第4話

騒動を聞きつけて他の女子も集まってきた。

「落ち着け。他に音源はねーんだよな?入ってる曲は分かるか?」

「わ、わかるよ。プログラムに曲名書いてある」

リリカの友達の一人が答えた。

「なら、その曲をみんなネットで探せばさすがに見つかるだろ?そこから流せばいいだろ?」

「そ、そっか」

どうやら何とかなりそうだと、空気が緩んだ。ただ、そう上手くもいかなかった。

「み、見つからないよ……」

「こっちもだよ。何で?」

曲のタイトルはわかったものの、ネットに音源は見つからなかった。

「……どうやら全部この演劇のために作ったオリジナル曲らしいな」

「ご、ごめんね、私のせいで全部台無しに」

リリカの頬を涙が伝った……けど

「諦めるなって。イブだから楽しい日にするんじゃねーのか?」

そう声を掛けて軽くポンッと頭を優しく叩いた。

「オリジナル曲ならたぶん、スコアがあるハズじゃねーか?見た奴いねー?」

すると一人が挙手して名乗りを上げた。

「去年、何の曲か分からないけど私楽譜ココでみました!」

「ナイス情報っ!じゃ、全員で探すぞ!」

みんなで探すと、

「ありましたっ!」

「こっちも、発見したよ!」

全曲分のスコアを揃える事が出来た。

「なんとか目途がたったな。オルガンもあるし、これを演奏すればいい」

おずおずと一人の女子が質問の挙手をあげた。

「え、えーと……誰が?」

「え、こんだけ人がいるんだ。一人ぐらい弾けるだろ?ほら、弾けるヤツ」

しばらく待ってみたけど反応が返ってこなかった。

「だ、ダメだー!?楽譜だけあっても意味ないじゃん!?」

「誰か、近所にピアノ弾ける友達いないの!?探せばいるって!みんな、聞いて回ってよ!」

「落ち着けって……開始まで後どれくらいだ?」

「1時間だよ」

俺は腹をくくった。

「俺が弾く。ただ、久しぶりだし初見演奏って苦手なんだ。これから1時間練習に当てたいんだ。設営の準備手伝えなくなるけど」

するとすごい剣幕で言葉が返ってきた。

「もちろんです!」「そっち最優先で!」「むしろ1時間でどうにかって無茶ぶりしてる自覚ありますから!」「経験者ってだけで助かりますぅ」

「設営、こっちでやるからそっちお願い」「ごめんね、お願いします」「いや、本当ライム君今日来てくれてマジ感謝だよ!」

最後にリリカを一瞥して確認する。

「いいか?」

「お願い」

「任された」

俺は笑ってそう答えた。するとリリカは幾分かホッとしたようだった。


結果から言うと、どうにかなりそうだった。

どの曲も子供向けの劇のBGMだけあって、素直な曲ばかりだ。これならどうにかなりそうだ。

俺のオルガンが鳴り響く中、劇の準備が着々と進んでいく。


徐々に小さな子供と、その親御さんが入ってきた。

もうこれ以上は練習できないけど……久しぶり過ぎて運指に不安がある。正直さっきも少しもたついてた。

疲労具合も心配だが……

「なあ、始まるまでの間、なんかクリスマスソング演奏しててもいいか?」

ちょうど横にいたリリカの友達の一人に話しかけた。

「むしろ大歓迎ですよー。あ、じゃあ、これどうぞ」

そういってトナカイの被り物を被せられた。

「……なんだ、これ?」

「諦めてください。どうしても顔出ししちゃいますから。少しでもクリスマスっぽくお願いします」

「……わかった」

その返事に彼女がフフッと笑った。

「あ?」

「いえ、ライム君ってもっと恐い人だと思ってました」

「そうだったのか?」

「だって、クラスの隅でずっとイヤフォンしてて、本読んでて話しかけるなオーラバリバリ出てましたもん。話してるところ、リリカと以外見たことないですし」

「……そうかも」

「リリカが話しかけた時、気が気じゃありませんでした。危ない目に合わないかって。でも、リリカの人を見る目は確かでした」

「それが普通の反応だろ?それに、恐くはねーけど、良い人でもねーから?」

その返事に再びフフッと笑う。

「そうですか。でもカッコイイ人ではありましたよ。先ほども」

「そうでもねーよ」

「そうですか?……お願いしますね?」

「ああ」

俺は弾きながら、親御さんの世間話や子供たちの笑い声をBGMに、開演の時を待つ。


何とか劇は終わった。

最後は子供たちと一緒に歌を歌って、このタイトロープのような演劇は無事フィナーレを迎えた。

個人的には失敗した所が幾つかあったのだが、分からなかったという報告を受けてるし。

なんだったらアンケートにはいつもより豪華だったというご意見が多かったという。ちょっと心苦しい。

お客さんのはけた公民館で、俺たちは片付けをしている。俺は横のリリカに話しかけた。

「なんとか最後までやりきったな?」

「はい。……その、今日は本当にご迷惑をお掛けしてしま「ちょちょちょ、待て待て待て?」」

「……何でしょう?」

