第18話 タイムリミット

私とナナシの日常が戻り

相変わらずナナシはマイペースで、

毎日は穏やかに過ぎていった。


ある日、カランカランと久々に鈴の音がなった。


この日はナナシがモモと桜を連れて

神々の集まりに出かけていたから、社には私一人だけ。


勝手に開けて良いものか少し迷ったが、

急を要する紐解きだとよくないからと、

置かれた手紙を開封したのだ。


そこには幼い文字でこう書かれていた。


「神さまどうかトトを見つけて下さい。

トトが山で迷子になりました。

私がリードをはなしてしまったから。

神さまお願いします。」


(トト?リードって書いてあるから犬かな?

ナナシは今日は遅くなると言っていたし、

この依頼内容なら私一人でも大丈夫かな?)


手紙にはトトとはぐれた場所が書かれた

手書きの地図も同封されていたため、

よしと気合を入れると、念のため書き置きをして、

私は登山靴を履いて山道に踏み入った。山道を登ること30分。目印の大桜にたどり着いた。

私は、元々気配を察知するのが得意だから、念入りに辺りの気配を探ってみた。


すると、かすかに野生動物とは違う生き物の気配を感知できた。


「あっちは崖か・・・どうしよう。一度戻った方がいいかな」


見上げると雨雲が空一面に広がっている。


今探さないと、万が一雨が降ったら、

トトは体力を奪われて最悪死んでしまうかもしれない。


そう思うと引き返せなかった。


「気をつけて進めば大丈夫だよね。この山はそんなに深くないから迷うこともないだろうし」


そう思って、私は慎重に道を外れて気配を感じた方に進んでいった。


ザクザクと、腰の高さくらいある草をかき分けて

目的の場所に向かうが、トトは混乱しているのか、

あちこち素早く移動してしまう。


その気配を逃さないように意識を集中していたから、

足元に注意を払うのを忘れていた。


もう少しで気配の元に辿り着くという時だった。


ズンっと足元に強い衝撃を感じた。

(いっつ!?な、なに?)


慌てて足元を見ると茶色いテラテラとした体、三角の頭をした大きな蛇が、私の左足首にがっぷりと噛みついていたのだ。


「ひっ!!へ、へび!」


慌てて足を振るが蛇は噛みついたまま離れようとしない。


恐怖と痛みで混乱しながら、

今度は噛まれていない右足で蛇を踏みつけた。


何度かそうしていると、蛇はようやく足首から牙を抜き、草むらへと消えていった。


「うわあ・・・こっ・・・怖かった」


安堵したと同時に冷や汗が出てきた。


「怖すぎて冷や汗でちゃったよ」


そうポツリと呟いた時だった。

ドスン今度は後方から衝撃が


「また蛇?!」


驚いて振り向くと、しっぽをちぎれんばかりに振るゴールデンレトリーバーが私に飛びかかってきた。


「トト?」


恐る恐るたずねると


「ウォン!」


返事をしてくれた。

この子がトトらしい。


「ああ!見つかってよかった!さあトト、お家に帰ろう」


私はすっかり安心しきって、トトの泥んこになったリードを持ってきた道を引き返そうとしただけどおかしい。

何故か身体がしびれてうまく動かないのだ。

トトのリードを持つ手も震えている。


「あれ、おかしいな・・・動かない」


だけど運悪く空から雨粒がポツリポツリと落ちてきて、

あっという間に雨脚が強まった。


「せめてさくらの木の下まで行かないと・・・」


わたしは震える身体に喝を入れて

ふらふらと歩み始めた。


トトもそんなわたしを心配してか、

何度も何度も振り返りながら歩く。


「あともう少し。あとちょっと・・・」


たった4~5分の距離が何時間にも感じる。


ようやく桜の木に辿り着くと、

私はふらふらと木の幹に寄りかかり、

そのまま意識をうしなったどれくらいそうしていただろうか。

ほおに生暖かい感触を感じて目を開けると、

辺りは大雨。

私の周りは山桜の幹のおかげでかろうじて雨をしのげていた。


もう一度、べろんと生暖かい感触。

トトが私のことを心配して頬をなめてくれていたようだった。


「トト・・・ごめんね。もうすぐ、飼い主さんのところに返してあげるから。

でもごめん、今は眠くて・・・あと少しだけ、眠らせて」


あらがえない眠気に襲われていた。

体も指先さえ動かすことができない。


(ああ・・・まずい。あの蛇はもしかして毒蛇だったのかしら)


きちんと足下に注意を払わなかった自分を呪ったが、

もうすべて遅い。


ナナシもモモも桜もいない。

雨はふっているけど、辺りの明るさから考えるとまだ日中

書き置きを残しているから、探してもらえるだろうけど、

みんなが帰ってくるのは夜になるだろうと言っていたから

助けがくるのはまだまだ先。


「わたし、みんなのこと待てるかな・・・」


どんどん体温が下がっていく。


(また、眠くなってきたな)


