第8話 大黒

「お待たせしました。クリームソーダです」


店員のお姉さんは私の前にクリームソーダを置いた。

この店のクリームソーダは初めて見たけど、透明な細長い足つきのグラスにたっぷりの緑のソーダが注がれ、その上に白くて丸いボール場のアイスクリームがのかっている。

そのアイスの上には赤くてつやつやのサクランボ。


「えっと、これは私じゃなくて」


店員のお姉さんに説明しようとしたら、向かい側の席に座った男性が手を伸ばして自分の前に引き寄せた。


「これおれの。」


そういうと、自分の前に器を引き寄せてストローでシュワシュワ泡をたてているソーダをすすった。


「あ、すみません、つい」


申し訳なさそうに笑いながら店員のお姉さんは席から離れていった。


「ああ~これこれ、シュワシュワまろやか」


もくもくメロンソーダをほおばる男性


「大黒」


もぐもぐしながら突然告げた。


「え?大黒?」


「俺の名前」


大黒と名乗る男性は、私と年が近そうだった。

私は20歳だから、恐らく20~23歳

見た目はそれくらいだった。


「あの、大黒さん、私どこかでお会いしましたっけ?」


あまりに親しげに接するものだから、私がついうっかり失念しているだけで、

仕事で出会ったことがある人かもしれないと、念のために聞いてみた。


「覚えてないの?俺はずっと覚えていたのに」


サクランボをつまみ上げて口ですくうように一口でぱくりと食べる。


「河原でさ、祭りの日。あんたすごい泣いてて。おれなぐさめた」


もぐもぐしながらしゃべっているけど、さっぱりわからない。


思い出せる限り、祭りにでかけた時のことを思い出したけど、大人になってから泣いたことなんてないから、

(もしかして子供の頃に出会ったおじいちゃんの家の近所に住んでいる人かな?)


「そうそれ」


大黒さんは私の考えをよんだように答えた。


「小さい頃にお会いしたんですか?ごめんなさい。覚えがなくて」


「あんた小さかったからね。あのときさ、忘れ物しただろ、それを渡しにきた。」


そういうと、ずいと大きな骨張った手を突き出してきた。

私は反射的に手をのばす。


ころりと手の中に転がり落ちてきたのは、マジックプリプリのヘアゴム


昔、大切にしていたのに、いつの間にか片方なくしてしまい、大泣きしておじいちゃんやおばあちゃんを困らせてしまった苦い思い出のあるものだ。


「これ・・・ずっともっていてくれたんですか?」


「ん。これがあんたのとこに帰りたいって言ってたから。大事にしてたってわかったから。」


ずずっずとソーダをすすりながら大黒は答えるた。

(帰りたがっていた?不思議なことを言う人だな)


大黒は私にヘアゴムを渡すと、細長いスプーンでソーダの上に乗ったアイスをすくった。


「クリームソーダの醍醐味はさ、ソーダとアイスの接地面

クリームが泡立ってるとこを食べることだと思うんだよね。」


そう言いながら、クリームが泡だっている部分をすくって食べる。


「しゅわしゅわくりーみー」


「ふふふ。かわいい」


言った後しまったと思った。

大の大人に可愛いなんて失礼だったかなと慌てて「すみません」と謝った。


「あんたにならそう言われてもいやじゃない。好意的な感情をむけられるのは

うれしい」


大黒がそんなことを言うから思わず赤面してしまった。


「ところでさ、あんたはここで何してるの?」


「私は今仕事をしているんです。絵本作家をしていて、今はプロット・・・シナリオを考えているんですよ。」


私は書きかけの文章が表示されているパソコンの画面を大黒に向けて見せてあげた。


「こうやってパソコンに入力していくんですよ」


大黒は物珍しそうにしげしげパソコンの画面と言うよりは、パソコン自体をながめていた。

(そんなに珍しい機種でもないんだけど、もしかして機械触らない人なのかな)


「そうそう、俺機械とか電気とか得意じゃないんだよね」


まただ。大黒は私の考えを読んだような相づちをうつ。


「あんたの旦那もそうだろう?」


「え?旦那?私は未婚ですけど」


そう答えた瞬間ざらりと心がざわついた。


「・・・封じられたか」


大黒がぼそりとつぶやく。


「封じる?」


「いや、なんでもない。忘れて」


大黒はそういうとまたソーダをすすった。


「大黒さんは大学生ですか?」


「いや、おれは神様」


「へ?」


思わず変な声が出た。

自称神様。

普通なら危ない人だと即座に逃げだすのだろうけど、大黒さんは不思議と落ち着く雰囲気があって、逃げ出す気にはならなかった。


(あれかな、プロゲーマーとかYouTubeで神様みたいな凄い人ってあがめられてるとか、そんなことかな)


大黒はまた私の思考をよんだかのように無表情でこくりと頷いた。


「おれ、結構人気者。」


「ふふ、電気や機械が苦手なのに、変なの」


カタカタカタ

私は話の続きを思いついたのでキーボードをたたく。


大黒はそんな私の邪魔にならないようにか、静かに置いてあった雑誌を読み始めた。


チラリと見ると、雑誌の表紙には猫猫くらぶと書かれていて、かわいい猫の写真が沢山載せられていた。


一区切りついたところで、大黒に質問した。


「猫すきなんですか?」


大黒はこくりと頷く。


「おれと猫はきってもきれない縁があるから」


猫と縁?あたまにクエスチョンマークが浮かぶが、それくらい好きってことなのかな。


「あ・・・もうこんな時間」


とりとめない会話をしていたら、かれこれ2時間近く喫茶店に居座ってしまっていた。


「あまり長い時間いたら迷惑になっちゃうので私はそろそろ家にかえりますね」


大黒にそういうと、大黒はじゃあ俺もと立ち上がってついてきた。


店の外にでると、大黒は私の手を取って瞳をじっと見つめながら


「また会いに来る」


そう言ってきびすをかえし、人混みに消えていった。


「不思議な人・・・」





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