第11話 陰原園子と部活を始めた

 晴れて補習授業免除で夏休みを迎えることになった陰原。その解放感からか、突然柄にもねぇことを言い出した。部活動に参加してみたいというのだ。

 なんでまた部活動なんかに。いぶかった俺は休み時間の教室で陰原に尋ねてみた。


「頭おかしくなっちまったのか?」

「失礼な私はいつ如何なるときも平静ですよ夏休みに入ったら時間もでき日がな一日読書に明け暮れるのもいいのですがせっかくの高校生活ですからね青春してみてもいいかなと考えたまでです」

「青春! あの陰原が!?」

「そんなにへんですかねこう見えて私もうら若き乙女なんですよそういった衝動に駆られてもいいじゃないですか」

「いやまぁそうなんだけどさ。やっぱりらしくねぇよ」


 近々大災害が起こるかもしれんな。いまのうちに備えとかないと。

 さておきらしくないとはいえ、陰原にしてみれば良い兆候ともとれる。一概に陰キャラが悪いとまではいわんが、たまには日の当たるところに出たいと思うもんだよな。

 だから俺もここはひとつ、陰原の意思を尊重してやろうと思った。

 まぁ部活に入るにしても、片付けないかん問題はいくつかあるんだがな。


「だいだいよ、俺たちもう二年だろ。いまから入部を認めてくれるとこあっかな?」

「その心配には及びません事前に調査したところテニス部でしたらオーケーとのことですほんとラッキーでしたよ前にもお伝えしたとおりテニスには並々ならぬ関心を抱いてましたからこれはもう天のお告げといっても過言ではないかもしれませんね」


 たしかにそれはラッキーだな。

 けれど首を捻らざるをえんところもある。


「だが運動部なんだよなぁ。果たして運動音痴のおまえに務まるだろうか……」


 そうなのだ。いつぞやのこともある。文化系の部活だったらなんら問題ないんだが、そうじゃなかったら陰原にはちと不向きなんじゃねぇかと率直に思った。

 一方で陰原は飄々としている。何か秘策でもあんのかな。


「その件についても心配及びません自分の実力はいやというほど理解させられましたしさしもの私もそれをどうにかしようだなんて無茶なことは考えませんプレイヤーではなくマネージャーとして一員に加わるのですテニスに関する知識と熱意だけは誰にも負ける気がしませんそしてそれをもっとも生かせるのは補佐なのではないかと思いついたわけです」


 これには俺も大賛成だ。マネージャーとしてなら、きっといい仕事をしてくれるに違いねぇ。

 いやはやめずらしく陰原に感心させられたよ。おまえもやればできるじゃねーか。


「だったら何もいうことない。おまえの望みどおり青春を謳歌できるといいな」


 しかしなぜか陰原は浮かない表情をしている。そんな顔されたら気になるじゃねぇか。


「ほかに問題でもあんのかよ」

「べつにたいしたことじゃないんですけどねただ私ひとりで途中参加するのは少々心細いなと思いましてそこでひとつ提案なのですが春田くんはたしか部活に所属してませんよねよかったら金魚の糞として一緒についてきてもかまいませんよ」

「金魚の糞にはなりたくねぇな。まぁどうしてもってお願いするんなら引き受けてやらんでもねぇよ。基本的に誘われたら断らんってのが俺の主義だからな」


 意外に聞き分けがよかった。そういうなりさっと頭を下げてきた。

 俺は腕を組んだ。


「うむ、よかろう……で、さっそく今日から動いたほうがいいよな。部活やったことないからわからんが、どこに行けばいいんだ? まずは顧問のところか?」

「ああそれならすべていまいるマネージャーに一任してるようですね顧問の関ヶ原先生がそう丸投げしておられました放課後は風俗店に向かわなければならないそうで」

「関ヶ原ってあのがははって笑う体育教師だよな。あいつテニス部の顧問だったのかよ。つうかあいかわらずだな」


 そのうちセクハラやら不貞行為やらでクビになんぞ。まじで大丈夫かよ。

 心配したところでどうにもならなそうだが。


「ともあれそのマネージャーとやらはどこのどいつよ。わかるんなら聞きに行ってみようぜ」

「そうなるだろうと思ってつい先程こちらの教室に来るようLINEしておきましたさすがは私です段取りいいですねもうじき気づく頃合でしょうしそしたらすぐに現れるでしょうそれまで待機していてください」