私はかろうじて動く指先でトトを力なくなでながら、

もう一度目を閉じた。


「・・・どり・・・ち・・り・・・!!」


かすかに聞こえてきた声。

夢か、現実かどちらか分からない。


(ああ、眠い。どちらでもいい・・・今は眠りたいの)

そして私は意識をうしなった。

(暖かい・・・気持ちいい・・・)


私はゆりかごに眠る赤子のようにゆらゆらと眠っていた。

違う。

誰かが私を抱いて移動しているのだ。


「誰・・・」


「気がついた?まだしゃべらないほうがいい」


ああ、この声しってる。

でも、思考がまとまらない。


「もう少し眠って。病院まで運ぶ」


たくましい腕に抱かれその温もりにまどろみながらも

トトのことが気がかりだった


「トトは・・・」次に目を覚ましたとき

見えたのは真っ白い天井だった。


「あれ・・・私、どうして?」


起き上がろうとしたけど、体がけだるくてうまく動かない。

仕方なく横になったまま、辺りを見回してみると、

私は白いベットに寝かされている。

横には収納棚とテレビ。


ベットの周りにはぐるりとカーテンが引いてあった。


「あ、もしかして病院?」


「そうそう」


突然声がして、カーテンを開けて大黒が入ってきた。


「大黒?もしかしてここまで運んでくれたの?」


こくりと大黒がうなずく。

こころなしか、いつもよりテンションが低い。


「おれ、怒ってる、なんでだか分かる?」


「どうして?」


私が問い返すと大黒はずいと近づいてきた。


顔がどんどん近くなってきて、

息がかかるくらいの距離になったとき・・・


バチン


私は大黒にデコピンをされていた。


呆然としていると、

大黒がはらはら泣きはじめた。


「千鳥、あと数時間見つかるのが遅かったら死んでたって

医者が言っていた。

俺がどれだけ心配したか分かる?

でも、俺はまだいい。

こうして千鳥のそばにくることができるから。

貧乏神は力のせいで病院に立ち入れないから、

千鳥のこと心配しながら社で待っていないといけない。

それがどんなに怖いことがわかる?」


「心配かけてごめん・・・大丈夫だとおもったの。

私も役に立ちたかったの。

ごめんなさい。」


また大黒の手が私の頭にのびてくる。

私は思わず身構えたが、

今度は頭を優しくなでてくれた。


「生きていてくれて・・・ありがとう」

後で聞いたことだが、私の脚にかみついた蛇はマムシだったのだそうだ。


猛毒を持っていて、ショック死することもある恐ろしい蛇

それが私の足首に食いついていたのかと思うと、

今更ながら怖くなった。


大黒は私のために和菓子を持って社に遊びに来たとき、

書き置きを見て探しに来てくれたらしい。


なんていう偶然。

もし大黒が社に来なかったら。

あと数時間見つからなかったら。

私はここにはいなかっただろう。


「戻れてよかった。

そうじゃないと、またナナシを一人にしてしまう。」


その後、大黒は面会時間ギリギリまで私についていてくれたけど、

看護師さんに追い立てられながら帰って行った。


窓の外には漆黒の闇が広がっている。

清潔に保たれているこの空間に

私一人。

寂しかった。

ナナシに会いたかった。


「ナナシ・・・」


カツン


ナナシの名前を呼んだ途端窓の外から音がした


まだ体が動かないから、顔だけ窓に向けてみると、

窓の外にナナシが浮かんでいた。


(ちどり・・・無事でよかった・・・あいしています)


ナナシの声が直接脳に響いてくる


私はナナシに会えたことが嬉しくて

涙がとめどなくあふれてきた


(ナナシにまた会えて嬉しい。大好きよナナシ)


窓越しに思いを交わす。


手を伸ばせば届く距離なのに、

それが叶わない。


触れたい。

でも今はまだ触れることができない。


もどかしくてせつなくて、

胸が苦しくなった。


(毎日会いにきます)


そんな私の気持ちを読んでか、

ナナシは優しく語りかけてくれる。


(嬉しい。触れることはできないけど、顔を見られるだけでも十分だよ)


(そうですか。私は触れられないこと、すごく不満です。

力のせいで中に入ることができないのがもどかしい。)


悲しそうな顔をするナナシ。


その髪を撫でてあげたいのにできない。

(元気になったらナナシに沢山甘えてもいい?)


(もちろんですよ。待っています。だから、早く元気になってください)


(そうだ。私が元気になったら新婚旅行にいかない?

今の季節なら京都辺りとても綺麗なんじゃないかな?)


(それはいい考えですね。是非そうしましょう。

ほら、眠って下さい。あまりこうしていると、貴方をつかれさせてしまう)


(わかった。約束だよ。)


(約束です)


そう言って微笑むと、急に眠気が襲ってきた。

ナナシと話して安心したからだろうか。


私はすうと眠りに落ちていった。


そんな私を見てナナシは、

ガラスを指先でなぞってから、闇夜に消えていった。

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幼い頃に出会った貧乏神に溺愛されています 青野きく @aonokiku

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