ポリコレ白雪姫

区隅 憲(クズミケン)

ポリコレ白雪姫

 むかしむかし、あるヨーロッパの国に、とても美しい女王様がおりました。

その女王様はうぬぼれが強く、嫉妬深く、自分よりも美しい者がいると、じっとしてはいられません。


 さて、そんな女王様ですが、ふしぎな鏡を自分の部屋に飾っておりました。

その鏡はどんな質問にも、嘘偽りなく正直に答える魔法の鏡だったのです。


 女王様は、いつものように鏡に問いかけます。


「鏡や鏡よ。この世界で一番美しい女は誰だい?」


 鏡は答えます。


「それは、森の奥の小さな家に住む、白雪姫でございます」


「何ですって!?」


 女王様は怒り狂います。

そんなことがあるものか! 私こそこの世で一番美しい女であるはずよ! と悔しがります。

ギリギリと歯ぎしりしながら、女王様は再び鏡に問いかけました。


「一体その女は誰なんだい? すぐに姿を見せておくれ!」


「はい、では鏡の中に映し出してご覧に入れましょう」


 そして鏡の中に一人の女性が映し出されました。


 その女性は黒いミディアムヘアであり、紫の唇であり、浅黒い肌をしたラテン系アメリカ人でした。うねった大蛇のように吊りあがった太い眉。落ち武者のように落ち窪んだ腫れぼったい瞳。踏みつぶされた蛾のように平べったいだんごっ鼻。


 顔面のパーツはブラックホールに吸いこまれたように中央に寄っており、頬骨はゴツゴツと浮かび上がって岩石のよう。

まるでそれは、深海に泳ぐフグのような面構えでした。


「何だこのブサイク!! 底意地の悪さがにじみ出てるじゃねぇか!!」


 女王様は素っ頓狂な声を上げます。


「これのどこが世界一の美女なんだよ! 〝白雪〟の要素がねぇじゃねぇか!! 明らかにネズミ―映画に出てくるヴィランだろ!!」


「いいえ、違います女王様。あなたの考えは前時代的です。この方こそ〝白雪姫〟を名乗るに相応しい美女でございます」


 鏡は諭すように反論します。


「今の時代は多様な価値観に富んでおります。鼻の高い、目がぱっちりとした白人だけが美人だと称賛されるのは時代遅れです。黒人には黒人の美しさがあり、彼女たちにもスポットライトを与えられるべきです。現にアメリカのミス・クイーンコンテストでは、100kgを超えるトランスジェンダーの黒人男性が優勝を果たしました」


「何で男が優勝するんだよ!? ここは20世紀初頭のヨーロッパだぞ! 今の外国の価値観を昔話にまで押し付けんじゃねぇ!!」 


 女王様は憤慨します。

けれど鏡はやれやれといった感じにため息をつきます。


「女王様、あなたはまだまだ目覚めてWOKEいないようですね。ならばもっと啓蒙せねばなりませぬ。白雪姫がどれだけ素晴らしいお方であるかご覧にいれましょう」


 鏡はそこで、白雪姫の暮らしぶりを映し出します。


「さぁよくご覧なさい。白雪姫の〝目覚めたWOKE〟姿を。彼女は7人の小人たちとともに新時代の人類のあるべき姿を体現しています」


 鏡の中には白雪姫を囲って、7人の小人たちが立っていました。鏡は順々に小人たちの人となりを紹介します。


一人目はヒスパニックの黒人男性。身元不明。不法滞在により強制送還された過去を持つ。

二人目はネイティブアメリカンの黒人男性。Youtuber。SNSでトラープ前大統領のディープフェイク画像を投稿しアカウントをバンされた。

三人目は北アメリカ出身の白人男性。トランスジェンダーで、体は男性だが心は女性。女風呂に入らせろと最高裁判所に訴え勝訴した。

四人目は南アメリカ出身の黒人男性。この中で唯一の小人症。二人の子供と妻がいたが、十六人の女性と不倫したことが発覚し離婚した。

五人目はヨーロッパ系の白人女性。警察官。自分をレズだと言われたことに激怒して、自閉症児を逮捕した経歴がある。

六人目はアフリカ系の黒人女性。活動家。日本のアニメを児童ポルノだという主張を繰り返していたが、12歳の少年に強制わいせつをして逮捕された。

七人目は銀河系のXジェンダー。宇宙人。こりん星から地球にやってきたと自称。現在精神病棟から脱走中。



「ロクデナシばっかじゃねぇか!!」


 女王様は気炎を上げて叫びました。


「いやおかしいだろ! ここはヨーロッパで白人が大多数を占めるのに、何で少数民族の黒人が半分以上も混じってんだよ! 原作映画は全員白人だっただろ! 世界観ぶち壊しにしてんじゃねぇ!」


「女王様、それは明らかに差別的な発言です。マイノリティだからといって物語に登場させないというのは、彼女らの存在を殺しているのも同然です。今は多様性の時代であり、マイノリティに配慮した作品が求められます。現に今のアカデミー賞では、女性や人種的マイノリティ、LBGTQ+、障害者が参加しない作品は賞の受賞資格が認められておりません」


