第6章 メドゥーサとEランク冒険者

1・憧れの冒険者

 リトーレス大陸南部、リンゼ地方にある大きな町『パチレス』。

 パチレスの町の外れには大きくて立派な館が建っていた。

 その館に住んでいるのは、代々パチレスの領主を務めるウォルドー家。


 その館の庭に緑色の髪、瓶の底の様な厚いレンズの眼鏡をかけた白いワンピース姿の少女が椅子に座り本を読んでいた。


「…………はぁ~…………」


 読み終えた少女は、恍惚とした顔で本をパタンと閉じる。


「何度読んでも素晴らしい作品ですわ~……」


 少女が読んでいた本はとある冒険者の冒険譚。

 大好きで何度も読み返している為にあちこち傷付いている状態だ。


「……ふぅ……わたくしも……」


「駄目でございますよ。パロマお嬢様」


 本を読んでいた少女パロマ・ウォルドーの背後から渋い声の男の声がする。

 その声を聴きパロマはムッとした表情を浮かべて振りかえる。

 視線の先には白髪をオールバックし、顎髭を生やした背の高い執事服を着た初老の男が黒い瞳で少女を睨むように立っていた。


「わたくし、まだ何も言ってないですわよ? フロイツ」


 フロイツと呼ばれた男はこのウォルドー家につかえる執事だ。

 現在は主にパロマの付き人をしている。


「『わたくしも冒険者になりたいですわ~』……違いますか?」


「うっ……」


 まさにパロマが口に出そうとした言葉をそのまま言われ、バツが悪そうに顔をそむけた。


「この言葉は、いつもいつもその本を読み終わった後に必ずおっしゃいますのでわかります……パロマお嬢様、あなたはもう15歳でこのウォルドー家のご息女です。いい加減、冒険者に憧れを持つのは……」


「……っ! 好きでウォルドー家に生まれた訳じゃあありませんわ!」


 パロマは立ち上がり、フロイツに向かって怒鳴る。

 同時にパロマの髪の毛がうねうねと動きだし、三つ編みの様にまとまった髪の毛の束が出来上がり……。


『シャ~!』


 束の先端が次々とヘビの頭へと変化し、フロイツに威嚇した。

 それを見たフロイツは驚きもせず小さくため息をついた。


「はぁ……パロマお嬢様、また髪の毛が蛇の形になってしまっています。感情のコントロールを乱してはいけません」


「あっ!」


 注意されたパロマは、慌てて手櫛で髪の毛を研いだ。

 蛇の顔はあっという間に消え去った。


 パロマ・ウォルドー、彼女の種族はメドゥーサだ。

 普段は魔力で普通の髪に見せかけているが、本来の髪はヘビの集合体である。

 そして、最大の特徴は黄金に輝く瞳だ。

 メドゥーサの黄金の瞳は直視した物、動物や植物、無機物でさえも石化させてしまう。

 その為に直視しないよう特注性の屈折した厚いレンズの眼鏡をかけているわけだ。


「……こんなものかしら? ヘビに変わると髪が絡まって痛いのが難点ですわ……にしても、Aランク冒険者のあなたがここに居るのがやっぱり不思議ですわ」


「冒険者だったのは20年も前の話です……色々ありましたから」


「その色々の話を聞きたいのに、全然話してくれないわよね」


 パロマは口を尖らしつつ、椅子へと座る。


「パロマお嬢様が聞いても面白くないと思いますので……」


「それはわたくしが決めます! そもそも冒険者時代の話が面白くないなけが……」


「一体何を騒いでいるんだ」


 1階の窓が開き、パロマ同様に緑色の髪、瓶の底の様な厚いレンズの眼鏡をかけた身なりの良い中年の男性が顔を出した。


「お、お父様……」


「チャック様、申し訳ございません」


 フロイツはパロマの父親チャック・ウォルドーに頭を下げた。

 チャックはフロイツとパルマを見た後、テーブルの上に置かれている冒険譚を見て2人が何を話していたのかすぐに理解をした。


「また冒険者の話をしていたのか、パロマ」


「そ、それは……」


 パロマは下を向いてしまう。


「いい加減にしろ! ウォルドー家は頭脳、気品、優雅さ、勤勉がモットーなのだ! なのに真逆の冒険者に憧れるとは言語道断!」


『シャー!!』


 チャックがパロマに対して怒鳴る。

 それと同時に、チャックの髪がヘビへと変化し威嚇する。


「チャック様、落ち着て下さい。髪がヘビに変化しております」


 感情が高まっているチャックはフロイツの言葉を聞かず話を続ける。


「いいか? お前はこのウォルドー家を継ぐ者なのだ! ならば読むべき物は冒険譚をではなく、このウォルドー家の歴史を――」


「――ウォルドーウォルドーとお父様は家の事ばかり! 確かにわたくしはウォルドー家の生まれですですが、わたくしはわたくしです! 何に憧れを持つかはわたくしの自由ですわ!」


「その憧れの対象が問題だと――」


「もういいですわ! お父様の馬鹿ぁ!!」


 パロマは泣きながら走って玄関の扉を開け、館の中へと入って行った。


「お嬢様!」


 慌ててその後をフロイツが追いかける。


「あっ! おい! まだ話は……まったく……あいつは……」


「あなた、廊下まで怒鳴り声が丸聞こえでしたよ?」


 チャックの書斎に、長い黒髪の優しい雰囲気の女性が入って来た。

 パロマの母親ヘレン・ウォルドーだ。


「ヘレンか……パロマには困ったもんだ」


 チャックは髪の毛を手でほぐしながら椅子に座る。

 

「ねぇあなた……1度あの子に冒険者を体験させてみればどうですか?」


「はあ!? お前は何を言っているんだ!!」


「何事も経験を積むというのも大事ですよ?」


「それはわかるが、その経験はいらん。経験なら明日から王国で始まる領主会議に出席させたいぞ」


「領主会議は現当主しか出れないのは自分がよくわかっているでしょ」


「例えの話だ! 出発前に片付けておきたい物があるから出て行ってくれ!」


「はいはい……」


 ヘレンは呆れ顔で書斎から廊下に出る。


「ん~このままだと、パロマの成長に悪影響を与えそうね……それにあの子の事だから、たぶん今日には……よし! フロイツ! フロイツは何処ですか?」


 何かを思いついたヘレンは、さっそく行動に移す事にした。




 その日の夕方、館の前でチャック、ヘレン、フロイツ、他2名の使用人が馬車を待っていた。

 元々付いて行く気が無かったパロマは、カーテンの隙間から外を覗き様子をうかがっていた。

 やがて馬車が到着し、5人はその馬車に乗り王国へ向かって出発する。

 それを見届けたパロマはすぐに自分のベッドに近づき、下から大きいカバンを取り出した。

 いつか冒険の日が来るかもと準備をしていた物だ。


 パロマは白のワンピースを脱ぎ捨て、シャツとズボンをはいて動きやすい姿になる。


「……これでよし……さぁ冒険の世界へ! ですわ!」


 カバンを持ち上げ、パロマは希望に満ちた自室の扉を開ける。

 冒険の第一歩を踏み出した。


「……え?」


 が、その一歩目はすぐに止まってしまった。


「な、なんで……?」


 先ほど馬車で王国へと出発し、この場にいないはずのフロイツが廊下で立っていたからだ。

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