第27話 密室の真相

 騒然とする一同にハル様は無邪気に笑いかけた。


「第一発見者が犯人、とはよく言ったものだよね」とハル様がけらけらと笑う。「ただ、第一は第一でも、今回は真里亜の方ではなかった。第一発見者タイ——市川 奏恵いちかわ かなえの方だったんだよ」


「市川は日本人です」と私が指摘すると「アホ百地、そのタイじゃねーつってんだろ」と返ってきた。タイ人の話はしてなかったらしい。


「どういうことなの?」と真里亜さんがハル様に説明を求める。ハル様は順を追って話し出した。


「市川はおそらく西田先生に呼び出されたんだろう。そして何らかの事情があって、最初から先生を殺すつもりで学校に来た。だから、職員室に出向く前に体育倉庫からバットを持ち出したんだ」

「ナイフを持参していたのに、わざわざ?」と時雨先輩が問うと、ハル様は「それは後で説明するよ」と答えた。

「とにかく、市川は、職員室で机に座っていた西田先生にバットを振り下ろして、頭を叩き潰した。何度も何度も。そして、バットを放り捨て、職員室のカギをしめたのさ」ハル様は意味深に笑ってから、言葉を付け足す。


「内側からね」


 一同は黙り込んだ。それは私も同じである。

 内側から? そんなことがあり得るのだろうか。各々頭で検討しているのだろう。沈黙は続いた。


 やがて冴島さんが動揺しつつも口を開いた。「それはつまり、市川奏恵は犯行の後、ずっと職員室に潜んでいた、ということ?」

「いかにも」とハルくんが冴島さんを指す。「市川は内側から施錠した。内側からならばサムターンをひねるだけで簡単に施錠できる。カギは不要だ。そして入口から近い職員のデスクの下に潜って隠れ、夜が明けて誰かが出勤するのを待った」


 今度は真里亜さんが驚愕の声を上げた。「ええ?! じゃあ私が職員室に入った時には既に市川ちゃんは中にいたってこと?!」

「そうだよ。よく思い出してごらん。市川が来た——と真里亜が思った時、真里亜はどこにいたの?」

「『休憩室』だよ。着替えていたら、ギギギって扉の開く音で…………あ」真里亜さんは間の抜けた顔で固まった。ハル様はその様子を見て、いたずらが成功した子供のように満足げに笑った。


「真里亜は音で判断したはずだ。『あ、誰か入ってきた』ってね。だけど、実際は入ってきていない。初めから中にいた。内側から、扉を開け閉めしただけだ。ギーギーと音が鳴れば、誰かやってきたんだって、この学校の先生なら反射的にそう思うだろ? そこを狙われた」


 職員室内に潜んでいたならば、真里亜さんが『休憩室』に移動したことも注意深く音を聞いていれば判断できそうだ。

 真里亜さんが休憩室に行くのを確認してから、デスクの下から出てきて、扉を開け閉めし、あたかも今来たかのように振舞う。そうして真里亜さんに誤認させたわけか。


「僕と百地が市川に話を聞きに行った時、百地は市川にこう聞いていた。『被害者は本当に密室で死んでいたんですか』と。市川は迷いもせずに「はい」と答えたよ。だけど、それっておかしいだろ? 市川の言い分では、市川は真里亜が職員室のカギを解錠した後に来たんだぜ? 本来ならば職員室が密室だったかどうか、なんて市川には分かりっこない。だが、市川は知っていた。それは自分で密室を作り上げたからだ」


 ハル様の話を聞く真里亜さんは、自分が有利になる情報であるにもかかわらず、表情が曇っていた。納得がいっていない、とも取れる。案の定「でもさ」と疑義を唱える。


「市川ちゃんは西田先生の死体を見て、すごく驚いてたよ? あれが演技だったとは私には到底思えないんだけど」

反対意見が上がったと言うのにハル様は「そりゃそうさ」とあっけらかんと認めた。「だって、市川は西田先生の死体を見て、すごく驚いてたんだから」


 先ほどとは違う意味で、全員が黙った。

 ハル様の自由奔放さを知らない捜査員たちは「何言ってんだコイツ」といった表情をしている。


「何言ってんですか、ハル様。そのまんまじゃないですか」

「仕方ないだろ。実際に市川は西田先生の死体を見てすごく驚いてたんだから」

「まるで見てきたように」

「見なくたって分かる」とハル様がリモコンを操作して席の後ろのスクリーンに写真を写し出した。映されたのは腹部にナイフが突き立ち、頭がグロテスクにつぶれている男性。西田教諭だ。


