2・母の手紙

「ど、どうして……フロイツがここに居ますの……?」


 パロマは手に持っていたカバンを床に落としてしまう。


「ヘレン様の手紙をパロマお嬢様にお渡しする為に、馬車を降りて戻ってまいりました」


 フロイツは淡々と答えつつカバンを拾い上げ、懐から手紙を取り出した。


「はあ!? お母様の手紙!? そんな事でわざわざ!?」


「はい、大事な手紙なので至急届けてほしいと」


「いやいや! 意味が分かりませんわ!」


「落ち着いて下さい。1から説明しますのでお部屋の中に入っても?」


「……え、ええ……」


 パロマはフロイツを部屋の中へと招き入れた。

 そして自分のベッドに腰掛けて一息つける。

 フロイツはカバンを置き、黙ってパロマが落ち着くのを待った。


「ふぅ~……えと、手紙でしたわよね?」


 落ち着いたパロマはフロイツの方に顔を向ける。


「はい。これがお預かりした手紙でございます」


 フロイツはパロマに近づき手紙を手渡した。


「……」


 パロマは黙って受けっとった手紙を開き、中身に目を通した。


「……………………うえっ!?」


 そして、書かれていた内容に驚きパロマは思わず声をあげた。

 手紙の内容には、パロマが冒険者になる為に家を飛び出すだろうからそれは絶対に止める事、そして自分達が家に戻るまでの1週間、条件付きでなら冒険者の体験をしてもいい事が書かれていた。


 その条件とは。

 1・フロイツが付き添い、彼の言う事は必ず聞く事。

 2・絶対に危ない真似をしない事。

 3・命の危機と判断した場合、何があろうと逃げだす事。


「……こ、これ……って……」


 手紙を持った手をフルフルと震わせ、フロイツを見る。

 フロイツはニコニコと笑っていた。


「……フロイツ……この手紙の内容……知っていますわよね?」


「はい。ヘレン様はパロマお嬢様に色々と経験させるのが一番だと考えております。お話を聞き、私もその方が良い思いました。なので、チャック様には内緒でヘレン様と一緒に計画を練りました」


「……」


「外出目的はこうです、『ヘレン様の兄、フレン様がぎっくり腰になり動けなくなってしまった。お見舞いと看病をしに行こうにもヘレン様は今は行けない状態、なので代わりにパロマお嬢様が行く』とチャック様と館の者にはこう言っておきます」


「お、叔父様をだしに使って大丈夫ですの……?」


「フレン様はパロマお嬢様に甘々です、直接会って説明をすれば簡単に口裏を合わせるだろうと言っておりました」


「……まぁ確かに、そう言われるとその辺りは大丈夫そうですわね。あと、冒険者の体験というのはどうしますの? フロイツはもう引退して……」


「何をおっしゃいますか。休業しているだけで、私は別に冒険者を引退したわけではございませんよ」


 フロイツはポケットから冒険者のドッグプレートを取り出してパロマに見せた。


「……えっ? ええっ!?」


「ですので、その辺りも問題ありません……どうされますか? 条件付きにはなりますが……」


 パロマは少し考え……。


「……全て見透かされているのは癪ですけど、その条件飲みますわ!」


「わかりました、出発は明日の早朝になります。それでは失礼いたします」


 フロイツは一礼をし、部屋から出ていった。

 パロマは力が抜けたようにベッドの上へと寝転がる。


「……はあ~流石お母様ですわ。勝てる気がしません……でも……」


 パロマは拳を作り前に突き出す。


「条件付きとはいえ冒険ができますわ! 楽しみです!」



 翌日の早朝、2人は館を出発。

 昼頃にフレンの家に寄った2人は驚きを隠せなかった。

 本当にフレンはぎっくり腰になり、動けない状態だったのだ。

 ただ幸いにもフレンの恋人が看病をしていてくれていた為に、そこだけは免れた。

 フレンに事情を話すと、二つ返事で答えてくれたので2人は王国へと向かった。

 

 そして、ギルドに着いたのはその日の夕方頃になる。


「ほわ~……ここがギルド……!」


 入り口前でパロマは目を輝かせる。


「場所は同じですが、建替えたようですな。随分と立派な建物を建てたものです」


「さあ! さっそく入りましょう!」


 パロマが楽しそうにギルドへと入る。

 ギルド内はたくさんの冒険者達で賑わっていた。


「おお~! ここにいる方々が冒険者なのですね!?」


「ええ、そうです。えーと……受付は……ん?」


 フロイツが受付の方を見ると、アッシュがツバメに話しかけていた。


「ツバメちゃーん! 今日こそご飯に行こうぜ!」


「これを今日中に仕上げないから無理!」


 顔も上げずツバメは必死にペンを動かす。

 ツバメの前には山積みになった書類の山があった。


「そんなの後ですればいいじゃん。なっ奢るからさ!」


 書類の山が見えないのか、アッシュが食い下がる。

 ツバメはイラついた様子で声をあげた。


「本当に無理なの!!」


 そんな2人のやり取りを見ていたパロマが不思議そうにフロイツに尋ねた。


「あの女性の方、どう見ても忙しそうですわよね?」


「ですな……はあー実にみっともない」


  眉間にシワを寄せたフロイツが首を横に振る。


「見たところ、受付はあの女性1人のみ。あやつのせいで作業が遅れるとこちらも困りますな……仕方ない、パロマお嬢様しばらくお待ちください」


 そう言うとフロイツはアッシュの傍へと歩いて行った。


「手荒な真似はしてはいけませんわよ~……ん?」


 パロマがギルドの奥にも席がある事に気付いた。

 場所が薄暗いせいもあるのか、他の賑わっている席とは違い人がいる気配がない。


「立ってフロイツを待つのもあれですし、あの席に座って待ちましょうか」


 パロマはトコトコと奥の席へと向かって行った。

 すると……。


「ニヒヒヒ……」


 人がいないと思っていた席から不気味に笑う女性の笑い声が聞こえて来た。


「……えっ? 人がいましたの……?」


 パロマは一瞬立ち止まるも、こんな席にどんな人がいるのか興味を持ち、恐る恐る奥の席を覗き込んだ。


「ニヒヒヒ……」


 奥の席には、笑みを浮かべながら布でナイフを磨いているヒトリの姿があった。


「…………おっと、何も言わず離れるのは駄目ですわよね」


 パロマはその場で回れ右をして、駆け足でフロイツの元へと戻って行った。

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