第4話 溢れる好奇心

 ゆっくりと温泉でも堪能するはずだった滅びた温泉街を早々に出る嵌めになって山間の道を征く。

 かつて栄えていた頃は1.5車線分とはいえ山沿いの道は舗装されこの地域一帯の各所を繋いでいた。だがその道も今は溢れる生命の息吹が吹き出て、アスファルトはひび割れ草が生い茂る。

 それでも無いよりは歩きやすい。アスファルトでなかったら完全に草木に道は沈んでいただろう。

 左手は谷になっていて木々に遮られ見えない谷下からは川が流れる音が響いてくる。右手は山の斜面に生える木々によって緑の壁になって見通せない上からは時折鳥の鳴く声が届く。

 川と鳥が合唱を奏でる道で見通せるのは曲がり角までの僅かな距離と見上げた青空のみ。青空には雲一つ無い快晴のようで山道には暖かな風が吹き。吹く風には酔うほどの緑の臭いが含まれていた。

 いつもなら一人心ゆくまで堪能して歩く山道だが、今日ばかりは贅沢に浸ってばかりもいられない。

 沸き立つ知的好奇心を宥めなくては今夜は眠れない。

「ここまで俺を巻き込んだんだから色々と教えて貰いたいんだが」

 俺はあおいにこの事態の説明を求めた。

「何をです」

「邑葬の舞って何だ?」

「知りたいですか?」

 キャバクラじゃあるまいし俺を焦らしたところでボトルは出ないというのに、あおいはもったいぶって焦らしてくる。

「知らないとまた地雷を踏んじまうかも知れないだろ」

 ナイスガイはトラブルメイカー。歩けば事件が声を掛けてくる。

 平穏なんか糞食らえってもんだが別にナイスガイは馬鹿じゃない。知って踏み抜くと知らずに踏むのとでは粋が違う。

「ふふっそのおかげで私と一緒に歩けて嬉しいくせに」

 あおいは年相応の少女っぽく俺をからかうように笑う。

 こういう顔もできるんだな。

「それは認めるが、それはそれだ。あおいの足を引っ張らないためにもお願いするぜ」

「しょうがないですね。

 邑葬の舞とは、邑、人の住んでいた土地の弔いよ」

「土地の弔い?

 それはさっきの温泉街だけじゃ無くてこの地域一帯、九頭村のことを言っているのか?」

 九頭村はカルデラと外輪山、内側にある九頭湖を含む地位一体に広がる村である。各所にある温泉街や湖の観光なので成り立っていた。

「そうよ。そもそも土地は地津神様からお借りし人が住む邑となった。邑が滅んだのならきちんと弔って神様へお返しするの」

「へえ~」

 俺が知らなかっただけでこの国にはそう言った風習があったのかな。八百万の神々が物にまで宿る国だ。人が住む村や町に魂が宿っていると考えても何にも可笑しくない。

 今度民俗学を学んでいる奴に聞いて見るか。

「弔わなかったらどうなるんだ?」

「死体が腐るように土地は腐っていき人も住めない忌み土地になります。

 弔いの舞は先程終わっています。後は禊ぎをし、ここ一体で一番神聖な場所で新たに選ばれた地津神様にこの土地の魂をお返しして終わりです」

「禊ぎはこの先にある九頭湖でするのか?」

 俺は地図を思い浮かべながら尋ねる。

 この山間の道を抜ければ湖に辿り着く。そういえば有名な神社も合ったな。厳島神社のように湖の中から巨大な鳥居が建っていて遊覧船で湖からも見れたりして観光客で賑わっていたらしい。

「そうです。覗いたらその目を剔りますよ」

「怖っ。覗かないよ」

 この娘なら脅しで無く本当にやると確信できる。見たい気もあるが、それは俺にベタ惚れさせてからで無いと罰が当たるようだ。

「それでここ一番の神聖な場所ってどこなんだ? 万が一はぐれた場合に備えて教えておいてくれ」

「あの山の頂上です」

「げっあそこまで登るのかよ」

 あおいはカルデラに囲まれここら一帯で頭一つ抜けて高い九頭山を指差し、げんなりする。

「ここはもう人が住む土地では無くなってきて、日が暮れれば途端に危険になります。

 今日は湖の傍の神社を間借りして一夜を過ごしましょう」

「俺と一夜を共にしていいのか?」

「言ったでしょ。人がいていい土地で無くなってきています。不埒なことをすれば天罰が下りますし、そもそも私が許しません」

 あおいは殺気が籠もった目で睨み付けてくる。

「はいはい。そんな脅かさなくてもナイスガイは惚れさせた女にしか手を出さないさ」

「まっこの場はその自称ナイスガイさんを信じましょう。

 そして儀式が終わったら早々にこの土地から離れます」

 あおいの話が本当なら。儀式が終わった後ゆっくりとお宝を探すのは困難になりそうだな。どっちも手に入れたいなら、あおいを説得して先にお宝を探しをさせて貰う必要がありそうだが、そんなのあおいが許しそうに無いし。

 どっかで撒く? 

 まあもう少し流れに身を任すか。

「ふ~ん。そういえばどこに住んでいるんだ?」

 あおいはイメージ的にはでっかく由緒ある神社に住んでいそうだが、ここでコネを作れば中を見せて貰えるかも知れないな。

「見知らぬ男に家を教えるほどふしだらじゃありません」

「そりゃ酷いな従者じゃないのか。ちゃんと家までお送りしますよ」

「臨時です」

 あおいはこの件が終われば望みは一片の望無く縁が切れるとぴしゃりと断言する。

「そりゃ冷たいんじゃ無いか。袖振り合うも多生の縁、共に神事を為した仲じゃ無いか」

「まだ為してませんから」

「なら為した後ならワンチャン有り?」

「ありません」

「そうですか」

 これ以上はストーカー予備軍と思われそうだからよしておく。

「それであおいは普段は学校には通っているのか?」

「馬鹿にしているの?

 これでも由緒正しい学園に通っているんだから。今は休みだから、それを利用して邑の弔いをしているの」

 聖なる巫女だけに外界の穢れに触れないように普段は神殿から一歩も出ない生活をしていると言われても俺は素直に信じただろう。だがこの感じだと普段は世俗に塗れて生活しているようだな。それでいてあの苛烈さを内に秘めているのか。

 ますます興味が湧く。

「へ~そうなんだ」

 なんとしてもコネを作って、邑葬の舞なんて神事を伝える一族のこととか知りたいぜ。

 まあ神事を成功させれば自然と仲良くなるだろ。そうなるとお宝は諦めた方がいいのか? お宝と神秘の一族悩むところだが、まああんまり深く考えず今は可愛いお嬢様との会話を楽しむのがナイスガイってもんだなと思っていると、耳に歩くような鈴の旋律が響いてくる。

 シャンシャン、杖につけられた魔を祓う鈴が歩行に合わせて鳴り響く。

 前から山伏達が歩いてくるのが見えた。

「霊山でもないところで山伏に会うなんて珍しいな」

 俺の横であおいの顔付きが小鳥のように愛らしくなってきたのが出会ったときの鷹の如き峻厳に変わっていくのが見て取れた。

「死にたくなければ逃げなさい」

「えっ? それってどう・・・」

 俺が彼女の答えを聞く前に事態は動き出すのであった。


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