第12話 和睦の品

 御簾神と分断されたあおいだが御簾神の言葉を信じて振り返ることなく進んでいた。尤もあおいも馬鹿正直に真っ直ぐ目的地を目指すようなことはしていない。敵の待ち伏せを警戒し途中地図にも載っていない獣道に逸れていた。

 木々に囲まれ視界が悪く根が足を引っ掛ける罠のように張り出している悪路だが、あおいは狼の如くしなやかにトットトと走り抜けていく。追っ手の気配も完全に消えた頃、森を抜けた先の尾根に近い開けた道が見えてきた。

 あおいはサッと木陰に隠れ様子を伺う。

 左右を見渡す限りにおいて人影は無い。あおいは警戒しつつ森を出る。

 先程までの谷沿いの道や森の中を進む獣道と違い空は広々としている。道の見通しも良く、所々に岩や木々がある程度だった。

 蒼い空に近くまるで空を飛んでいるような感覚にあおいの心も軽くなり、足取り軽くステップを刻み、鼻歌を奏で出す。

 その姿は小鳥囀り踊るようであった。

 無粋な者達の介入があったが、本当ならあおいはこの気持ちいい青空を独り占めして悠々と羽を伸ばしていたのであろう。

 小鳥遊ぶ愛らしさ、その愛らしい小鳥を眺めるだけでは我慢できないとばかりに前方の岩陰や木陰から10名ほどの山伏達が飛び出してきた。

 あっという間に行く手を塞がれ、あおいの足は止まった。

「読まれていたか」

 上手く追っ手を撒けたと思いハイキングのような気持ちよさに気が緩んでいたが、あおいは素早く気持ちを切り替えた。

 本来ならもっと近寄ってから飛び出した方が奇襲効果が高かったはず。わざわざ距離を取って飛び出してきた意味が謀りかねる。前方に注意を向けておいて後方から襲撃するつもりなのか。

 あおいは迂闊に逃げるようなことはせず前方を睨み付ける。すると前方の山伏達は左右に割れ紫の巫女衣装に身を包んだ一人の少女が現れた。

 身長や体付きから小中学生くらい、黒髪のおかっぱをしている。巫女服もさることながら凜とした立ち振る舞いに一種影が差したような独特の雰囲気を感じる少女だった。

「私の名は黄泉。葦原の姫様、これまでの無礼をお許し下さい」

 黄泉はあおいに丁寧に腰を折り頭を下げて謝罪した。

 黄泉の名を冠する少女。名前的に根の国において重要な役目を担っていると思われるが葦原の姫たるあおいに対してまだかまり無く頭を下げる。

 これにはあおいも拍子抜けしたが、それでも警戒を解くこと無く鋭く言う。

「いきなり襲っておいて、俄にはその言葉信じられないな」

「やはりこの程度では許して貰えませんね。ですが信じて下さい、本来我等根の国は争いは好みません。静かに穏やかに時を過ごしたいのです」

「ならそうしていれば良かったのだ。なぜここにいる」

「お怒りはごもっともです。

 ですので謝罪の品として私を貴方様に献上します」

「はあ?」

 あおいも長い歴史を紡ぐ葦原の国の姫、戦争の手打ちに姫が送られることなど古来からの習いであることは知っているが、現代に生きる女子高校生でもある。黄泉の古来の価値観そのままに理解が追い付かず、凜々しかった顔が崩れ年相応の少女の顔になっている。