 陰原とLINEを交換する仲で、すぐに飛んでこられる距離にいるとしたら、心当たりはもうひとりしかいねぇな。

 だから外そうにも外しようがなかった。数十秒後、俺たちの目の前に立ったのは、亜麻色の髪を二つくくりにした生意気そうなメスガキ。そう、陰原の唯一の友人である世羅綺羅々だった。


「あんたたち久しぶりね!」

「そうでもないだろ」


 世羅とこうやって向かい合うのは猫カフェ以来だ。いうて一週間か二週間そこらしか経ってない。

 まぁしかしこいつからしたら、そんだけ寂しかったというか待ち遠しく思ったんだろう。それくらい察してやるさ。


「ところで試験はどうだった? 陰原の話じゃひとりでテス勉するってことだったが、無事にその成果は出せたのか?」

「いきなりそれを聞いちゃうのね!?」


 くぅーと悔しそうに顔を歪めている。ああ……こりゃあかんかったな。

 そんな同情心が世羅にも伝わったんだろう。もはや悔しさを通り越してやけくそになった。


「そうよ! ひとりで強がった結果、見事に補習決定よ! 笑いたきゃ笑いなさいよ!?」

「ぷぎゃああああああああああああざまぁあああああああああああああ!」


 人のことを指差して笑う陰原をやめさせた。ほんとおまえってば容赦ねぇよな。せっかくできたダチを失ってもしらんぞ。

 俺は泣きべそかいている世羅の頭をぽんぽんした。


「次回は勉強見てやっからさ。だからもう泣くなって」

「ちょっと!? 馴れ馴れしく触らないでよ!」


 ぽんぽんしていた手を叩かれてしまった。ダメだ……こいつまじで腹立つわ。

 陰原みたいに笑いはせんが、心の中で俺もざまぁみやがれと思うことにした。

 世羅はふんと鼻を鳴らした。


「補習になったのはさんざんだけども! でもあんたたちが代わりにマネージャーやってくれて助かるわ!」

「具体的にマネージャーって何すればいいんだ?」

「そんなことも知らないの!? 春田も馬鹿ね! マネージャーといえば部員のマネージメントをするに決まってるじゃない!」

「だからその具体的な内容を訊いてんじゃねぇか。馬鹿なのはおまえだ」


 さすが補習を受けるだけのことはある。

 馬鹿に馬鹿とは何よ、となんかいろいろおかしなことをいって世羅が切れている。だがここで言い合いしてもしょうがないので、「悪かったよ。馬鹿に馬鹿というのはあまりに失礼だよな」といって即座に詫びを入れた。

 つん! と世羅は鼻を鳴らした。いやすげーな。それいったいどうやって鳴らしてんだ。ふん! なら俺もできるが。


「いいかしら、マネージメントは主にね、練習メニューを組んだりするのよ!」


 そこで陰原が食いついた。


「なるほどそれはやりがいを感じますし私の所有する知識をふんだんに生かせそうですねちなみにひとつ訊いてもいいですか現在のテニス部はいったいどうような目標を掲げてるんでしょうかそれによってメニューの組み方は変わってくると思うのですが」


 お、たしかにな。全国を目指すのと県大会を目指すんじゃわけが違うからな。当然だが高みを目指すにつれ、そのぶん練習はハードになってくる。陰原にしてはいいところに目ぇつけたな。

