歩み寄り

「ルートヴィヒ、貴方はようやく女性をエスコートすることを覚えたのでございますわね」

 明るく溌剌とした笑みを浮かべているのは、ガーメニー王国の王太女。ザビーネ・ヴァネサ・フォン・ホーエンツォレルンである。ホーエンツォレルン王家の特徴である、星の光に染まったようなアッシュブロンドの髪にサファイアのような青い目を持っている。彼女はルートヴィヒより1つ年上、つまりローザリンデより3つ年上である。

 ローザリンデとルートヴィヒは本日の主役であるザビーネに挨拶に行くと、ザビーネにそう言われたのだ。ちなみにザビーネの隣には、彼女の夫であるアルノルト・エーリヒ・フォン・ホーエンツォレルンがいる。彼はガーメニー王国の隣に位置するアトゥサリ王国の王家から婿入りした。

 ルートヴィヒはザビーネの言葉に対して黙り込む。

「ザビーネ様、あまり貴女の従弟君いとこぎみを虐めないであげてくださいね。彼はザビーネ様の感覚についていけていませんよ」

 アルノルトは困ったように微笑んでいる。

「虐めてはおりませんわよ。それに、わたくしは元々こういう性格でしてよ」

 ザビーネは苦笑し、今度はローザリンデに目を向ける。ローザリンデは王太女であるザビーネと初めて話すので、少し緊張していた。

「貴女はランツベルク辺境伯家のローザリンデと仰いましたわね。ルートヴィヒはいかがでございましょうか? 彼、目つきはとても悪いですが、悪人ではないということだけはわたくしからも言っておきますわ」

 明るく楽しそうに微笑むザビーネ。

「はい。オルデンブルク卿は……わたくしの歩幅に合わせて歩いて下さっておりますので、恐れながらわたくしも王太女殿下と同じ意見でございます。優しいお心をお持ちなのだと存じました」

 緊張でほんの少し固い笑みのローザリンデ。その隣で、ルートヴィヒはタンザナイトの目を見開く。心なしかタンザナイトの目がキラキラと輝いているように見えた。

 ザビーネはルートヴィヒの様子を見て面白そうに、楽しそうに笑う。そしてローザリンデに目を向ける。

「左様でございますか。ではローザリンデ、ルートヴィヒのことをよろしくお願いしますわ」

 ザビーネは意味ありげな笑みであった。

 王太女ザビーネへの挨拶を終えたローザリンデは緊張から解放され、ふうっと肩の力を抜いた。

(そういえば、先程の王太女殿下のお言葉、どういう意味だったのでしょう?)

 チラリとルートヴィヒを見ると、彼は疲労困憊と言うかのような表情である。

(王太女殿下はとても明るいお方ですから、普段……無口で落ち着いていらっしゃるオルデンブルク卿とは相性が悪いのかもしれませんわね)

 ローザリンデはルートヴィヒがザビーネを苦手とする理由が何となく分かった。

 その時、ローザリンデとルートヴィヒの元に近づいて来る男性がいた。

(あのお方は、フェルデンツ伯爵家のご長男、ハーラルト様でございますわ)

 ローザリンデは彼の顔を見てすぐに思い出す。しかし、ルートヴィヒは誰なのか分かっていないようだった。

「オルデンブルク卿、フェルデンツ伯爵家ご長男、ハーラルト・カスパル・フォン・フェルデンツ様でございます」

 ローザリンデはルートヴィヒにコソッと教える。

「そうか……」

「出過ぎた真似でございましたら申し訳ございません」

 ほんの少し不安になるローザリンデ。しかし、ルートヴィヒは気にした様子ではなかった。

「いや、感謝する。君は……フェルデンツ卿と会ったことがあるのか?」

「いいえ、初対面でございます」

「それなのに顔と名前が一致するのか?」

「はい。……恐れながら、ガーメニー王国内の王族、貴族の方々のお名前と顔は把握しているので」

 ローザリンデは控えめに微笑んだ。

「全員……! ……それは凄いな」

 ルートヴィヒはタンザナイトの目を見開いて驚愕していた。

(オルデンブルク卿が……わたくしを誉めてくださいました……)

 ローザリンデの胸の中に、じんわりと温かいものが広がった。そしてローザリンデのことを大切に思ってくれている家族の顔が脳裏に浮かぶ。

(わたくしは、自信を持っていいのですよね?)

 ほんの少し、力が湧くローザリンデ。

「お褒めのお言葉、光栄でございます」

 ローザリンデは柔らかな笑みを浮かべた。ルートヴィヒはハッとタンザナイトの目を見開き、ほんのり頬を染めてローザリンデを見ていたが、当のローザリンデはそれに気付いていなかった。

「それと……また出過ぎた真似かもしれませんが、よろしいでしょうか?」

 ローザリンデはほんのり不安そうである。

「構わず言ってくれ」

「フェルデンツ伯爵領は、北部への交通の要衝地でございます。フェルデンツ伯爵家と友誼を結ぶことが出来たのなら、通行税を特別に優遇していただけるかと存じます。そうなりましたら、例えばオルデンブルク公爵領名産のりんごを、北部の国境と接するマイゼン辺境伯に運ぶ際、フェルデンツ伯爵領経由にいたしますと通行税が安くなり、費用を抑えることが出来るかと存じます」

 控えめな声でローザリンデはそう提案した。ルートヴィヒは感心したような表情になる。

「なるほど、その視点はなかった。君は新しいことに気づかせてくれる」

 ほんの少し、ルートヴィヒの口角が上がったように見えた。

(あ……オルデンブルク卿、今少し笑いました……?)

