第5話 File 5

「先生、本当にいいですか?」

「最近は、だいぶ落ち着いてきたし、監視がない方が自然に話せるから、私と2人だけで大丈夫。お外しください。」

「わかりました。では、外でお待ちしています。何かあったら、すぐに呼んでください。」

「さて、最近、思っていることをお話しください。」


 私は、先生のカウンセリングを受けて、最近は、だいぶ落ち着いてきた。


 そう、私は、隆一の笑顔、私のことを大切にしてくれて幸せだった頃を思い出した。京都の北野天満宮の紅葉を見にいった時もそうだったわ。夜のライトアップに照らされて、黄緑色も少しはあったけど、綺麗なオレンジ色の葉が一面に広がっていた。


 最初は、まだ暗くなかったけど、何かの企画なのか、道端に小さな舞台ができていて、舞妓さんが踊っていた。後で、知ったんだけど、隆一は、この情報を知って、私をここに連れてきてくれたみたい。園内の入園料はもちろんかかるけど、舞妓さんの踊りを無料で見れるなんて素敵よね。


 結構、人はいたけど、隆一が早目に並んで席を取ってくれて、2列目で、正面から踊りを見ることができたの。並んでる間に、明るいうちに紅葉の写真を撮っておいでって。本当に私のために、なんでもしれくれるでしょ。


 舞妓さんの踊りを見てる時は、寒かったから、隆一は、私の手を握って、自分のコートのポケットに入れてくれた。そして、左手で私の背中から手を回し、私の体をぎゅっと自分に寄せてくれたの。


 そんな幸せの中、舞妓さんたちの踊りを見てたけど、なんか隆一のことばかり考えて、真剣には見れなかった。それでも、丁寧な手や足の動きはさすがで、やっぱり日本の文化はすごいなと感じたわ。


 舞妓さんたちの踊りは終わり、周りも暗くなっていて、紅葉がライトアップされたのは幻想的だったわ。ただ、ほとんどの時間は、隆一の顔を見つめて、その遠くに紅葉が見えたという感じだったけど。でも、小さな橋の上とかで、ちゃんと紅葉も見てたわよ。


 そんな隆一と嵐山の温泉宿に戻り、浴衣を着て温泉に入った後、夕食を一緒にとった。宿では、小鉢が6個ぐらいあって、そのうちから3個選ぶんだけど、隆一と違うもの頼んでシェアすることで6種類のすべての味を楽しんだわ。


 隆一と一緒の時間を過ごすのは本当に楽しかった。でも、隆一は一香と一緒にいたのよね。よく考えてみると、一香は、私には邪魔だったけど、私に何かしたわけじゃなかった。と言うより、私のことは知らなかった。


 ごめんなさい。一香の幸せな時間を奪ってしまって。一香も、隆一とこんな幸せな時間を、もっと過ごしたかったわよね。私も、正面から隆一に接して、告白すれば、もしかしたら、選んでくれたかもしれない。


 私は、自分を捨てて、一香の全てを奪い、誰なのか分からない人になっちゃった。大好きな隆一も、何もしていないのに刑務所で過ごさせてしまって、ごめんなさい。


 怖かったの。私が一香じゃないって隆一にバレるのが。そして、あなたが好きだった一香を殺害したのが私だったって。本当にごめんなさい。許してくれるとは思わないけど、私は、刑務所で償って、あなたの前からは消えるわ。


 私が言うのもなんだけど、隆一、これからの人生は幸せに生きてね。


 ところで、この先生は、これまで私に本当に失礼なことをいっぱい話してきたわね。こんな人、この世から消えればいいのよ。


 私は、気づくと、先生の首を絞めていた。苦しんでるけど、当然の報いね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

暗闇、そしてその後に 一宮 沙耶 @saya_love

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