第15話 排除

 ユズナは休憩室で友達の加奈かなと会話をしながらまったり過ごしていた。

 ここは彼女が半年前から始めたバイト先のスーパーである。レジの仕事もすっかり慣れて、今では売上うりあげを管理するレジ締め業務もミスなくこなす。

 友達もたくさんできて、夏はバイト仲間と避暑地でテニスをしたり、良い思い出をたくさん作った。とても楽しくて居心地がいい職場である。

 休憩からレジに戻る途中、加奈が思い出したように誘ってきた。

「ユズナ今度ボーリングいくよね?」

「良いよ! ヒャヒャヒャ」

 ユズナはいつも笑顔で誰からも好かれやすい。それでいてボブの髪型からのぞくのは透明感あふれる顔立ち。彼女に恋心を抱く男子は決して少なくない。


 ただ、この日はいつものなごやかなバイトとは様子が違ったようだ。

 仕事中に呼ばれて、事務室に向かう。

 ドアを開けるとそこにレジのチーフと店長がいた。

「話があるんだけど、少しいいかな」

 ユズナは嫌な予感がした。レジを中断させて事務所に呼び出すのは基本的にないことだ。バイト代アップとかの良い話ではない。目の前の二人の表情はいつもの顔ではない。こんなことは初めてだった。

「君にクレームがきてて」

「えーっ! クレーム? 本当ですか?」

 思い当たることは全くない。むしろ店長の横にいるおばさんより愛想よく挨拶もしている。初めの頃こそ、作業が遅れたり計算ミスで足を引っ張っていたが、今では客からの評判もいい。

「うん、ひどい言葉を言われたと。アンケートが投函とうかんされててね。更衣室前の通路に張り出したお客様の声を見てきなさい。あなたの名前は修正テープで隠しているから」

「そんな……」

 事務室を出てそれを確認する。

「はっ?」

 ユズナの眉間みけんしわがよった。

 そこにあったのは根も葉もない嘘、つまり全てがデタラメだった。子持ちの主婦に対して心無い言葉が投げかけられたことが記され、そこには心境まで書き殴られている。

『彼女の言葉にひどく傷つきました。アットホームな通いやすいお店だったのでとても残念です』

 ユズナはショックに震えていた。誰がこんなことをしたのか。何よりも修正テープは削られた跡があり名前がバレバレだったこと。これで従業員の全員から白い目で見られる。

「今度から心を入れ替えてやらなきゃダメよ」

 レジチーフはなぐさめるというより叱責するように声をかけてきた。

「私、やってません、こんなこと言ってません」

「みんなそう言うのよ」

 信じてくれない。なぜ。

 目の前の相手は口元がゆがんでいる。

『この言葉を一度は言ってみたかった』

 そんな愉悦ゆえつの表情を見た瞬間に、ユズナは両手を握りしめてトイレに走り込んだ。

 個室に入ると鍵を閉めた。

(もしかしてチーフが?)

 疑心暗鬼になり誰かを疑うのがつらい。そう思うと、大粒の涙がこぼれていく。

「ヤダ……もう」

 こんなつらい気持ちになるのは生まれて初めてのことかも知れない。

 隣の個室で耳をすませているのは清掃員の変装をした水本絵梨香だ。彼女はバックヤード内にも侵入していた。やがてユズナがトイレから出ていくとささやいた。

「邪魔者は消していかないとね」

 水本絵梨香は従業員用の扉を開けて階段を降りる途中で立ち止まった。

 そこから見える夜景を眺めていると、どうしてか涙が頬を伝って落ちていく。

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