中嶋ラモーンズ・幻覚10

高橋 拓

中嶋ラモーンズ・幻覚10


 湯沢駅に着くと、彼女が乗った自動車がパーキングに止まってあった。慣れない雪道を通勤で使っているスズキ・カルタス。古いマニュアル車だ。コンコンと窓を叩き、助手席側に乗るとやっと気持ちが落ち着いた。彼女にいつもの院内の温泉地へ行こうと伝えると、コクリと頷きこう言った。


「お酒、最近呑み過ぎだよ。呑んじゃ駄目って訳じゃないけど、身体の事が心配…。」


俺は、不安で押し潰されるのをお酒に頼り過ぎてるのかもしれない。彼女の言うことは痛いほど分かるが、毎日、精神を安定しているように世間に見せるのは並大抵のことではない。気狂いには気狂いの生き方があるのを晒せるのは、現在、お世話になっている精神科の白髪混じりの先生だけだ。世間は雪のように冷たいのを良く知っている俺は、彼女の提案に本当は否定から入りたがったが、素直にコクリと頷きほっぺにツンツンした。


「ごめんなさい。」


そう言うと自動車は、いつもの温泉地へ出発した。朝の吹雪はすっかり晴れていて、太陽が陽を指し二人を結びつけていた。彼女のマニュアルの運転が心地良く、そっと煙草に火をつけた。


「今日、晩ごはんは何にする?。温泉の帰りにスーパーに寄って買い出しするべ…。」


車窓から冬のさくらんぼ畑を眺めなからそう呟いた。


 ここからは、記憶の新しい出来事から逆算していく。中嶋は、精神病院の中庭から真っ直ぐな飛行機雲を眺めていた。季節は9月の晩秋で明日、退院することが決まっていた。秋田県で一番大きなリハビリセンターでの生活は、長くもあり楽しくもあり精神分裂病も落ち着き、同じ意味の病気の人にも出会えて友達にもなった。丁度、6人同じ意味の病気の人と、カウセリングルームで話し合いをしたが、みんなそれぞれ幻覚や幻聴症状に違いがあるのが分かり楽しかった。昨日は、リハビリテーションの一環で病院バーベキューを開催してもらい、病院のリハビリ職員に火おこしを頼まれて一生懸命火種をうちわで仰いでいた。また焼いたお肉や焼きそばが美味く、もう少し入院していても良いとまで思いながら将来的な話を、他の病気の患者さんやリハビリ職員と火を囲みながら話あった。多くの精神病院は、別段、手をかけた手術をする訳ではないので、このように話し合いや、リハビリテーションを通じて心の安定所的な意味合いの方が強いのかも知れない。黙っていても三色昼寝付きなのが良い。ただ、母親は身元引受人にはなりたくないと言い、行き先は、お米食べ放題68000円のアパートを借り出すNPO法人にお世話になることがケースワーカーと自分の間で残念ながら決まっていた。


 逆算でいくと幻覚の最後に現れたのは、イエス・キリスト風の神様だった。中嶋は、アパートの二階の四畳半の部屋で震えていた。険しい顔で仁王立ちしたその男は、謝れ、謝れ、謝れ、何度も怒鳴ってくる。時は、深夜2時を過ぎた頃だ。そして、こう言った。


「オナニーをしなさい。私の変わりにオナニーをしなさい。私は神だからそれをすることができない。私も気持ち良くなりたい。さあ、するのだ。」


すると勝手にコンパクトDVDプレイヤーが、動き出しエロ動画が流れた。丁度熟女物が入っており懺悔しながらの体制で、イチモツをよそよそと擦り始めた。顔から涙を流しながら恐怖に怯えていた。しかしコンパクトDVDプレイヤーは、勝手に早送りになったり逆戻りをしたりして、神様は、女性の品定めをしているようだった。イチモツを握る手はガクガクと震え、アパートの隣の部屋からキックが入った。音量は最大で部屋中に女性の喘ぎ声が響き渡ると、神様は無表情の仁王立ちでこう言った。


「全然気持ち良くないぞ。もっと若い女は居ないのか?もっと若い女。貴様は、若いのは嫌いか。」


「すいませんすいません。今。DVDを変えます。若ければ良いのですね?ありますあります。」


水着の跡がついた若い女の娘が、小さいモニターに映しだされると、神様はDVDの速度を落とした。そしてもっとイチモツを激しく擦れと命令してきた。中嶋は恐怖のあまり涙と鼻水を垂らしていた。




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中嶋ラモーンズ・幻覚10 高橋 拓 @taku1998

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