 ローザリンデの胸の中に、再びじんわりと温かいものが広がった。いつも不機嫌そうで何を考えているかルートヴィヒに歩み寄る為にオルデンブルク領のことを色々と勉強した甲斐があったのだ。ローザリンデは少し報われたような気持ちになった。

 その後、ルートヴィヒはハーラルトと会話し、話は上手くまとまった。

「君のお陰で上手くいった。ありがとう、感謝する」

 ルートヴィヒのタンザナイトの目は、真っ直ぐローザリンデのアンバーの目を見ていた。

「お役に立つことが出来て光栄でございます」

 ローザリンデはアンバーの目を嬉しそうに細めた。

(お仕事関連のことなら、オルデンブルク卿と会話が出来るようになりましたわ)

 ローザリンデは達成感に満ちていた。






−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−






 ある時の夜会にて。

 この時もローザリンデはルートヴィヒにエスコートされていた。

 丁度その時、ルートヴィヒが別の女性からダンスに誘われるが、それらを全て断っていた。

「オルデンブルク卿、他の女性とダンスをなさらないのですか?」

 ローザリンデはおずおずと聞いてみる。

「ああ、それだと危ないから駄目だ」

 ぶっきらぼうに答えるルートヴィヒ。

(危ない? 何が危ないのでしょう?)

 ローザリンデはポカンとしていた。

(お仕事のお話は出来ますが、やはりオルデンブルク卿は少し掴みどころがないお方ですわね)

 その時、ノンアルコールのりんごのスパークリングカクテルを配っている使用人を見つけたローザリンデ。初めてルートヴィヒにエスコートされた夜会で、彼がそれを飲んでいたことを思い出したのだ。

「とりあえず、飲み物を貰いに行きませんか? あちらにりんごのノンアルコールスパークリングカクテルがございます。オルデンブルク卿はあのカクテルがお好きでしたよね?」

 控えめに提案するローザリンデ。すると、ルートヴィヒはタンザナイトの目を見開く。

「君は……俺の好物も知っているのか」

「えっと、以前お飲みになられていたのを見たことがございますので」

「そうか……。では貰いに行こう」

 ルートヴィヒはりんごのノンアルコールスパークリングカクテルを貰いに行く。その時も、ローザリンデの歩幅に合わせてくれていた。

(やはりオルデンブルク卿はりんごがお好きなのですね。オルデンブルク領がりんごの産地だからでしょうか)

 カクテルを貰い、ローザリンデは1口飲む。りんごの甘さが口の中に広がり、シュワシュワと炭酸が弾ける。

「あの、オルデンブルク卿は何故なぜわたくしをエスコートしてくださるのでしょうか?」

 ローザリンデはずっと疑問に思っていたことをルートヴィヒに聞いてみた。

 するとルートヴィヒは固まり、顔を真っ赤に染める。もちろん、飲み物はノンアルコールなので酔ったわけではない。

 少しの間沈黙が流れる。

(聞いてはいけなかったのでしょうか?)

 ローザリンデは少し不安になった。

 その時、ルートヴィヒが沈黙を破る。

「俺には……愛する人がいる」

 ルートヴィヒの声は少し掠れていた。顔はまだ赤く、タンザナイトの目の瞬きの回数が増えている。ルートヴィヒはゆっくりとローザリンデを見つめる。

(ああ、やはりオルデンブルク卿はエーベルシュタイン女男爵閣下を愛していらっしゃるのですね。……貴族の結婚は家同士の繋がりを強化する政略的なもの。そして上級貴族と下級貴族の結婚は認められないし、エーベルシュタイン女男爵閣下はもうご結婚なさっている。つまり、私わたくしをお飾りの妻になさるおつもりなのですね。辺境伯家は上級貴族ですし、オルデンブルク公爵家もランツベルク辺境伯家と繋がりを持つことで旨みが得られると)

 ローザリンデはそう理解した。

(わたくしは、ユリウスお兄様やシルヴィアお姉様、そして弟妹達と比べると優秀ではありません。ですが、わたくしなりにオルデンブルク公爵家が関わるお仕事についてなどは勉強いたしました。オルデンブルク卿とも、お仕事のお話なら出来ておりますわ)

 ローザリンデは覚悟を決めて柔らかな笑みを浮かべる。

「承知いたしました。ではわたくしは、オルデンブルク卿やオルデンブルク公爵家に恥をかかせないよう精進いたします」

 するとルートヴィヒはタンザナイトの目を輝かせる。

「本当……なのか?」

「ええ」

 ローザリンデは頷く。

(オルデンブルク卿はエーベルシュタイン女男爵閣下を愛していらっしゃいます。もし密かにお2人の間に子供がお生まれになれば、オルデンブルク公爵家の後継ぎとして迎え入れましょう。その時は、夫であるエーベルシュタイン男爵配閣下や周囲への言い訳も考えないといけませんわね。それに、ランツベルク家としても、筆頭公爵家であるオルデンブルク家と繋がりを持てるのはいいことでございますわ。ランツベルク家のお役に立てるのなら、喜んでお飾りの妻になりますわ)

 ローザリンデのアンバーの目からは強い覚悟が感じられた。

 こうして、オルデンブルク公爵家とランツベルク辺境伯家の縁談がまとまり、ローザリンデとルートヴィヒの婚約が大々的に発表されるのであった。

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