私だけのホンモノ

 シロウもアオバも、私も、なにが起きたのかがわからない。


「……姉さん?」


 シロウが、アカネを呼ぶ。たおれているアカネは、ピクリとも動かない。


「冗談じゃネェ!」


 その場で固まっていると、私のうしろからしゃがれた声が飛んでくる。


「リドリィ?」


 おしゃべりな渡り鳥のリドリィが、笑っていた。


「ツマンネェ、ツマンネェ! 何年もかけて、せっかく戦争を起こしてやったってのニ、国を巻きこんだきょうだいゲンカ? そんなのちっとも、ゾクゾクしネェ!」


 つまらない? 戦争を、わざと起こした?


 ますますわけがわからなくって、私はたずねる。


「なに言っているの、リドリィ。だれが、アカネを……」


「オレ様の命令で、コイツがやったんダ!」


 リドリィを肩に乗せた大柄な兵士は、アカネとアオバの側にいた、兵長さん。


「コイツはオレ様のユーシューなスパイ! ずっとアオバとアカネを見張っていたんだゼ? この世界を混乱させるタメに、ナ!」


「混乱、だと……? どうして、そんなことを!」


 シロウが声を荒げる。でも、リドリィはケタケタと笑うだけ。


「ねらいはキューターリーフだったけどヨ。ま、最強の姫騎士様でもアリだナ! 王族がたおれたんダ、へっぽこ兵士も、やっとヤル気になるだロ!」


 リドリィの言葉に、兵長さんはニヤリと笑う。


 そして、国中に聞こえるような大声で、


「アカネ姫が、帝国兵にたおされたっ!」


 と、最悪のウソをさけんだ。


 王国の兵士さんたちは、ぐったりとして動かないアカネだけを見て、怒りにふるえる。


「アカネ様が!」「コカゲ帝国、許さん!」「アカネ様の仇を討つ!」「帝国の卑怯者、覚悟!」


 オオオオ……!


 みんなが、野太い声を上げる。目の前の敵に武器をふりまわして、ただ暴力をふるう。


「こんなこと、オレは、望んでいない」


 小さくつぶやくのは、シロウ。


 悪の帝王ではなく、家族のもとに帰ってきた王子として、ノドをつぶしてうったえる。


「もう戦わないでくれ! 早く、姉さんを助けてくれ……!」


 その声は、だれにも届かない。


 怒りで我を忘れた王国兵、抵抗する帝国兵。みんながキズつけあっている。


 だから、私は言った。


「起きて、アカネ」


 たおれているアカネの手をつかむ。


「ドッキリでしょ、こんなの。ね。起きなよ、アカネ。おもしろくないし」


 こんな状況を変えられるのは、国民全員に信頼されている、アカネしかいない。


 体をゆらして、声をかける。


「今すぐ起きなきゃ、お姫様って呼んでやる。お高くとまったアカネ姫、さっさと目を覚ましてください。ねぇ、ねぇ……!」


 私がいくら声をかけても、アカネはなにも言いかえしてこない。


 にぎった手は、どんどん、どんどん冷たくなっていく。


「やだ」


 涙がアカネに落ちていく。


「やだよ、アカネ。死んじゃやだ……!」


 抱きしめても、アカネは動かない。もう、アカネは……。


 かしゃん。


 と、私の足元で音がする。


 ポケットに入れていたリモコンが、転がっていた。


「…………」


 私は、リモコンを拾いあげる。それから、ひとつのボタンに指をのせる。


 左向きの三角マーク。


世界逆行バック】の、ボタン。


「オイオイオイ! マジかよ、メイ! そいつを使うのカっ?」


 リドリィが、私の前に飛んでくる。


「まさか、忘れたのかヨ? 【世界逆行バック】のボタンは」


「使えるのは一度きり、でしょ」


 リドリィの声をさえぎる。


「私は現実の世界に帰れなくなる。でも、アカネは救える」


「……ケケケケッ! メイは、サイコーだゼ!」


 リドリィがばたばた羽ばたきながら、私の肩にとまる。顔のすぐ横で、イヤミったらしく言ってくる。


「こんなニセモノの世界の中に、閉じこめられようなんてヨ!」


「ニセモノ……」


「ここはアニメ、作り物のセカイ! テレビの中でキャラが死んで、ただそれだケ! ニセモノを助けるために、現実世界の家族も友達も、全部捨てちまうのカ?」


 リドリィの言っていることは、本当のこと。


 目の前で起きているのは、アニメの中のできことで、現実の私には関係ない。


「ちがう」


 私は、心から出てきた言葉を言いはなつ。


「ここにいる友達と、私の中の感動は……私だけのホンモノだから!」


 そして、私はリモコンをにぎりなおす。


 ごめんなさい。お母さん、お父さん、お姉ちゃん。少しでも忘れないでいてくれたら、うれしい。


 結局、あーちゃんにも会えずじまい。でも、私もこれからアニメの中で生きる。


 いつか、会えたらいいな。


 ひとつ息を吸いこんで、私は……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る