あいかわらず悲痛な表情で、言葉遣いも敬語になっていた。

「なんで敬語……いや、なあ?結果として上手く行ったじゃんか?前よりも良くなって」

「はい、ライム君のおかげで」

「違う。みんなが頑張ったからだろ!?もちろんお前も……だからさ、お前が気に病む必要はもうねーだろ?」

「いえ、でも私がもっと気を付けていれば」

「違うだろ?あー、もう、何って言えばいいか……」

こんな時いつだって何て声かけていいか分からなくなる。どれだけ言葉を集めたって上手い言葉なんて出てきやしないんだ。

「あ」

俺は思いつくまま足踏みをしながらリズムを刻んだ。

「(カセット)テープと(タイト)ロープでつなぐ、ホープ♪」

「あ」

「まだ中身、ないか?」

リリカは始め声を押さえてたが、やがて背を丸めて笑い出した。

「あります、ありますね。今の私達なら確かにあります」

ツボにハマったのか、しばらく肩を震わせて目の端に涙を溜めながらひとしきり笑っていた。

「なになに?」「どうしたの?」

と、女子達もリリカの様子に注目し始める。でもどこかみんな笑っているリリカにホッとしてるようである。

「ああ、おかしかった。確かにそうですね」

「よかった。ちゃんと笑ってくれて」

「え?」

「さっきも言ったが、イブだろ?楽しい日にするんだろ?そんな顔させたくて頑張った訳じゃなくて、そのさ、……楽しくやろうぜ?」

「……うん、そうだね」

リリカは今度こそ柔らかく微笑んだ。

「ライム君のおかげで今日はいい日になったよ。ありがとう」

「だから俺のじゃ……ま、いっか」


公民館を出る頃には日はすっかり暮れていた。

地平線はかろうじてオレンジで、顔を上に向けるごとに徐々に藍の濃度を濃ゆくしていく。

イルミネーションも今は点いていて、確かにロープを登るサンタは映えていた。

「みんな、忘れ物ない?鍵閉めちゃうよー?」

「うん大丈夫だよ。お願い」

リリカは公民館の鍵を閉めると、隣の管理者の家に鍵を返しに行った。

「じゃ、お疲れ様ー。色々あったけど、無事終わってめでたしめでたし、ってことで」

「「「「「「「テープとロープでつなぐホープ♪」」」」」」」

なんかこの場で、このフレーズめっちゃ流行ってしまった。

「じゃ、みんなお疲れさまー。ライム君もお疲れ様。この後打ち上げ行くけど、ライム君もくる?」

「ああ、良ければ俺も……あ」

夜空、公民館のイルミネーション、冷たい空気、そして俺を見つめるリリカが視界に入った時、ふとハマった感じがした。

「……悪い。みんな先に行っててくれ」

「え?どうしたの?」

そう問い返されたけど、俺は今感じたものを取り逃がしたくなくて、返事もしないで鞄からノートと筆記用具を取り出して書き出していく。

「ねえ、ライム君どうしたんです?」

「あー、うん。大丈夫だから先に行ってて?後で私がライム君と一緒に合流するから」

「わかったよ、リリカ」

そう言い残すと、リリカと俺を残して皆は先に行ってしまった。

「……」

俺がノートに書き出してる間、リリカは何も言わずノートをスマホで照らしてくれていた。


「よし、できた!」

「終わったの?」

「ああ!細かい調整はあるけど、完成だ!見てくれよ!」

「いいの?」

「もちろんだ!」

ずっと悩まされていた事が解決して、些かハイになってたとは思う。

リリカは、手渡されたノートをしげしげと読んでいく。

「ふーん、やっぱりラブソングなんだね。……好きって伝えるのは結局、『好き』って言葉なんだ?」

「ああ、色んな表現考えたんだけどな、最終的に他に言い様がなくて、そうなった」

「そっか。……うん、とっても素敵な歌詞だと思う。私好きだよ。

……でもだよ?なんで今インスピレーションが湧いたの?」

そう聞かれてようやく我に返り、俺は思わず目を泳いだ。

「そ、それは……月が綺麗だったからじゃねーかな?」

「?月が綺麗だったからなの?」

リリカは空を見上げた。そこには満月には足りないけれど、だいぶ丸っこい月がくっきりと浮かんでいた。

「……うん、綺麗。まあ、そういう事もあるのかな?」

「ああ、こればっかりは……いつ落ちるかなんて自分じゃコントロールなんてできねーし。それじゃ、皆待ってるし打ち上げに行こうぜ?」

「そうだね」

結局さ、色んな表現方法があるにしても言葉にしたところで伝わらなければ意味がないんだし、だったらやっぱり好きと伝えるなら『好き』というのが正解なんだろう。

そんな訳で意気地のない俺は問題を先延ばしにしたのだった。

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リリックホリック dede @dede2

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