第3話 従者

「ん? ん? 責任?」

「男らしくない。くだくだ言い訳を言わない。男なら言った言葉に責任を持ちなさい」

 彼女は子供を叱る母親のように俺に言う。

「責任ってそれが従者とどう繋がる?」

「偶然とはいえ神事である邑葬の舞をあなたは覗き見てしまい、土地の魂の一部があなたに流れてしまった。その為四魂の魂は完成しなかった。ですが四魂は地津神様にお返ししなくてはなりません。

 本来なら命で償って貰い。魂を清めてから改めて地津神様にお返ししなくてはなりませんが、神にも慈悲はあります」

 おいおい物騒なことをさらっと言ってくれる。一歩間違えば本当に俺は頭をかち割られていたようだな。

「貴方を一時的に私の従者とすることで俗世から切り離し、私と共に四魂を地津神様にお返しすることで罪の清算としましょう。

 大丈夫私も一緒に謝れば地津神様も赦してくれます」

 日本人の美徳は死んだ。やはり簡単に謝るもんじゃ無いなと思いつつも、俺の心を擽るワードがちょいちょい少女の口から出てきている。

 正直興味が惹かれる。こんな人がいない山奥でひっそりと行われる神事、邑葬の舞、四魂、地津神など日本神話の世界なんて秘宝に匹敵するワードだ。ここで喧嘩別れは後ろ髪が引かれそうだ。

 いや、絶対に引かれる。ここで帰ったらアパートの部屋で後悔に悶える。

「従者になるのは一時的でいいのか?」

 俺は自由を愛するナイスガイ。誰も俺を縛れない。だがまあ期限付きならその限りでは無い。こちとら社会人、フリーエージェントの悲しき性、信条だけでは飯は食っていけないことくらい身に染みて知っている。

 故に妥協を知る男。

「はい、魂を地津神様にお返しするまでです。

 私も貴方とずっと一緒はご免ですし」

 小さい声で呟くように寧ろ声に出しているつもりは無いのかも知れないが、ぽろっと本音が零れてもいるぞ。

 ふわっと羽ばたく鳥のように広がった栗毛のセミロング、そこから赤いイヤリングが垣間見える。顔立ちは苛烈さが取れると陶器のような美の印象から少々幼さが残っているが将来美人になるのを期待させる蕾に変わる。胸は少し大きいが体付きからして女子高校生くらいか。

 潔癖症をこじらせそうな年頃、そもそもこんな山奥で合った怪しい男相手じゃこれでも寛大な処置かな。

 この年代の娘さんの父親のような扱いを受けるかも知れないが従者になるのが一時的というなら美味しいかも知れない。幸い秘宝は逃げない。その神事を堪能してからゆっくり探せばいいだけのこと。

 それに感じた御簾神を開ける美に出会える可能性もある。可能性がある以上答えは決まったな。

「分かりました。この私は今より貴方の従者となりましょう。

 ですので姫のお名前を教えて貰えないでしょうか?」

「そうね。

 私は葦・・・ あおいと呼びなさい。あなたは?」

 まだ警戒しているのか名字は教えて貰えないようだな。

「御簾神 カイ。美を求めるナイスガイさ」

 名乗ることを姫より許されたので俺の自己紹介にあからさまな溜息を付く。ちきしょう旅が終わる頃には俺の魅力にメロメロにしてやるぜ。

「では御簾神、私と一緒に地津神様に四魂をお返ししましょう」

「了解しました、姫様」

「馬鹿にしてます」

 あおいにキッと睨まれた。俺としてはちょっと戯けて親愛を深めたかったのがお気に召さなかったようだ。

「そんなことはないぜ。さあ張り切っていきましょう、あおい様」

「あおいでいいです」

「おいおいこれでも従者だぜ」

 流石に従者が主を呼び捨てはまずいだろ。

「仮だからいいです」

 あおいは素っ気なく言う。

 あんまり俺と関係を深めたくないのかな? まあいい。馴れ合うより緊張感があった方がいい美が生まれるかも知れない。

「連れない姫さんだ」

 俺とあおいは魂を地津神に還すため共に旅に出るのであった。

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