第2話 桜の札は読まないで

「咲良さんって、百人一首、得意だったんだね」


「え? あ……うん。恭介くん、すごいね。1位おめでとう!」


「それほどでもないよ」


咲良さんから褒められて、俺は有頂天になってしまう。

俺は、気になっていたことを咲良さんに聞いた。


「あのさ……咲良さんが取っていたふだって……」


「あ! バレた? さすが、恭介くん」


そう言う咲良さんの白い頬に、うっすらと赤みが差した。

まるで、雪原に咲く花のようだ。


「咲良さんが取っていたふだって、桜をんだ歌だよね」


「うん。私、自分の名前が咲良さくらだから、さくらを詠んだ歌だけは絶対に取ろうと思って」


「やっぱりそうだったんだ。納得」


俺は一目惚れした咲良さんと、いい感じに話をすることができた。

きっと、俺の顔も赤くなっていたことだろう。


* * *


家に帰った俺は、咲良さんのことばかり考えていた。


百人一首を好きな女の子がクラスにいるとは思っていなかった。

ちょっと無表情な感じの子だけど、笑うとかわいい。


俺の中でどんどん妄想が膨らむ。

百人一首が好きな咲良さんは、きっと俺のことを好きに違いない。


なんて勝手な妄想なのだろうと自分でも思うが、そうであってほしいという俺自身の期待が、冷静な判断力を失わせていた。


『みちのくの しのぶもじずり 誰ゆえに 乱れそめにし 我ならなくに』


私の心が乱れ始めたのは誰のせいでしょう。それは私のせいではなく、あなたのせいなのです。


実際に恋することで、恋を詠んだ和歌になんだか共感できるようになった気がする。

今日はなんだか寝付けそうにもない。

俺は、窓の外の月を見てみた。


美しい満月だった。


『嘆けとて 月やわものを 思わする かこち顔なる 我が涙かな』


昔の人は月を見て、愛しいあの人も今頃は同じ月を見ているのだろうか、なんて思いにふけったという。

咲良さんも、今頃、俺と同じように眠れなくて、こうして月を見ていたりして。

あぁ、また変な妄想をしてしまった。


明日は、全校百人一首大会の本番だ。

妄想ばかりしていないで、早く寝なくては……


夢に、咲良さんが出てきたらいいな……


* * *


翌朝、俺はいつもより早く起きてしまった。

そして、とてつもなく眠い……

睡眠が浅かったようだ。

で、咲良さんの夢を見たのかというと、そんなご都合主義的な展開があるはずもなく、俺は何の夢も見ていなかった。


『すみの江の 岸による波 よるさえや 夢の通い路 人目よくらむ』


夢のかよで、俺は咲良さんに会うことはできなかった……


* * *


俺は教室に入った。

咲良さんは、相変わらず白い顔をしており、そして、無表情だ。

なんとなく近づきがたい雰囲気がある。


しかし、俺は知っている。

百人一首の札を取った時に見せる咲良さんのステキな笑顔を。


当たって砕けろ!

俺は、咲良さんと仲良くなりたくて、思い切って話しかけてみた。


「今日は百人一首大会だね。どう? 自信ある?」


「え? えぇ……うん。まぁまぁかな。恭介くんは全校一位を取れそう?」


「う、うん……まぁ、頑張るよ。咲良さんは、やっぱり今日も、桜の札を全部取るの?」


「え? 全部取れるかは分からないけど、桜を歌った札はできるだけたくさん取りたいな」


「たくさん取れるといいね」


よし、咲良さんと自然に会話ができたぞ!

今日の百人一首大会で優勝して、咲良さんに俺のすごさを認めてもらおう!


* * *


百人一首大会では、百首すべてが読まれるわけではない。


そんなことをしたら、最後の1枚は何が読まれるか分かっているので、とんでもない争奪戦になってしまう。

よって、残りの札が20枚になったら、そこで試合は終了だ。

100枚のうち、80枚が読まれるということ。


あと、全校生徒で100枚を取り合うなんて不可能なので、12人ずつの小さいグループに分けて行う。

実際に読み上げられる80枚を12人で取り合うのだから、1人6~7枚取れれば平均ということになる。

グループ内で1位を取るには、10枚以上は取りたいところ。


本日の百人一首大会のグループ分けが発表になった。


なんと!

よりによって、咲良さんと同じグループになってしまった。


咲良さんと一緒に百人一首ができるのは嬉しい。

咲良さんの真剣な表情や、札を取る華麗な身のこなし、揺れるポニーテール、そして、札を取った時に見せるあの笑顔……


あぁ……だめだだめだ……


咲良さんばかり見ていては、集中できなくて負けてしまうのではないか。

くそう!