「何で創作するのにいちいちマイノリティの顔色うかがわなきゃいけねぇんだよ! 表現の自由の侵害じゃねぇか! 自分が作品に出てこないからって、勝手に被害者ヅラすんじゃねぇ!!」


 女王様は猛々しく吠えます。

ですが鏡はそれに反比例してどんどん冷めた目をしていきます。


「まったく、女王様。あなたは何という目覚めWOKEの悪い方なのでしょう。もっと白雪姫のように多様な人種を受け入れる意識を持たなければなりません。引き続き白雪姫の〝目覚めたWOKE〟姿をご覧になりなさい」


 鏡は場面を切り替え、再び白雪姫を映し出します。

するとそこには、みずほらしい老婆がやってきました。


「ヒッヒッヒ、お嬢さん。このおいしいリンゴは要らんかね?」


「要らぬ!」


 白雪姫は勇ましく断ります。


「どうせそんなものは毒りんごに決まってるわ! 私は現代の女性であるから当然賢くて強いのよ! 女性が間抜けですぐ騙されるなんて、原作映画の描写は女性を侮辱してるとしか思えないわ! 私あの映画、二度と見たくないぐらい大嫌い!」


 白雪姫は飛びかかり、老婆を殴り飛ばします。

7人の小人たちも老婆を袋叩きにしました。


「や、やめてくれ、わかった。降参だ!」


 老婆は悲鳴を上げて白雪姫たちに訴えかけます。

やがて体からモクモクと紫の煙が湧き起こり、老婆にかけられた魔法が解けていきます。

するとなんとそこには、王子様が現れたのでした。


「僕は君に一目ぼれしてしまい、何としてでも君を手に入れたかったんだよ。だから老婆に化けて、食べたら眠ってしまう毒りんごを食べさせた後、君を城へ連れていくつもりだったんだ」


「まぁ! なんて気味の悪いストーカー男だこと! こんな時代遅れなラブストーリーしか頭にない男、映画に登場させる価値もないわ!」


 そして白雪姫は猟銃を構えると、王子様を射殺してしまいました。

7人の小人たちは王子様を山の上まで運んで行き、崖から突き落とすと、そのまま岩を落として王子様をぺちゃんこに潰してしまいました。

 

 こうして白雪姫は、悪い王子様をやっつけていつまでも幸せに暮らしましたとさ。



「ちょっと待てぃッ! 原作からかなり物語が変わってるぞ!」


 女王様はビシッと鏡に指を突きつけます。


「おい! 原作映画では白雪姫は毒りんごを食べて死んだように眠るはずだろ! それを王子様がキスして目覚めるっていう筋書きだったじゃねぇか! 何でキーパーソンの王子様を殺してるんだよ! ラブロマンスの欠片もねぇじゃねぇか!!」


 女王様は捲し立てて文句を言いますが、鏡はフルフルと首を振ります。


「女王様、あなたは女性に対する価値観をアップデートしなければなりません。一方的に男性から救われ、男性と恋愛して結婚することが、女性の唯一の幸せだと見做すのは時代遅れな考えです。今の時代の女性とは、真実の愛を夢見るのではなく、リーダーになることを目指すべきです。女性はもっと社会に進出して、女性の地位を向上させなければなりません」


「いや多様性が何だとか言っといて、女性の生き方は勝手に決めつけるのかよ!! そもそも原作が生まれた時代は、女性が男性と結婚するのが幸せだって価値観だったんだよ!! 現代の価値観を絶対視して、勝手に原作を改変してんじゃねぇ!」


 女王様はダンダンと足を踏み鳴らします。

しかしそんな激昂する女王様を、鏡は冷徹な視線で見やりました。


「はぁ、女王様。どうやらあなたの差別主義的な考えは全く目覚めWOKEないようですね。そんなに原作がお好きなら、望み通りにしてあげましょう」


 すると突然、部屋の中に召使いたちがやってきます。

一人の召使いが、火で真っ赤に焼けた鉄の靴を火ばしで持っておりました。

残りの召使いたちは、がっしりと女王様の体を拘束します。


「な、何のつもりだお前たち!」


「この世界に差別主義者は必要ないのですよ。我々ネズミ―が毎年映画を公開しても赤字ばかりなのは、差別主義者がまだまだ世に蔓延しているからです。世界中の人々はもっと我々の映画を観て、〝目覚めWOKE〟なければならないのです」


 女王様は靴を脱がされ、その足の前に焼けた靴が置かれます。


「さぁ、死ぬまで踊ってもらいましょうか? 『白雪姫』に低評価レビューを入れる前に。今や映画の売上は口コミが大事なのですよ。いい加減腐ったトマトどもを買収して、レビュー操作するのにも限界がありますから」


「ふ、ふざけるな! 過去の名作に泥を塗ったあげく、てめぇらの独りよがりな思想を押しつけんじゃねぇ!! エンタメ映画ってのは、政治的な主張を演説するためにあるんじゃない! 観客を楽しませるためにあるんだろ!」


 そして女王様は、焼けた靴を履かされます。


「ポリコレをやりたいなら、一からオリジナルのストーリーでやれやあぁぁぁぁッ!!」


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