吸血鬼な彼女と、彼氏(餌)の僕。

第1話 ご飯の時間です

 ブツッ――と、皮と肉を突き破る音が首筋を這って右耳に届いた。


 白いが左首筋に深く刺さる。

 えぐり押し広げられた肉から鋭い痛みが脳へと伝わると同時に、傷口からじくじくとした熱が広がった。

 

「うっ……」


 出来る限り声は抑えても、くぐもった音だけは口に端から漏れ出た。最初の数秒さえ凌げば感覚は段々と麻痺してくるはずだ。曰く、噛んだ時に出る分泌液には、蚊と似た様な作用があるらしい。数秒さえ堪えてしまえば熱っぽさと何かが首筋に刺さっている異物感だけが残る。


 どちらにしろ、いつも首に感じる熱よりも身体中が熱くなって痛みなど気にならなくなる。身体中の血が巡り巡って、首筋に集まっているからだろうか。肉体の道理とも、意志とも関係なく上がる体温に僕は高揚感すら覚えそうだ。

 

 時折、ゴクリと喉を鳴らしてが、より僕の身体を熱くしている様でならない。

 だから――という訳ではないのだけど。なんとなく、僕は膝の上に乗っているの背に手をまわした。何かにしがみついていたかっただけで、衝動に近い。女の子特有の細い身体付きは腕の中ですっぽりと収まりよく、抱き心地は最高だ。


 彼女も彼女で、僕の上に跨って僕をしっかりと腕で締め付けて……いや、押さえつけていると言った方が良いか。

 左手はシャツの襟を広げつつも僕の右腕に絡みつき、右手はさりげなく僕の頭を押さえている。時々、彼女の余裕の素振りなのか、指先がこちょこちょと動いて僕の耳や覗く肌を撫ぜた。

 

 楽しそうな彼女。余裕はあまり無いけど、僕も仕返しがしたくなった。

 背に回していただけの腕に力を入れる。身体がより密着した気がして、またも体温が上がった様な気がする。

 普段の彼女は体温が低い方だが、今は興奮状態だからか、カイロの様にぬくぬくになった体温を奪うように更に抱きすくめた。

 

 女の子特有の細い腰。

 ほどほどにある胸の膨らみ。

 さらりと指通りの良い髪。


 彼女の匂いに包まれた僕は――事実なんて頭の中から消えて、ただ彼女の温もりを堪能していた。


「はぁ……」


 と、首筋にあった圧迫感が消えたと同時、彼女から高揚感に満ちた甘い息が漏れた。満ち足りて、今にも鼻歌を歌いそうな……そんな上機嫌な声は、僕の耳をくすぐってやまない。

 漸く彼女は絡ませていた腕を解いた。しなだれ掛けていた上体を起こして、真正面から仄かに光る青い瞳が僕を見据える。獲物を狙っているそれと変わらない視線は、移り気に今穴を開けたばかりのそこへと注がれて、細い指が傷の周りを優しく撫でた。


「もっと欲しい」


 血で赤く染まった唇から出る甘い声色。うっすらと開いた唇の隙間からは、鋭い牙がこちらの様子を伺って――餌の続きを待っているのだ。

 態と甘く囁いて、おねだりする姿。普通の女の子とは違い、甘くも鋭さのある雰囲気に慣れた思考は自分の不調を鑑みるだけだった。

 まあ、まだいけそうかな……程度に。

 

「……うん、大丈夫」


 多分、だけれども。

 僕の返答に満足した彼女は再び僕に絡みついて、指の腹で首筋をくすぐる。場所を探る為なのか、僕の肌を撫でている様で、脈打っている血管を確認しているのだろう。

 今度は、もう少し上――より、僕の耳に近い場所。


 餌を求めた彼女は、指で定めた場所を突いて――がぶり。

 躊躇なく、僕の首筋に齧り付いた。

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