第30話 誘拐

 高速道路から一般道に降りて、山道を走る。ガタガタとした音が鳴っている。

 振動でユズナは目を覚ました。

「えっ、何?」

 揺れる車の中にいる。目を擦りながら見渡すと、暗い山道を走行しているのだ。途端に恐怖に変わる。

 すぐに運転手を見る。帽子をかぶっている長い髪の女性。バックミラー越しに水本絵梨香と目があった。

「起きたのね」

「きゃああああ」

 思い出したのは夕方、ファストフード店で勉強中に急に眠たくなったことだけだ。どこかのタイミングでおそらく飲み物に何かの薬をられた。

 その犯人は間違いなくこの水本絵梨香だ。

 そして今どこかに連れて行かれている。

 ユズナは「なに、なに?」と首を振り、「え? 嘘でしょ」と震えている。

 ――ユウタにゾッコン状態のこの女にとって、おそらく自分は目ざとい気に食わない人間のはず。

(状況的に危険すぎる)

「私を殺す気なの?」

 ユズナはミラーを見つめながら単刀直入に聞いた。ハンドルを握る水本絵梨香は笑った。

「心配しないで。あなたに危害を加える気はないから」

「いや、もうすでに……」

(危害受けまくってるし)

 慌ててカバンの中をあさるとスマホが出てきた。

(通報しようと思えばできるのか)

 SOSを出せばGPSで探知して警察が追跡してくれるだろう。

 チラリと絵梨香を見る。

「どこに連れていくの」

「ねえ、聞いてる?」

 たずねても目的地については返事を返さない。ユズナはスマホをチラチラ見ながら助けを呼ぶか迷っていた。


 しばらくして水本絵梨花は口を開いた。

「あなたに謝りたいの」

「は?」

「この前、酷いことをしてしまった」

 ――バイトの苦情の件か。

 ユズナの表情が変わる。思い出したくもない記憶。

 あれはとても嫌な気分になった。しばらくどこにも出かけたくない気持ちになり、人間不信になりかけた。

(何より大切な仲間との関係が壊れるところだった)

「最低だよ」

 ユズナはミラーに映る絵梨香と視線を合わせる。

「絶対に許さない」

 背中越しでも憎んでいることが伝わる。水本絵梨香は過去に自身がイジメに遭っていた記憶を思い出していた。

「その気持ちはわかるから、許してとは言わない」

 水本絵梨香の眼差しにユズナはドキッとして、視線を外した。

「何よ、今さら」

(なんか調子が狂う)

 手に持っていたスマホをカバンに入れた。そのまま、チラリと絵梨香を見つめ、音を立てて背もたれにもたれた。

「もう、ああいうのやめれば? ぜーんぶだよ」

 声が大きくなる。

「私だけじゃなくユウタも迷惑してるのわかってるでしょ?」

「いくらユウタが好きだからってさ」

 ユズナは思っていたことを次々に口に出して、絵梨香は押し黙ってしまった。沈黙が流れる。

 狂気を感じさせる女に対して必要以上に煽ると、どんな目に遭わされるかわからない。それでもユズナはユウタのことに関しては折れる気はない。

「もっと自然にアプローチすれば良いじゃん」

「……自然に?」

「だって、ユウタはあんたのファンなんだよ。それなのに、つきまとうとか、マジで意味わかんないんだけど」

「フフフ」

「何笑ってんの」

「あなたって何も知らないのね」

 そうささやくと笑いながら切なくため息をつく。

「いつも近くにいるあなたは、遠くから振り向いて欲しい人の気持ちはわからないよね」

 ユズナはまばたきを繰り返した。理解不能な水本絵梨香と初めて意思疎通がとれて、本心に触れた気がしたのだ。

「私だって、近いのに……」

 ユズナは言いかけてやめた。

(ユウタは私を見てくれない)

 ウインカーの音が鳴る。目的地は近そうだ。

 絵梨香は小さな声でつぶやいた。

「……さっきはごめんなさい。今日はあなたに謝るつもりだったのにね」

 ユズナは黙っている。水本絵梨香という人間がわからない。いや、知る必要もないのだ。とにかく危険な状況に変わりはない。油断をしてはいけない。

「着いたわ」

 そこは駐車場だった。砂利じゃりの上に降り立ったユズナは困惑している。辺りは多くの家族連れがいる。

「……温泉街?」

「さ、楽しみましょう」

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