「何を言っている?」

「どうか私をお納め下さい」

 黄泉はまるで神前の花嫁のようにその場にしゃがみ手を突き頭を深々と下げる。

「嬲り者にするなり辱めるなり、どうぞ気の済むようにして下さい。一切手向かい致しません。

 ですがそれでお怒りを静めて下さい」

「くっ、此方も別にお前達を討ち滅ぼしたいとは思っていない」

 葦原の国と根の国、不倶戴天の仇敵同士と思えばそうでもないようである。あくまであおいの怒りは先程襲い掛けられたことについてである。

「・・・」

 黄泉は頭を下げたままであり、やがて根負けしたようにあおいが告げる。

「もういい、いいから。謝罪を受け入れ水に流すから、それを辞めろ」

 一方的に殴りかけられ一方的に謝られて許せる人間は然う然ういない。かといってあおいが博愛主義者というわけでは無く許したわけでも無い。

 ただ単にこれ以上の関わり合いになりたくないと思い、これで去ってくれるなら良しと思っただけである。

「良かった。葦原の姫様、私達仲良くなれそうですね」

「そうだといいな」

 黄泉は顔を上げあおいの返事に嬉しそうに微笑むが、あおいの表情は硬いままである。

 敵対しないからといって仲良くなれるかは別である。あおいとしては死を信奉する根の国の者達は生理的に受け付けない。まだ俗物的欲望に溢れる御簾神の方が好感が持てるとすら思ってしまうほどである。

「それでは葦原の姫様、どうかこの地を根の国の者達に譲って頂けませんか?」

「断る」

 穏やかな雰囲気のままに黄泉が告げた願い事をあおいはにべも無く一言で断った。

「私一人では足りませんか」

「そういう問題では無いっ。ここを忌み地にするという戯言など考えるまでも無い」

 先程までと変わらない丁寧な申し出の黄泉の言葉にあおいは激怒で返した。

「忌み地とは一方的な決めつけです。死とは清く貴いものです」

 一般的には死は穢れ、忌み嫌われるものであるが、根の国の者達にとっては違うようであり、そうでなければ根の国の者になどならないだろう。

「生きていることが貴いのだ。死を賛美する気には成れない」

「生と死は表裏一体。死を忌み嫌い生だけを追い求めれば陰陽の調和が崩れます」

「生物はいずれ死す。その時が来たのなら受け入れ土に還るだけだが、それまでは抗うのが生だ」

「死は静寂の眠り。争いは望まないのです」

 あおいが敵意を迸らせ杖を構えるのを見て、黄泉は悲しそうに首を静かに左右に振る。

「悪いが、譲ることは無い」

「黄泉様、ご命令なので従ってましたが、これ以上の問答は無意味です。

 我等は根の国の者で彼方は此岸の者達なのです。分かり合うことはありません」

 従者らしい一人が恭しく黄泉に提言する。

「まだです。きっと分かり合えるはずです」

「無理です。葦原の姫は和睦の品である黄泉様を拒絶しました。

 お前達」

「「「応っ」」」

 黄泉を無碍にされ怒りを滲ませた男の声に応え、山伏達は黄泉の前に躍り出て錫杖をあおいに対して構える。

 その立ち振る舞いは活力に溢れとても静かなる死を望む者達には見えない。

「辞めなさいっ。まだ話し合えます」

 黄泉は先程までと違い鋭い口調で山伏達を止めようとするがあおいと山伏達はもはや臨戦態勢、互いにタイミングを見計らっているだけである。

 山伏達はあおいに打ち込む隙をあおいは逃走するタイミングを計っている。

 あおいも威勢の良いことは言うが猪武者じゃ無い。この人数差では勝ち目が薄いことは分かっている。囲まれるのは絶対に避け、逃げの一択である。逃げ切れれば良しで、最悪でも森に逃げ込み分断し各個撃破に持ち込みたい。

 じりじりと空気が張り詰め引き裂かれるほどの静寂。

 その静寂を叩く羽虫ような音が響いてきた。

 一斉に音のする方を見れば、エアバイクが三機此方に向かって来るのが見えた。

 エアバイクは大型バイクのような形状でタイヤの部分がドローンのプロペラのようになっている。黒塗りのエアバイクにはそれぞれ二人ほど乗り込んでいる。

「くっ援軍が来るまでの足止めだったか」

「いいえ、それは誤解です。あの者達を私達は知りません」

 あおいの誤解を解こうと黄泉は訴えるが、その誤解を解く間もなく二人の間にエアバイクが割り込むように着地してきた。

 二機のエアバイクの操縦者の後ろに乗っていた者が素早く降りると無駄の無い動きでアサルトライフルの銃口を山伏達に向け、動きを牽制する。

 山伏達の動きを牽制したのを確認すると、三機目の後ろに乗っていた軍服のような黒い服を着た長身で銀髪の男がゆったりとエアバイクを降りると朗々たる声で宣言する。

「双方動くな。

 私は国際警察連合の者だ」

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