邂逅

 数日後、ローザリンデとルートヴィヒはオルデンブルク公爵家の王都の屋敷タウンハウスに行くことになった。夜会に出ることになったのだ。

「あらー、ローザさん、やっぱりそのドレスよくお似合いよ。貴女の為だけの特別な品って感じがするわ。仕立ててもらって正解だったわね」

 ローザリンデを褒めるのは、ルートヴィヒの母ブリギッテ。明るい笑みを浮かべている。美しく人懐っこい顔立ちで、ルートヴィヒとはあまり似ていない。

「あ、ありがとうございます、殿下」

「もう、ローザさん、確かにわたくしは今の国王陛下の妹で王女だったわ。だけど今は臣籍降下したのよ。殿下呼びは堅苦しくて嫌だわ。お義母かあ様と呼んでちょうだい」

 星の光に染まったようなアッシュブロンドの髪に、サファイアのような青い目。ブリギッテの髪と目の色は王族の特徴がはっきりと現れていた。

「は、はい……お義母様」

 ローザリンデは恐る恐るブリギッテのことをそう呼んだ。

「ローザさん、なんて可愛いのかしら。そうだ、明日のお昼は時間あるかしら? 2人でお茶会しましょう。わたくし、夢だったの。娘と2人でお茶会をすることが。ほら、オルデンブルク家には息子しかいないでしょう」

 キラキラと溌剌とした笑みのブリギッテ。ローザリンデとブリギッテの関係は良好のようだ。ブリギッテは、嫁と姑というより友達感覚でローザリンデに接している。

「母上、あまりガツガツし過ぎたら義姉あね上に引かれてしまいますよ」

 そう苦笑するのは、ルートヴィヒの弟タンクレート。黒褐色の髪にタンザナイトのような紫の目。そしてブリギッテに似た美しく人懐っこい顔立ちである。

「あ、いえ……わたくしは大丈夫でございますから」

 ローザリンデは少し申し訳なさそうに柔らかく微笑む。

 その時、扉がノックされて開く。

 入って来たのはルートヴィヒの父ゲーアハルト。黒褐色の髪にタンザナイトのような紫の目で、美形ではあるが目つきが悪い。ルートヴィヒは父親に似たようだ。

「あら、ゲーアハルト様もご準備が出来ていたのね」

 ブリギッテが明るく笑う。

「あ、ああ」

 ぎこちなく頷くゲーアハルト。

 その時、ゲーアハルトが着けていたサファイアのカフスボタンが外れてコロコロとローザリンデの足元に転がった。

「あの、どうぞ」

 ローザリンデはカフスボタンを拾い、ゲーアハルトに渡す。

「……どうも」

 ゲーアハルトはぶっきらぼうに受け取った。

「もう、ゲーアハルト様は本当に女性が苦手なのね。もうローザさんとは家族なのだからいい加減慣れたらいかが? ローザさんもゲーアハルト様がこんな様子だとやりにくいでしょう?」

 ブリギッテは呆れたようにため息をつく。ゲーアハルトは何も言えなくなっていた。

「お義母様、わたくしは大丈夫でございます。気にしておりませんわ。お気遣いありがとうございます」

 ローザリンデは柔らかく微笑んだ。

「まあ、ローザさん、何ていい子なのかしら。もうゲーアハルト様のことは知らないわ。ローザさんとのお茶会ではゲーアハルト様の悪口をたくさん言いましょう」

「お、おい」

 悪戯っぽく微笑むブリギッテに困った表情のゲーアハルトだった。

「義姉上、もし母上が鬱陶しかったり兄上が頼りなかったりしたら遠慮なく僕に相談してくださいね。僕がどこかの家に婿入りするまでは力になりますので」

 タンクレートが穏やかに微笑む。

「お気遣いありがとうございます」

 ローザリンデも柔らかく微笑んだ。

(旦那様とは白い結婚でお飾りの妻だけれど、お義母様やタンクレート様にはここまでよくしていただいているので不満はございませんわ。公爵閣下とはあまりお話ししたことはありませんが)

 その時、再び扉がノックされた。ルートヴィヒである。

「あら、ルートヴィヒも準備が終わっていたのね。そうだ、ルートヴィヒ、ローザさんのドレス、どうかしら?」

 ブリギッテは楽しそうにローザリンデをルートヴィヒの前に連れて来た。

 ルートヴィヒは相変わらず不機嫌そうな表情だ。しかしローザリンデの姿を見て頬をりんごのように赤く染めて固まっていた。

「ルートヴィヒ、ローザさんに何か言うことはないのかしら?」

 中々何も言わないルートヴィヒに痺れを切らすブリギッテ。

(お義母様、旦那様はエーベルシュタイン女男爵閣下を愛していらっしゃるので、わたくしに何か言う必要はございませんが……)

 ローザリンデは少し困ったように微笑んだ。

「無理だ」

 ルートヴィヒはそう言い、出て行ってしまった。

(……そうでしょうね。わたくしはエーベルシュタイン女男爵閣下ではございませんもの)

 ローザリンデは少し寂しくなった。

「全く、ルートヴィヒったら……」

「母上、仕方ないですよ」

 呆れるブリギッテと苦笑するタンクレート。

「ローザさん、ルートヴィヒがごめんなさいね」

「お気になさらないでください。わたくしは大丈夫です。慣れておりますから」

 ローザリンデはふわりと微笑む。アンバーの目にはほんのり寂しさが感じられた。

「本当にルートヴィヒは……」

「本当に兄上は……」

 ブリギッテとタンクレートは呆れて長大息ちょうたいそくを漏らしていた。






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 この日はローザリンデにとって結婚後初めての夜会である。ルートヴィヒは相変わらず目つきが悪く不機嫌そうに見えるが、ローザリンデの歩幅に合わせてエスコートしてくれていた。

 主催者に挨拶をした後は、ルートヴィヒとダンスをする。以前のように緊張することは減っていた。そしてその後は仕事関連の話をするルートヴィヒの補佐をしていた。

 その時のことだ。ローザリンデは自分達の元へ近付いてくる女性に気付いた。

(あのお方は……!)

 ハッとアンバーの目を見開くローザリンデ。

 波打つように艶やかな栗毛色の髪にジェードのような緑の目の、大人びて凜とした美人である。

 男性同士で仕事の話をするルートヴィヒは彼女の存在にまだ気付いていない。

 女性はローザリンデの前まで来ると、カーテシーで礼をる。

「……楽になさってください」

 ローザリンデはおずおずと声をかけた。少し固い声である。

「ありがとうございます。エーベルシュタイン男爵家当主、ハイデマリー・フェーベ・フォン・エーベルシュタインと申します」

 ニコリと妖艶な笑みを浮かべるハイデマリーだった。

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