 すると回答する世羅がちょっと困ったような顔をした。だがその理由も聞いたらすぐに納得した。


「いちおう全国大会出場ってことになってるわね! まぁ前大会の団体戦では地区大会の初戦で敗退を喫したんだけどね!」


 ほう、そりゃあかなり厳しい現状だな。世羅が思わず苦笑しちまうのもわかるし、また目標はあくまで建前だよってことがよくわかった。

 だが建前をいうのはさほど珍しいことでもないような気がする。特にうちみたいな二番手進学校だとあるあるだろ。

 それで部員たちが盛り上がれば十分なのだ。何も必死こいて練習することないんだよな。

 ところがひとりだけそれを真に受けちまったやつがいた。

 陰原園子だ。

 新しくマネージャーに就任した彼女は、本気で弱小校である我が母校を全国に導こうとしていた。

 言葉にせずともわかる。分厚いレンズの奥のさらにその瞳の奥にある炎が、何よりもそれを物語っていた。

 そんなところに水を差すようで申し訳ないが、それでもあえていわせてくれ。陰原、おまえ正気かよって。

 陰原は深刻そうな面持ちでうなずいた。


「そんな笑ってる場合じゃありませんよ夏の大会はまぁ見送るとして来春の引退をかけた大会まであと一年を切ってるんですよこのままだと非常にまずいです地区大会初戦負けの高校が全国大会を目指すとなるとメニューをがらりと変えねばなりませんそれこそ休む暇もないくらいハードなものに」


 ここは俺がなだめることにした。


「まぁまぁ落ち着けって。おまえのはやる気持ちもわからんくもないが、どう考えても現実的じゃねぇだろ。授業がなくなるからって、世羅みたいに補習のやつもいるだろうし、そうじゃなくても夏期講習を受けに行くやつもけっこういるだろ。だからすべてを部活に捧げろってのが土台無理な話なんだよ」

「はぁそんなもの私からしてみれば甘えるなって話ですしたとえ留年したり受験に失敗したとしても知ったこっちゃありませんがつまり春田くんは何がいいたいんですかコラ」

「怒らないで聞いてくれっていおうとしたら、なんかもうすでに切れてんな。まぁいいや。逆にこっちからしたら、本当に全国目指さんでもいいだろっていいたいんだ。建前って意味知ってるか? みんなでわちゃわちゃ楽しくやれればそれでいいんだよ」


 だがなんとなく想像していたとおり、陰原にはちっとも響いてくれなかったようだな。

 眉間にしわなんか刻んじゃって、おまけにつん! と笑い飛ばされた。いやおまえもそれできんのかよ。できない俺が逆に不自然に思えてきたわ。


「建前だとかみんなで楽しくだとか論外ですね少なくとも私がマネージャーに就いたからには認められませんし是が非でも全国大会に出場してもらいますよそうでなければ張り合いがありません」

「つっても実際問題、おまえの気持ちだけじゃどうにもならんとこはあるだろ。進級や受験が大事な部員からしてみれば、部活なんて二の次だろうし。どんなに熱く説得したところで耳を傾けちゃくれんと思うぜ。あくまでそれを前提としたうえで、これからどうしていきたいか、改めて問いたい」


 陰原は目をつむって、つーんと唸った。さすがにもう突っ込まんぞ。


「それでもやはり譲れませんねあなたに頑固だとあきれられようとやるからには全国にいきたいのです四六時中部員を拘束できないのは承知しましたなかなか厳しい条件を課されましたねしかしそうなったらまた新たに対策を考えるまでです時間が割けないのであれば必然的に質を求めるほかありませんよねつまるところそこで勝負かければいいのです」

「簡単そうにいうけどよ、質で強豪校と競おうにもどのみち難しいと思うぞ。決して陰原の知識にケチつけようってんじゃない。ただ向こうもやり手のコーチつけてるだろうし、実績やら経験の差で敵わんのじゃねぇかって客観的に判断できるわけだな」


 仮に陰原のほうがマネージメント能力が高かったとしてもだ。いまの部の実力差を埋めるには圧倒的なスキルが求められるわけであって、もうそこまでなるとほとんど無理筋ってもんだろ。

 何かとっておきの秘策でもあるなら、話は変わるのかもしれんがな。

 とまさにそう心の中で思ったのがフラグとなった。

 陰原は不敵な笑みをたたえながらこう答えたのだった。


「悔しいですが春田くんのおっしゃるとおりなのかもしれません所詮私はぺーぺーの小娘ですしまたどんな画期的な練習法を取り入れられたとしてもやはり限度というものがあるでしょうしかしですねこの社会にはそういった限度をいとも簡単に超越できる代物が存在するんですよズバリ何かといいますとええそうですドーピングですね」


