プレゼントと意外な一面

 ビスマルク侯爵家の夜会でのこともあり、ルートヴィヒはもう自分をエスコートしないだろうと思っていたローザリンデ。しかしその予想は外れ、次の夜会もローザリンデにエスコート申し出たルートヴィヒ。

(上手く話せませんし、ダンスも失敗してしまったわたくしをまたエスコートしてくださるなんて……)

 ローザリンデは驚いていた。

(オルデンブルク卿は、少し変わったお方ですわね。お飾りの妻をお探しなのだとしても、もっと有能なお方がいらっしゃると思いますが。わたくしなんかよりも)

 そこでローザリンデはユリウスとティアナや両親から言われたことを思い出す。

『ローザリンデ? それ以上自分を卑下するのは、君のことを大切に想っている人達に対して失礼に当たるよ』

『お義母かあ様の仰る通りですわ。ローザリンデ様は聞き上手ですし、他の方々の顔と名前をすぐに覚えていらっしゃるではございませんか。1度覚えたことは決して忘れませんし』

『ローザ、ローザリンデ。これだけは覚えておいて。私はどんな貴女でも愛しているわ。貴女はそのままで十分じゅうぶん素敵よ。ユリウス達と比べる必要はないわ。お願いローザ、自分で自分に呪いをかけないでちょうだい』

『不安になってもそうやって前を向くことが出来る。それがローザリンデの美点だね』

(先日のビスマルク侯爵家の夜会では、オルデンブルク卿はお仕事関連のお話なら普通に会話が出来ておりましたわ。オルデンブルク領のことを調べたら、上手く会話が出来るかもしれません。わたくしが今出来ることをやりましょう)

 ローザリンデは切り替えて少し前向きになり、オルデンブルク領のことを調べ始めた。







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「ローザリンデお嬢様、少し根を詰め過ぎでございますよ」

 ローザリンデは侍女フィーネの言葉にハッとする。オルデンブルク公爵領のことを調べていたら、いつの間にか結構時間が経っていたのだ。高かった日も、傾き始めている。

「もうすぐご夕食のお時間でございます。そろそろ切り上げたらいかがでしょうか」

「ええ、そういたしますわ。ありがとう、フィーネ」

 ローザリンデは柔らかく微笑み、本や資料をテーブルに置く。

「それとお嬢様、オルデンブルク公爵家のルートヴィヒ様からプレゼントが届いております」

 フィーネはローザリンデに丁寧にラッピングされた小箱を渡す。

「オルデンブルク卿から……」

 ローザリンデが小箱を開けてみると、中にはネックレスと髪飾りとブローチが入っていた。いずれもタンザナイトが埋め込まれている。『次の夜会用に』と一言だけメッセージも付けられていた。

 ローザリンデはきょとんとしている。

「次の夜会……王太女殿下の誕生祭でこれらを身に着けよということでしょうか?」

「左様でございましょうね」

 フィーネはふふっと微笑む。

「さあ、お嬢様、ご夕食へ参りましょう」

 ローザリンデはフィーネの言葉に頷き、ダイニングへ向かった。

「遅くなり申し訳ございません」

 ダイニングには既にパトリック、エマ、ユリウス、ティアナ、シルヴィアが揃っていた。

「大丈夫だよ、ローザリンデ」

「私達も今来たところよ」

 パトリックとエマが優しげに微笑む。

 ローザリンデが席に着いたところで、夕食が運ばれて来る。

「そうだ、先程ラファエルから手紙が届いたよ」

 パトリックがそう切り出すと、皆興味深々な様子になる。

「あら、一体何の便りかしら?」

 ふふっと微笑むエマ。

「ラファエルお兄様、もしかしてザーラお義姉ねえ様……向こうの発音ではサラお義姉様でしたわね。サラお義姉様と何かありましたのかしら?」

 シルヴィアは悪戯っぽく微笑んでいる。

「父上のその様子だと、いい知らせみたいですね」

「ラファエル様なら、ナルフェック王国どころかどんな場所でも上手く立ち回っていると存じますわ」

 ユリウスとティアナは微笑みながらスープに手をつける。

「お父様、ラファエルお兄様に何がございましたの?」

 ローザリンデも気になっている。

「ああ、手紙によると、ラファエルとサラさんの間に2人目の子供が生まれたそうだ。今度は女の子らしい。写真も届いているから、後でみんなに見せるよ」

 パトリックは明るく笑い、スープを口にした。

「あら、女の子なのね。早くその写真を見たいわ。ラファエルとサラさんにお祝いの手紙を書かないと」

 嬉しそうに太陽のような明るい笑みを浮かべるエマ。

「まだ領地にいるイグナーツ達にも教えた方がいいかもしれませんね」

 ローザリンデも、まるで自分のことのように嬉しそうである。

「ローザリンデの言う通りですわ。クラリッサなんて、ラファエルお兄様がナルフェックから一時帰国した際にとても懐いておりましたし、このことを知ったら喜んでナルフェックに行きたがりそうですわ」

 ふふっと微笑むシルヴィア。

 まだ社交界デビューしていない弟妹達はこの場にいないが、ランツベルク家の晩餐は賑やかであった。






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 数日後。

 この日は王太女ザビーネ・ヴァネサ・フォン・ホーエンツォレルンの誕生祭である。

 ガーメニー王国は、現国王ルーカス即位前までは王位継承権は男性しか持たなかった。しかし、ルーカスが即位した後は女性も王位継承権を持てるよう制度を変えた。そして国王ルーカスと王妃イレーネの間に生まれた第1子はザビーネだ。よって、ザビーネはガーメニー王国初の女王となる予定である。

「お待たせいたしました、オルデンブルク卿」

 ローザリンデはルートヴィヒからプレゼントされたネックレス、髪飾り、ブローチを身に着けている。

 ルートヴィヒはローザリンデの姿を見てタンザナイトの目を見開き、頬を赤く染めていた。しかし、ローザリンデはそれに全く気が付かない。

 ちなみに、ルートヴィヒはまた琥珀のカフスボタンと同じ色のタイを身に着けていた。

「あの……オルデンブルク卿? どうかなさいました?」

 何の反応もなく、固まっていたルートヴィヒに恐る恐る声をかけるローザリンデ。

「……何でもない。では参ろう」

 ルートヴィヒはハッとし、再び素っ気なくそう言うのであった。

 王宮に到着し、ローザリンデをエスコートするルートヴィヒは相変わらず目つきが悪く、不機嫌そうな表情だ。しかし、時々ローザリンデの方をチラリと見てゆっくり歩いている。

(……オルデンブルク卿、わたくしの歩幅に合わせてくださっているのね)

 ローザリンデの胸の中には、ほんのり温かく不思議な気持ちが広がった。

「オルデンブルク卿のお母様、オルデンブルク公爵夫人は国王陛下の妹君……ブリギッテ王女殿下でございますから、オルデンブルク卿は、王太女殿下とは従姉弟いとこなのでございますね」

「その通りだ」

 ぶっきらぼうな返事である。

「では、オルデンブルク卿は王太女殿下とはよく交流なさるのでしょうか?」

「恐らく他の貴族よりは多いと思うが……王太女殿下は少し苦手だ」

 少し気まずそうな表情のルートヴィヒ。

「左様でございますか」

 ローザリンデは少し意外そうな表情になった。

(オルデンブルク卿は王太女殿下が苦手……。初めてオルデンブルク卿のことを知りましたわ。……ここからオルデンブルク卿に歩み寄ることは出来るのでしょうか?)

 ローザリンデはチラリとルートヴィヒの横顔を見る。

 相変わらず目つきが悪く不機嫌そうな表情であった。

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