いなくなったあーちゃん
みんなの言うとおり、昔の私はアニメが大好きだった。
ねても覚めてもアニメのことを考えているお父さんとお母さんの影響で、私はテレビにかじりつくようにアニメを観ていた。
特にキューターは、私の初めての夢で、あこがれのヒーローだ。
『可憐剣士キューティエイター』。
不思議な剣の力に導かれた子どもが、伝説の剣士に変身して悪との戦いに立ち向かう、ヒロイックアクション、とかなんとか。シリーズは二十年近く続いていて、私が生まれる前から女の子たちの憧れだった、らしい。
小さな私もその中のひとりで、セリフや技の名前を覚えて、なりきりごっこは毎日やっていた。
そんな私の横にいつもくっついていたのは、ひとつ年下の弟。
私の服をつかんではなさない甘えん坊を、私は「あーちゃん」と呼んでいた。
あーちゃんは、外で遊ぶよりも家の中で私と遊ぶことが好きな男の子。その影響で、あーちゃんは私といっしょに女の子向けのアニメばかり観ていた。
それだけじゃなくって、私やお姉ちゃんのスカートを着させて、遊んでいたこともある。目がくりくりしていて、なにを着てもあーちゃんが一番かわいかった。
お父さんとお母さん、お姉ちゃんと私、そしてあーちゃん。
テレビの横にかざっている家族写真には、たしかに五人いたはずだった。
六年前の、あの日まで。
その日、お父さんは映画製作の会議で家を空けていて、お姉ちゃんはオーディションに行っていた。
家には、お母さんと私はあーちゃんだけ。そのお母さんも「急ぎの仕事が入ったから!」と私たちに断って、仕事部屋の机にへばりついていた。
取りのこされた、私とあーちゃん。ふたりだけの時間は、私にとって何よりのごほうびだった。だって、好きなアニメをずっと観ることができるから。
アニメのおともには、コーラとポップコーンがお決まり。「あーちゃんにはまだ早いの」と、そのときの私はお姉さんぶってあーちゃんをふきげんにさせていた。
私はアニメに夢中で、あーちゃんにかまってあげなかった。それがおもしろくなかったのか、あーちゃんはわざと私のコーラをぶちまけた。
服にも飛んで、床もびしょびしょ。私はついカッとなって、言ってしまった。
『あーちゃんのばか! もう、どっか行ってよ!』
服を着替えて、テレビの前にもどった私の前で、信じられないことが起きていた。
あーちゃんは、つけっぱなしのテレビの中に入っていた。
目を真っ赤にはらしたあーちゃんは、リモコンを片手に、よたよたとアニメの中に歩いていってしまった。
テレビの画面をたたいても、大声でさけんでも、あーちゃんはふりかえらない。電源が切れて、真っ黒になった画面に私だけが写っていた。
泣きわめく私は、家族にうったえた。
あーちゃんがいなくなった。弟がアニメの中に入っちゃった。そう告げたとき、三人とも困ったような顔をして、言った。
「あーちゃんって、だれ? うちは四人家族、弟なんていないでしょう?」
そう言われて、私は気づいた。テレビの前の家族写真に写っているのは……四人だけ。
弟のあーちゃんは、この世界からいなくなっていた。
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