咲良さんとは違うグループになり、それぞれのグループ内で2人とも1位になれたら最高だったのに。


しかし、グループはもう、決められてしまっている。

今さら、何を言っても仕方がない。


ここで問題となるのが、桜のふだをどうするのか、だ。

俺が取ってしまったら、咲良さんは取れなくなってしまう。

しかし、取らないでいたら俺は負けてしまうかもしれない……


あぁ……


桜のふだなんて嫌いだ。


絶対に咲良さんと取り合いになってしまう。


どうしたらいいんだろう……


* * *


全校百人一首大会が始まった。

俺の斜め向かいには咲良さんが座っている。


俺は、咲良さんを見ていた。

咲良さんは、いつも無表情。

いわゆる、クールビューティーだ。


視線に気がついた咲良さんがこちらを見る。


俺は思わず視線を反らしそうになったが、ここはあえて、見つめ返してみた。


咲良さんはにっこり微笑んだ。

安心した。

俺も微笑み返す。


あぁ……どうか、桜のふだが読まれませんように……

咲良さんと取り合いになるのは嫌だ。


でも、待てよ。

咲良さんは、できるだけたくさん桜の札を取りたい、と言っていた。

桜の札が読まれないと、咲良さんはお気に入りの札を取ることができない。


咲良さんのことを考えれば、桜の札がたくさん読まれる方がいいのか。


あぁ……桜の札なんて、嫌いだ……


* * *


隣に座る同じクラスの男子生徒が、俺に話しかけてきた。


「恭介ってさ、咲良のこと、好きなのか?」


「え?」


一瞬にして、俺の顔は赤くなる。

しまった!

動揺を見せてしまった。

隣のやつは、それを見てニヤリと笑う。

あああ……


ここは冷静にならなくては……



先生は札を読み始める。


「恋すちょう 我が名はまだき 立ちにけり……」


「はい!」


よし、1枚取った。

下の句は『人知れずこそ 思いめしか』


恋をしているという噂が立ってしまった。誰にも知られないように好きになりはじめたばかりだというのに、という歌だ。


ん?

これって、俺のこと?


* * *


百人一首大会は、どんどん進んでいく。

次の札はこれだ。


「花さそう あらしの庭の 雪ならで……」


きた! 桜の札だ!

勝つためには仕方ない。

ごめんよ咲良さん。

この札、取らせてもらう。

くそう、桜の札なんて嫌いだ。


「「はい!」」


俺は札を取った。

俺の手の上に、咲良さんの手が重なる。


俺の手の甲に、咲良さんの柔らかい手の感触が伝わる。

ドキドキ!


咲良さんの顔を見ると、ちょっと悔しそうな顔をして、それから、微笑んでくれた。


か……かわいい……




この後、読み上げられた数首は、俺の耳にまったく入ってこなかった。


まずい。

桜の札がどうのこうの言っている以前に、このままでは俺は負けてしまう。

ちくしょう!

だから、桜の札は嫌いなんだ。

桜の札は、俺の静心しずごころをなくしてしまう。


だめだ。

集中しよう! 集中!


* * *


「人はいさ 心も知らず ふるさとは……」


「はい!」


よし! 取った!

下の句は『花ぞ昔の においける』


この歌は花を歌っているけれど、花は花でもの花だ。

ではない。


俺は、ちらりと咲良さんの方を見る。

咲良さんは視線に気づき、微笑み返してくれた。


* * *


「いにしえの 奈良の都の 八重やえ桜……」


きた! 桜の歌だ。

ここは咲良さんに取らせるべきか、一瞬迷った。

だが、勝ちたいという俺の闘争本能が札を取りにいかせる。


下の句は『今日 九重ここのえに においぬるかな』


桜の品種である八重やえ桜から、宮中を表す九重ここのえへとつながる、見事な構成の和歌だ。

相手が咲良さんでも、この札は取りたい!


「「はい!」」


遅かった。

俺の手は、咲良さんの手の上に重なる。


八重やえ九重ここのえと続くこの札に置かれた手は、二重ふたえとなった。


咲良さんは、とびきりの笑顔で俺を見つめた。

どうだ! 取ったぞ!

そんな表情をしている。


ううう……


札は取れなかったけど、咲良さんの眩しい笑顔を見れたので良しとしよう……


* * *


百人一首大会は終わり、結果が発表された。



俺は全校で4位。

咲良さんは全校で27位だった。


残念ながら、俺は1位は取れなかったけど、咲良さんと一緒に百人一首をできて楽しかった。

そして、この試合を通じて、仲良くなれた気がする。


* * *


放課後の教室で、俺は咲良さんに話しかけた。


「桜の札、取ってしまってごめん」


「ふふふ……恭介くん、強すぎ」


「咲良さんも、いい結果出せてよかったね」


「うん。まあまあかな。来年は恭介くんに勝ちたいな」


「お、おう……」


「あのね、百人一首にこんな歌、あるよね」


そう言うと、咲良さんは次の歌を読んだ。


「しのぶれど 色にでにけり わが恋は」


それを受けて、俺は下の句を読む。


「ものや思うと 人の問うまで」


恋心は隠してきたつもりだったけど、表情に出ていたようだ。恋をしているのかと、人に問われてしまった。

そういう意味の歌だ。



「じゃあ、俺も。咲良さん、この歌の下の句、分かる?」


俺は言った。


「かくとだに えやはいぶきの さしも草」


咲良さんは答える。


「さしも知らじな 燃ゆる思いを」


私の思いはなかなか伝えられません。あなたはご存知ないでしょう。私があなたのことを、こんなにも好きだということを。



俺は微笑んだ。

咲良さんも微笑んだ。


お互いの思いは通じ合った。



こうして、俺たちは付き合うこととなった。



でも、来年の百人一首の大会はどうなるのかな。

咲良さんとは戦いたくないな。



俺は、桜の札が……嫌いだ……




《 了 》


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恋の百人一首___桜の札は読まないで___ 神楽堂 @haiho_

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