第19話 讃美歌

 窓やドアが壊された廃墟の中はコンクリートが剥き出しになり、そこに古びたソファーが置かれ秘密基地のようになっていた。

 リリの安全な場所を作るために数日かけてリフォームをして、いつしかユウタとタカシはそこでモノづくりにはげんでいた。その近くで沼崎恵梨香はリリを優しく撫でている。

「沼崎さん、聞いてよ」

 タカシはモーターにグリスを塗布とふしながらため息をつく。

「どうしたの?」

「こいつ俺にばかりグリス塗らせるんだよ」

「宿題がまだ終わってないから仕方がないだろ。ウチの親、成績下がるとめっちゃうるさいんだよ」

「ふふふっ」

「沼崎さん、頭良いから今度勉強の仕方教えてよ」

「ユウタ、ここ塾じゃないんだぜ」タカシは呆れている。

「あははは」

 恵梨香は二人のやりとりが面白くて仕方がない。

 年齢差はあったが他愛もない会話が弾んでいた。

「ニャーニャー」

 二人が言い争うと決まってリリが仲介にくる。リリはユウタとタカシにもなついていた。四人はまるで家族みたいだと、沼崎恵梨香は生まれて初めて幸せを感じていた。


 ある日、夕方にバーベキューをやった。小さな鉄板を用いたほとんどき火に近いものだったが、ソーセージと手羽先を焼いてコーラで流し込むのは格別だった。

 食事の後は蝋燭ろうそくの明かりがコンクリートの壁を黄色く染め、讃美歌さんびかのように並んで歌う。そこで沼崎恵梨香はソロでアニメソングを美しい歌声を披露すると「意外な才能だ」と二人は絶賛した。ムッとした恵梨香が「意外とって何よ!」と立ち上がると、その場に爆笑が起きた。ずっと、笑顔が絶えなかった。

 やがて光を見つめ合う空間がそうさせたのか、その場にいる者達は次第に思っていることを打ち明け始めた。家庭の話や進路の話など、深くて真面目な話になる。

 そして絵梨香は傷跡を見せてイジメに遭っていることを告げた。そのとき、二人は女子校に抗議してやると声を荒げたが、絵梨香は首を振った。

「良いの。もう直ぐ卒業だから。それにリリと君たちに出会えて今は幸せだよ」

 暗がりの中、線香花火をしているときはしんみりした時間だった。

「いつか俺たち、工業系の学校に行って二人でロボコンにチャレンジするんだ。なっ」

 タカシはそう言ってユウタと肩を組む。

「ああ」

 夢を熱く語っているユウタとタカシは可愛い弟のような存在だった。

「頑張ってね。応援しているからね」

「ありがとう、沼崎さん」

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