勇者探偵

「勇者で探偵……?

 その、言っている意味がよく分からないのですが……?」


 渡された名刺……。

 よく見れば、職業(?)と名前の他には、電話番号も住所もURLも記載されてないそれを見ながら、首をかしげる。


「勇者と聞いて、思い浮かべるイメージそのままで大丈夫ですよ。

 剣と魔法で戦い、邪悪な魔王を討ち滅ぼす……。

 私はつい数年前まで、そんなコンピュータRPGの主人公みたいな存在でした」


「……はあ?」


 この人、頭がおかしいんじゃないかしら?

 そんなことを考えながら、曖昧な……そう、実に曖昧な相槌を打つ。

 剣? 魔法?

 数年前ならば、令和の範囲内か、直前だろう。

 一体、何を言っているのか……?

 魔法なんていうものが存在しないのは当然として、この世には銃刀法というものがある。

 よしんば、本当にそんなものを振り回していたのだとしたら、あっという間に刑務所行きだ。


「ああ、失礼ながら、今、現代の日本で長物を振り回す私の姿を想像したでしょう?

 残念ながら、そうではありません。

 私ね。異世界に召喚されてたんですよ。

 高校生の時のことです。

 で、そこで勇者として異世界を救い、こちらへと帰還してきた。

 ほら? 最近はネット小説でもそういったものが多いでしょう?

 まさに、あれらの主人公と似たような目に遭っていたのです。

 いやあ、ああいうのを読むと、他人事とは思えません。

 もっとも、私は好き放題にできる力を得て、傍若無人に振る舞っていたわけではありませんがね」


「はあ……」


 大仰な身振り手振りを加えながらの言葉に、またしても曖昧な相槌を打った。


(やっぱり、頭がおかしい人だ……)


 そう思わざるを得ない。

 日本ならざる世界へ行ってきたなどと言われ、誰が信用するというのだろうか。

 洋子はネット小説というのも読んだことがないし、これは、フィクションと現実とを混同している一番危ないタイプの人間だとしか思えなかった。


 今がもし、他の場面であったならば、洋子は直ちに会話を打ち切り、距離を置くことだろう。

 が、ここは、雨によって閉ざされた山小屋の中という閉鎖空間だ。

 距離を置くこともできず、会話を打ち切る方策も見当たらない。

 ひとまず、室内の片隅に安置された死体から、意識を背けさせることに集中するべきだろう。


「べ、別の世界を救ったですか……。

 何というか、大変だったんですね」


「ええ、実に大変でしたとも。

 特に、魔法の習得と制御!

 何しろ、こちらの世界には存在しない概念でしたから……」


 そこまで言うと、青年――田中勇が何やら天井を仰ぎ見る。

 いや、これはその先……空に意識を向けているのだろうか。


「ですが、何事もやってみるもの。

 今となっては、いくつもの魔法が使えるようになりました。

 一番得意なのは、雷を呼び出す魔法でしてね。

 実を言うと、この雨も、その応用で私が降らしたものなんですよ」


「へ、へえ……」


 もし、それが本当だとしたら、何て迷惑なことをしでかす男だろう。

 が、狂人のたわ言に付き合う洋子ではない。

 とはいえ、この男と会話する以外にすべきこともないのだ。

 ここは一つ、話を合わせてやろう。


「そんな特別な力があるんなら、色んなことができそうですね。

 例えば、こう……紛争を終わらせたりだとか」


 洋子がそう言うと、田中は少しだけ寂しそうな顔となった。

 これは、心から何かを悼んでいる表情……。

 あるいは、自分の無力さを嘆いている顔だ。


「こちら側へ帰還し、戸籍も何も無い……まっさらな人間となった時、そのような生き方も考えはしました。

 が、考えただけで、結局、実行に移すことはありませんでしたね。

 考えてもみて下さい。

 戦車を簡単に叩き潰し、天候も操り、世界中のどんな場所にでも、一瞬で移動できる……。

 こんなのは、もう人間じゃありませんよ。

 人間同士の争い事に、関わっていい存在じゃない。

 私は、勇者となった代わりに、当たり前の人間でいることができなくなってしまったのです」


「はあ……」


 よくもまあ、思い込みの力だけで、ここまで哀愁たっぷりに語れるものである。

 この田中という青年は、あらゆる意味で、洋子の想像を逸脱していた。


「そこで、私は思ったのです。

 探偵になろうと」


「探偵に、ですか?」


 当然のように、論理を飛躍して放たれる言葉。

 それに、ひとまずはそう尋ねる。

 すると、田中は額に指を当てながら、自分の考えを語り始めたのであった。


「そう、探偵です。

 世を守るヒーローなどというものには、どうやらなれそうもない。

 かといって、与えられた力、得た力を世のために役立てないのは、あまりに無責任。

 両者の折中が、探偵というわけです」


 そこまで言うと、田中がちらりと視線をずらす。

 その先にあったのは、毛布の塊……。

 自分が死に追いやった男の死体だ。


「世の中には、司法や警察の手が届かない事件も数多い。

 そこに介入し、勇者として、探偵として、己の力を振るう……。

 それが、この――勇者探偵田中勇の天命であると、そう心得ています」


 ――事件。


 その言葉に、心臓がどくんと鳴る。

 たった今、この青年が口にしたその言葉……。

 そこに秘められたニュアンスは……。


「今日、ここに来たのも、まさしくそういった事件を嗅ぎつけてのことです。

 いや、はや……恐ろしいことです。

 この仏さん、誰かの手で殺されていますよ」


「殺人事件……ということですか?」


 声が震えないよう……。

 態度に動揺が出ないよう注意しながら、言葉を絞り出す。

 すると、田中は確信に満ちた表情でうなずいたのであった。


「はい、間違いありません。

 私、その犯人を必ず見つけ出します」


 本来なら、誰の目に触れるはずもない死体を見つけ出し、ここまで運んできた男……。

 勇者探偵を名乗る男が、決然と言い放つ。

 ポケットに入れたスマートフォンが、ずしりと重さを増した気がした。

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