問ついでに俺からも1ついいか?」


「はい…」


「何で俺に対して敬語なんだ?」


「それは…」


小学校の時に人間関係がうまくいかなくて人と話すのが怖くなったと正直に話す気にはなれない。


答えようかと悩んでいると。


「まぁ少し気になっただけだからそんなに気にしないでくれ」


「言いたくないんだったら別に無理に聞き出すつもりもねえし」  


「えーと人と喋るのは何て言うか苦手で… 波風を立てないように敬語で喋ってるって言うか…何と言うか?」


途切れ途切れではあるがなんとか伝えたいことをしゃべることができた。


話を聞き終えた進藤はなぜか安堵の表情を浮かべる。


「だったらこれから練習していかないとな」


「何の練習ですか?」


「俺を呼び捨てで呼ぶ練習」


呼び捨てで呼べるかはまだわからないが楽しんでくれているようで良かった。

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