 なんとなくいやな予感はしてたが、いやでもまさかほんとにチートを推奨してくるとは思わなかったぞ。そこまでするかねってかんじだな。

 やれやれため息をついた。


「ドーピングっておまえなぁ、プロのアスリートの世界でさえ昨今問題視されてるっつうのに、俺らただの学生なんだぞ。栄えある若者の健康を脅かしてまで、勝ちにこだわる必要がそもそもあんのか? あると言い張るにしても入手経路はどうするんだ。そこらへんのつても当然持ってねぇだろ。手に入らんことには何も始まらんぞ。それこそ机上の空論に終わっちまう」


 ところが陰原には何かしら考えがあるようだ。それを堂々とした態度で語っていた。


「ドーピングの入手方法にかんしては顧問である関ヶ原先生に頼りたいと考えてます風俗狂いである彼ならばチャカやバッツやシャブの蔓延っている裏社会にも通じてると推察できますからねおそらく彼の手にかかればドーピングの仕入れくらいそう難くないでしょう仕入れ金にかんしても同様に彼を頼りたいと思います風俗店に入るところの写真をこさえてこれを教育委員会に提出してもいいんですかと強請れば彼も呑まざるをえないでしょう鬼畜に思われるかもしれませんがこれもすべて私たちの目標を叶えるための犠牲なのですそう割り切りましょう」

「割り切りましょうっていわれても、はいそうしますとはならんだろ。いくらなんでも関ヶ原が可哀想すぎんよ」


 たしかに関ヶ原にも非はある。そんなの自業自得っていえなくもない。

 しかしだからといってよ? やつを犯罪者に仕立て上げるってのはさすがに度を超してるし、ふつうは良心の呵責をかんじるよな。

 そういう意味でも陰原は鬼畜だよ。鬼畜眼鏡だ。まさしく陰キャラにふさわしい異名だぜ。

 すべては自己実現のためなのだ。部員や先生、周りのやつらがどうなっても知ったこっちゃない。

 これらがすべて冗談であってほしいと望むばかりなんだが……陰原の鋭い眼差しを見るかぎりがちでいってんだろうな。ほんとにアホだよおまえは。

 陰原は人差し指を自分の鼻に当てた。


「可哀想であろうとなかろうとこのことは私の独断と偏見によりすでに決定事項なのです何人たりとも口答えすることは許しません」

「んな横暴な。ハルヒかよ」


 あ、そういわれてちょっと嬉しそうな顔しやがった。だがべつに褒めてねぇからな。


「ハルヒって何よ!? てかさっきからずっとあたしを置いてけぼりして話進めないでよ!」


 あ、そういや世羅もいたんだっけか。すまんな、マネージャーの先輩なのに放置して。だが特におまえの出る幕はないからな。強いて何か声かけるとしたら……。


「そうだな、どちらかっつうと世羅のほうがハルヒのイメージに合ってるな。その生意気なところとか特にな」

「はぁ~!? いったいあたしのどこが生意気だっていうのよ!?」

「存在そのものがですよそれはそうとこうして方針も固まってきたことですしさっそく本日の放課後にも私の手駒もとい部員たちのもとへ行って情報を共有しましょうなぁに不安に思うことはありませんきっと彼らもこれに共感して全力で尽くしてくれるに違いありませんから」


 となぜか陰原は自信に満ち溢れていたが、実際はどうなることやら。

 いやいや、そんなの考えるまでもないか。

 放課後部員たちの前で、「ドーピングしましょう」と陰原が意気揚々と語ったら、すぐさま全員からの非難を食らった。もちろん返事はノーだ。

 わかりきっていたことだったが、陰原には想定外の出来事だったらしいな。しばらくのあいだ呆気にとられていた。

 しかし陰原もそう簡単には引き下がらなかった。我を取り戻したやつは、うるさいだの黙れだの手駒のくせに歯向かうなだの、ほんともう滅茶苦茶なことをいってなんとか従わせようとしていた。

 だがいくらほざいたところで多勢に無勢。とうとう最後まで自分の思いどおりにすることは叶わなかった。

 ほとんどもう泥仕合、すったもんだの果てに陰原園子とついでになぜか俺は、テニス部マネージャー就任初日にして、全会一致により解任させられたのだった。

 そうして無念にも、この夏休み部活に入って青春を謳歌してみたいという陰原の願いは、儚くも潰えたのであった。

 いやもはやこれ伝説だろ。

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