第2話

 小西は席を立ち、窓から見える道を指さした。


→【別の回答を提示する】


「オレはあっちの道が良いです。いかにも日常みたいな、この道が」


 初夏の日差しの中で街路樹が気持ち良く葉を広げ、その下の歩道をスマフォを見ながら歩いている人々。すぐ横の車道では一定のスピードを保っている車の群れ。

 絶対的な秩序のもとで、人々が無防備に歩く光景は平和そのものであり、宮城原が選ばせようとする三枚のイラストより、ずっとずっといい気がしてくる。


「なるほど、なかなか参考になるよ」


 と、小西の返答に感心して見せる宮城原は、上機嫌に口を開いた。


「じつはこの三枚のイラストは、潜在的なおそれを表現しているんだ。道はこれまでの人生をあらわしており、一枚目は束縛と抑圧、二枚目は堅実と不安、三枚目は自己犠牲と虚栄。砂漠から果樹園まで、だんだん空が見えなくなっているのは視野の狭さ。砂漠、麦、果実は努力と財産の質。サソリ、カラス、ヘビは無意識に感じている恐怖をあらわしている。サソリは毒、間接的な脅威。カラスは監視、つまり世間体。蛇は精神――他者の裏切り」


 あの、教授。

 オレはヘビにそそのかされるより、首を締められる場面を想像したんだけど。


 余計なことを言いそうになりつつ、小西は「そうなんですか」と心にもないことを言う。


「それではこれで」


――ガシャヤアアアアアアっ!!!!


 小西が席を立とうとした瞬間に、耳をつんざく轟音と悲鳴が聞こえた。

 なにが起こったのか窓に近づくと、大型のトラックが道路から歩道へと飛び出して煙をあげながら停車している。

 なぎ倒された痛々しい街路樹。響き渡るクラクションと悲鳴。突如見舞われたアクシデントに、車も人々も無秩序に動きまわり、遠くからサイレンの音が聞こえてくる。


「う……っ」


 小西はすぐに、窓から離れなかったことを後悔した。

 煙をあげる車体の下から、赤い水たまりが、じわりじわりと広がっていく生々しい光景に、胃の奥が痙攣けいれんする。


「いやぁ、盲点だった。日常に潜む危険とリスク。交通事故とは、こんなにも突然に起こるものなのか。実際に体験しないと分からないものだな。歩道と車道、決して交わることのない二つの道が一つになるようなドラマ性。なるほど、これが君の潜在的恐怖かい?」


 そんなことを訊かれても、小西には答えられる状態ではない。

 顔を青くして首を横に振る小西に対して、宮城原は笑顔を消してため息をつくと、思いついたようにポケットをまさぐり始めた。


「えっと、あの、教授、なにを」

「ん? 貴重な研究資料になりそうだから、写真を撮ろうとしたのだが」


 携帯を構えて悪びれる様子もない宮城原に、恐怖と嫌悪感が限界を迎える。

 笑顔の失せた顔に、死んだ魚よりもくらい目が二つ。

 冷たい感触が背骨を走り、果てのない夜道に迷い込んだような、そんな恐怖……オレはどこで選択肢を間違えた?


「すいません、おいとまさせていただきます」

「そうか、確かに仕方がない。謝礼はまたこん……」


 言い終わらないうちに、小西は研究室を出た。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 その後、宮城原教授の講義でを選ぶ心理テストが出題された。 

 なかなか好評らしい話を聞いて、小西は思わず閉口へいこうする。

 まさかと思いつつも、宮城原ならば嬉々として事故現場の写真をもとに、四枚目のイラストを描いている姿が想像できた。


 イラストの世界観を崩さないように、トラックを馬車にして西洋風の街並みに描き変えながら、惨劇ぎりぎりの日常風景を描写して、最初から存在したかのように三枚のイラストに紛れ込ませる。


「……」


 小西は考えただけで、気分が悪くなってきた。

 宮城原は天のような高見たかみではなく、も差さない奈落の底から、なにも知らない生徒たちの様子を観察し、腹の底から反応を楽しんでいるのだ。

 関わっただけで、日常が非日常に変質する存在。

 自分の恐怖を形にするならば、宮城原のような形になるのだろうと、小西は考える。


「心理テストかぁ。面白そうだから、来年は宮城原の講義も受けようかな」

「……そうだね」


 廊下を歩く学友たち。

 友人たちの隣を歩く小西は、自分が今、友人たちとは違う道を歩いているような気がして、軽い眩暈を感じた。

 まるで車体の下から流れ出している赤い血を、友人たちが笑って踏みつけているような、そんな後味の悪さを覚えながら。


「杉田教授、次回やる講義のリハーサルをしたいのですが、小西君をうちの研究室に呼んでくれませんか?」


BAD END

【コニシショウハ、ニゲミチヲウシナッタ】


【了】

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心理テスト【道】 たってぃ/増森海晶 @taxtutexi

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