第13話 塚地くん

「よぉハル。今日はいつもより遅かったな」


 教室の席に着くと、不良少年『塚地くん』が声をかけてきた。塚地くんが隣の席の椅子を引く。女子の席だ。塚地くんが無遠慮に腰を下ろした。女子にとっても男子に席を座られるというのはご褒美以外の何物でもない。問題なし。Win-Winだ。

 ハルは塚地くんに目を向ける。

 ワイシャツを大胆に着崩し、ポッチャリと肉付きの良い胸元が露出していた。耳にはピアス。髪は金。顔はドランクドラ○ン塚地、だ。


「あ、塚地くん。おはよう」

「だァァれが塚地くんだ、ゴルァァア!」

「相方の鈴木は?」

「いねェェエエわ! 漫才師じゃねんだわ! 半グレ舐めんなコラ」


 どうやら塚地くんの真名は『塚地』ではないようだった。

 ハルは塚地くんの名前は聞かないと決めていた。

 本名を聞いたところで、結局覚えられず、『塚地くん』に上書きされてしまうので、聞いても無駄だ。塚地くんは塚地くん。それで良い。


「相変わらずツッパッてんねー」


 ハルは塚地くんのはだけた胸元に指を突き刺した。指は第一関節の半分くらいまで肉に埋もれた。


「あれ? お肌は突っ張ってないね。ぷにぷにだね」

「やめろテメェ! 殺すぞ」

「いやァァァァアアアア! 肉で窒息死だけは嫌ァァアア!」

「バッ、やめ、叫ぶな! ちょ黙れ! 黙れって!」


 塚地くんの肉厚な手で口を塞がれた。

 教室の女子の視線は既にハルと塚地くんに集っていた。

 

「理不尽王子とちょい悪男子……良き❤︎」シャッター音が鳴る。

「口を塞ぐ手、えっちぃ」荒い息遣いが聞こえる。

「ハル様しか勝たん❤︎」百地アホの声が廊下から響く。


 この世界の男子は大抵が小太りでひねくれていて、女子を嫌悪し、関わろうとしない。

 しかし不良少年塚地くんは違った。小太りではあるが、意外なことに、女子にも普通に接する。

 不良女子とつるんで、男女仲良く不良の限りを尽くしている程だ。

 男女平等を掲げる不良少年。本当に不良なのか疑わしい。


「おい、ハル。あの女、誰だ」


 廊下からニコニコとハルに手を振っている百地を、塚地くんが顎でしゃくった。


「あれは変態です。That is HENTAI」

「基礎英語に『変態』を組み込むな。お前の女か?」

「誰のものでもない。皆の変態さ」

「得体の知れねぇ変態を勝手に共有させるんじゃねぇ」


 そろそろはぐらかし切れないなぁ、と思っていると塚地くんはあっさりと追及をやめた。

 単なる世間話の一つだったらしい。

 塚地くんは何故かハルに頻繁に絡んでくる。

 不良男子に懐かれるようなことをした覚えはないのだが、塚地くんの態度はハルに対しては友好的であった。

 他の男子はと言えば、彼らはハルに話しかけてくることはない。ハルが嫌悪の対象だからだ。理由は単純。ハルが女子に優しくするからだった。敵の味方は敵、ということだろうか。


 ハルとしては、女子にだけ特別優しくしているわけではなく、男女分け隔てなく「普通」に接していただけなのだが、それがこの世界では「優しい」に変換されてしまうようだった。

 ほとんどの男子は、自分ら男は価値がある存在であり、偉いのだと勘違いしているため、女子に対してきつく当たる。

 それがこの世界での「普通」なのだ。


 ここではハルと塚地くんの方が異端である。

 学年の男子の全員がハルのクラスに固まって所属しているが、ハルと塚地くんを除く残りの男子全員から、ハルと塚地くんは白い目で見られていた。


「塚地くんは女の子にも優しいよね」ふと考えていたことが口をついて出た。

「......別に優しくねぇよ。男だろうと女だろうと良いやつはいるし、嫌なやつもいる。それだけだ」


 塚地くんが吐き捨てるように言う。照れ隠しに冷たく言い放ったつもりだろうが、見た目がドランクドラ○ン塚地なのであまり怖くない。


「なるほど。なら塚地くんは間違いなく良いやつの方だな」

「あ、ああ?! な、なに言ってんだてめぇ」と塚地くんが赤くなる。男子——それもドランクド○ゴン塚地似——の赤面を見せられても、何も嬉しくない。

 ハルが心を無にして塚地くんの赤面をやり過ごしていると、やがて落ち着きを取り戻した塚地くんが「だが」と言った。


「だが、最低な人間が男に多いのは事実だ」

「僕を嫌う人間が多いのも男だよ」


 ハルが冗談でそう言うが、塚地くんは「ああ。それも性格破綻者の一端だな」と真面目な顔で返してきた。


塚地くんが教室の隅で固まる男子たちを見ながら唐突に尋ねる。「弱み売買サイト、って知ってるか?」


「……いや。聞いたことないね。弱みを売り買いすんの?」

「ああ。俺もチームの先輩に聞いただけだが、この学校の生徒の弱みをサイト運営者が買い取り、それを別の者に売るんだそうだ。その弱みを使ってどんな事をするのかは、弱み売買サイトは一切関知しない。まぁ、ろくな目に合わないだろうがな。闇サイトの一種だ。お前も弱みを握られないように気をつけろよ」

「僕に隠し事なんてないよ」

「あの女のことを隠してただろうが。刑事だろ。あれ」

 

 ハルが一瞬目を見張り、それから肩をすくめてごまかした。

 なんだ。ばれていたのか。

 百地はまだしつこくこちらに手を振り続けていた。悪目立ちするから早く消えてほしい。


「で、塚地くんはその弱み売買サイトをどうすんの?」


 表情から塚地くんが弱み売買に否定的な立場であることは分かっていた。もし危険なことを考えているようであれば、止めなくてはまずい。友として。


「……別に。どうもしねぇよ」

「どうもしないのに、なんでそんな闇サイトのこと聞いてきたんだよ」

「ちっ。別になんでもいいだろ」


 塚地くんは悪態をついて席を立とうとした。

 ——が、


「はいスタンダーップ!」ハルが塚地くんの両肩を持って再び無理矢理座らす。塚地くんは「ぁひょん」と謎のうめきと共に、成すすべなく再び席に着いた。


「てめぇ! ふざけんな!」再び塚地くんが立とうとする。

「はいスタンダーップ!」再び座らせられる。

「スタンドアップって立つ事だからな?! 座らせながら言うセリフじゃねぇからな?!」


 ハルは塚地くんの目をじっと見つめてから、たしなめるように首を左右に振った。


「塚地くん。僕は今大事な話をしてるんだ。ワケの分からないツッコミは後にしてもらえるかな?」

「ワケが分からないのはお前の英語だわ!」

「ぁ、英語と言えば、塚地くん英語の宿題やった?」

「大事な話どこ行ったァ?!」


 もはやずっとハルのターンであった。

 塚地くんは哀れにも、チャイムが鳴るまでひたすらツッコみ続けさせられた。

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