「そもそもさ、この死体からして不自然極まりないんだよ」とハル様が机をペシペシ叩いた。グロテスクな死体の写真の前に、お可愛らしいハル様。なんというミスマッチ。


「さっき時雨姉さんも言っていたけれど、ナイフを持参しているのに、わざわざバットを調達しに体育倉庫まで行ったりは普通しない。しかも苦労してバットを取りに行ったのに、死因はナイフで刺されたことによる出血死。つまりバットよりも先にナイフで刺しているわけだけどさ、『憎さ余って死体に何度となくナイフを刺し続ける』ならまだ理解できるよ? でも、いくら憎くても『武器を変えて頭もつぶす』なんて明らかにおかしいだろ」


 明らかにオーバーキル、死体を見てハル様がそう言ったのを思い出した。


「つまり犯人は2人いる……」と時雨先輩がつぶやいた。

「共犯者ってことですか?」と私が時雨先輩に訪ねると、時雨先輩の代わりにハル様が答えた。「いや違う。共犯者ではない。犯人が二人、というのも不正確だ。正確には殺人犯が1人と死体遺棄犯が1人」


 全く言っていることが分からない。


 誰かが訪ねるより早くハル様が補足する。「要するに、それぞれ別々に計画を立て、実行したんだ。そして市川は後攻だった。市川がバットでぶっ叩いた時には既に西田先生は死んでたんだよ。誰かにナイフで刺されて」

「えぇ?! そんなことってありますゥ?!」気付いたら私は声を上げていた。ハル様が「実際あったんだから、あるんじゃないの?」と投げやりに答える。

「夜中の職員室は薄暗かっただろうし、ナイフが刺さったままデスクに座らされていれば、ナイフや傷は見えない。それにこれから人を殺すって精神状態の時に周りを細かに見ている余裕もなかったんだろ。とにかく、市川は既に死んでいる西田先生を殺すつもりで殴ったんだよ。そして、殺したと思い込んで予定通り隠れた。朝になって出勤してきた真里亜と一緒に、死体を見てみたら、あらびっくり。ナイフが刺さってるじゃないの、と。こういうことだろ」

「あらびっくり、ってレベルの驚き方じゃなかったよ」手をパーにしておどけて言うハル様に真里亜さんが物申した。


 冴島さんが捜査員の一人に小声で市川を連行するよう指示した。任意同行、と言いつつ半強制的に連れてくるのだろう。

 大柄の捜査員が3名会議室を出て行った。ハル様は「終わった終わった」とのほほんとしている。いや、終わってないから。帰ろうとしないで。


「待ってください、結局、真犯人は誰なんですか!」

「うるさい百地だなぁ」

「百地はいつもうるさいのよ」と冴島さんが言い、「そうだね」とハル様が同意する。


 おい。


「だから、初めに言っただろ。真犯人は分からないって」


 えぇー……。クライマックスで休載に入った連載漫画くらい不完全燃焼。


「ただ」とハル様が付け足した。「時間の問題だと思うよ」

「え、何か手がかりがあるんですか?!」

「まぁね。ところで真里亜はどうなるの?まだ釈放されない?」


 冴島さんが口に指を当て、少し考えてから、「正式には市川奏恵の取り調べが進んでからだろうけど、釈放の方向で考えるわ」と答えた。

 これでハル様には警察に協力する理由がなくなった。真里亜さんの釈放を餌にハル様に協力させるという手もあっただろうが、冴島さんはその選択はしなかった。

 おそらく「今後」を考えてのことだろう。冴島さんは、あわよくばハル様を将来刑事にさせようと考えている節さえあった。大人って汚い。


「お願いハル」と時雨先輩が懇願するように言った。「教えて」


 ハル様は少し考えてから、背もたれに倒れるようにもたれかかった。「まぁ、そうだね。時雨姉さんには事件が解決したら守ってもらう約束もあるしね」と片目をつむって笑う。

「約束?」と当の本人の時雨先輩はピンと来ていない様子だったが、ハル様が「面会」と言うと、あ、とつぶやいた後で苦笑した。「わ、分かってるわよ」

ハル様は「なら、良いけど」と言って、伸びをした。それから、ゆっくりと足を組み、言う。


「西田先生を殺した真犯人、それは多分江藤先生を殺した犯人と同一人物だよ」









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