第19話 作戦会議

 

 塩谷の部屋は意外にも綺麗だった。

 香水の匂いがやや強く、ヒョウ柄の小物は活発な塩谷らしいとも取れるが、少しギャルみが過ぎるとハルは顔をしかめた。だが、絨毯の敷かれたフローリングや机の上は整理整頓が行き届き、清潔に保たれ、好感が持てる。


「ようこそ、新聞部の部室へ」と塩谷が嬉しそうにはしゃいだ。

「部室というか、自室じゃねーか」ハルが言うと、百地が「そうだそうだァ! この変態がァ!」と同調した。

 塩谷は百地に軽蔑の目を送る。「百地さんと一緒にしないでほしいな。ウチは下心なんかなくて、本当にここが部室だから招待しただけだよ」

「ハァ? 下心があって何が悪いんですかァ? 百地はいつだってハル様を犯したいと思ってますけど?」ヤジを飛ばしていたくせに何故か飛ばしていた方が開き直る。

「いや、それは悪いだろ。改めろよ」ハルの指摘もどこ吹く風。百地には一切届かなかった。


「さて、ではミーティングを始めようか。新入部員の諸君」


 新入部員、とはハルのことだ。

 塩谷が市川との間を取り持つ交換条件として出してきたのが、新聞部への入部だった。新聞部は部活動として成立する最低人数の5名で部活登録されているが、『部室」として一年生の塩谷の部屋に招かれた時点で、実情はお察しであった。


「一応聞くが、他の部員は?」

「ゴーストライターが4人だよ」

「言っておくがゴーストライターって意味違うからな」


 要するに塩谷と愉快な幽霊部員たち、というのが新聞部の実態らしい。確かに新聞部の活動を目にしたことなど、皆無であった。ならば、今回の不倫記事が事実上、新聞部初の記事になるのだろうか。


「とにかく、今日からめでたく新聞部も総員7名になったよ」塩谷がまたも嬉しそうにはしゃいで言う。

「百地は生徒じゃないんですけど部員になれるんですか?」百地が聞くと「ボインだから大丈夫だよ」と塩谷がテキトーなことを言う。絶対大丈夫じゃない。

 こうして新聞部は新入部員1名と新入ボイン1名を加えて再始動することになった。


「さて、まず今日の議題だけど、今日の議題はどうやって江藤先生のスマホを盗み見するか、だよ」塩谷が真剣な顔で言った。「何か意見ある人〜?」


 ハルは「はい」と手を挙げて、「犯罪です」と意見する。塩谷はにっこり笑ってから、「何か意見ある人〜?」とハルを無視した。


 今度は百地が「はい」と手を挙げる。

 よし、行け、百地。現役刑事の鬼の説教かましたれ。

 ハルは塩谷の半泣き顔を見逃すまいと、じっと塩谷を見て構えた。百地が言う。


「こっそりスルのが良いと思います。で、後で『落ちてましたよぉ』と堂々と渡す」


「おいこら、百地」とハルが睨むと百地は「大丈夫ですよ。百地はハル様以外の男性にはお触りしませんから。スるのは塩谷さんです」と頓珍漢な回答が返ってきた。


「誰もそんな心配しとらんわ!」「ウチがスルのォ?!」ハルと塩谷の抗議の声が重なった。


「というか」とハルが言う。「そもそもなんでスマホを盗み見る必要があるのか、そこから話せよ」

「あーそうだね」塩谷がここまでの経緯を話し出した。


 どうやら塩谷はとある筋から江藤が生徒と不倫をしている、という情報を仕入れたらしい。どこから仕入れたのかは「企業秘密だよ」と濁された。いつ新聞部は企業になったのだろうか。

 とにかく江藤は生徒と不倫をしている。それは間違いないようだ。ああ見えて江藤は既婚者だ。それが余所に他の女を作り、しかもそれが未成年だということで、塩谷は悪質だと判断し、今回の件を「不祥事」として記事にすると決めたようだった。

 男女比の狂ったこの世界でも『浮気』『不倫』という概念はあるようだ。交際段階では浮気する男というのは、割と普通だが、これが結婚という契約を交わした後だと、女は烈火の如く怒る。大概の場合、男は立場が強いので、奥さんのその怒りは不倫相手に向くのだが。今回はその不倫相手が我が校の生徒、ということらしかった。

 それで証拠を求めている、というのだ。


「まぁ手っ取り早い証拠は確かにスマホですよね」百地が頷く。スマホは証拠の宝庫だ。本人に問い詰めても自白はまず無理だろう。と、なれば言い逃れのできない証拠を突き付ける必要がある。

 でもなぁ、とハルが言う。「スルっつったって、そんな技術ないだろ。スッた後にパスワードでもかけられてたら詰むしな。それにバレたら警察沙汰だぜ? 特に百地はバレたらヤバいだろうよ」

「そうですヤバいです」と百地は分かっているのか、いないのか、テキトーな相槌が返ってくる。

「でもでも、スマホ以外に手はないでしょ?」と塩谷が言えば、「そうです、ないです」とやっぱり百地はテキトーに返事する。


 ミーティングは平行線を辿った。


 ハルが「もうとりあえずさァ」と言った。言いながら、よっこらせ、と塩谷のベッドに上がった。塩谷のベッドはやっぱり香水の匂いが強かったが、スプリングの弾力加減が割と好みだった。

「何自然な動きでウチのベッドに登ってんのかなァ、キミは」と塩谷が震える声で言うが、ハルは無視した。

「江藤を尾行して、情報収集すんのはどう?」ハルがベッドに横になり、ころころ転がる。

「何ウチのベッドでくつろいでんのかなァ、キミは」と塩谷が震えて顔を赤らめる。

「スリよりかはリスク低いだろ? それに上手くいけば不倫現場を目撃できるかもしれないし」やっぱりハルは聞こえないふりをする。

「でも、どちらにせよ、バレたら怒られますよ?」百地がどっこいせ、とベッドに上がった。

「何ウチのベッドで添い寝してんのかなァ、キミは」と塩谷が百地を睨んだ。塩谷の抗議など、どこ吹く風と百地がハルにひっつく。ハルは百地をベッドから落とそうと足の裏で押し蹴るが、百地には効果がないようだ。結局ハルが折れて二人仲良く横臥した。 


「でも、ま、大丈夫だろ。こっちには本物の刑事がいるから。な、百地? 尾行はお手のものだろ?」百地の頭をポンポン叩いたら、百地が頬を緩めて「ごろにゃ〜ん」と鳴いた。

「百地にお任せください!」と百地が胸を張って言った。「いつも逃げる犯人を追いかけてひっ捕えてますから! 慣れたものです」

「待て。追いかけてる時点で尾行バレてんじゃねーか」ハルが気付いて指摘するが、百地は動じない。

「バレてからが百地の主戦場です」



 塩谷は「ホントに大丈夫かな……」と諦め混じりの吐息を吐いた。



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