第7話 ヒーロー


 イケメンは良い。

 何をしていても様になる。

 大抵のイケメンは女をゴミクズとしか思っていないが、それでも目の保養になるから、私はイケメンが好きだ。

 優しいイケメンなら尚のことである。



百地ももちさん、近い」



 ハル様が私を押し除ける。

 乱暴なように見えて、然程強く押されていない。優しい。好き。

 ハル様はガガガ、ギギギと嫌な音をたてながら職員室の唯一の扉を調べていた。

 廊下側に鍵穴が向いており、職員室側にはサムターンがついている。ハル様はドアを押して入室しては閉め、またドアを開けて退室、と繰り返したかと思えば、今度はサムターンをカチャカチャカチャカチャ何度も回していた。ドアで遊んでいる子供みたいで可愛い。


 カンニング対策として高性能ディンプルシリンダーを使用しているため、ピッキングはほぼ不可能、と校長が自慢げに話していたのを、ぼんやりと思い出した。

 不意に声を掛けられる。



「お餅さん」


「百地です」


「西田先生はどこで亡くなっていたの?」



 私は「あそこですよ」と被害者の席を指差してから、「写真見ます?」と被害者発見時の写真を取り出した。


 被害者西田典行は、今時珍しい中々のイケオジだった。小綺麗な高級ブランドのスーツに、これまた高級ブランドの革靴。身に纏う物のほとんどを高級ブランド『オールドフォックス』で統一していた。よほどそのブランドがお気に召したのだろうか。


 頭がかち割れて腹にナイフが刺さっていなければ、大変モテそうな43歳である。

 一般人に被害者の写真を見せるのは少し気が引けるが、ハル様は一応警察の『協力者』という立場にあるから、見せてもまぁ大丈夫だろう。


 ハル様が無言で頭を寄せて写真を覗き込んだ。なんか良い匂いがする。抱きしめたくなる衝動を必死に抑える。エロい。男子高校生エロい。

 じーっと写真を見つめるハル様。まつ毛が長い。

 やがて、ふーん、と言いながら写真から頭を離した。



「よっぽど西田先生を憎んでたのかな」


「お腹めった刺しの、頭ボッコボコですからね」


「オーバーキルもいいところ、だね」



 テレビゲームのような例えに、年相応の可愛らしさが垣間見える。愛おしい。ゲーム買ってあげたい。



「凶器はナイフと……このバットかな?」再びハル様が私の手元の写真を覗き込み、写真の中のバットを指差した。


「そうです。両方とも指紋は皆無でした。ナイフの出所は不明ですが、バットは体育倉庫から持ち出したようです」



 体育倉庫、とハル様が呟く。

 それから窓に近寄ると、一つ一つ鍵を確認して行った。

 外からテニス部の元気な声が聞こえる。

 今日は土曜日、学校は休みだった。授業は通常通り再開していたが、この職員室だけは生徒はもちろんのこと、教師も未だに立ち入り禁止だ。

 教師は情報室のパソコンを使って業務に当たっていた。

 ハル様が振り向く。



「窓から出て行った可能性は無さそうだね」


「ですね」



 2階なので飛び降りようと思えばできなくはないのかもしれないが、窓の外に足場はなく、外から窓の錠をかける作業を行う余地はない。それに窓の錠も鑑識が念入りに調べたが、細工がされていた痕跡は皆無だった。



「ところで」ハル様が言う。「真理亜が逮捕された根拠はなんなの? 状況を聞いた限りだと教師なら誰でも犯行は可能だったように思えるんだけど」


「あれ、聞いてないんですか? キーボックスの話」


「キーボックス……って職員玄関にあるやつ?」


「ですです。あのキーボックス、電子式なんですよ。カードキーで解錠するんです——あ、カードキーは教師全員に貸与されてるんですけど——ただ型式が古くて、誰が開けたのかまでは記録が残らないんですよ」


「なるほど」と言ってからハル様が続ける。「いつ開けたか、だけが記録されるってこと?」


「さすがハル様。察しが良いですね。そうなんです。いつ開けたかは分かるんです。記録によると事件の日の午後8時頃最後まで残業していた真理亜さんが鍵を返す時、それから、死亡推定時刻の少し前——これは被害者が戻ってきて開けたと思われます——最後が翌日の朝6時頃、真理亜さんが出勤してきた時です。事件前後の解錠はこれだけなんです」


「……そうか。それで」とハル様がすぐに状況を理解した。やっぱりこの子、頭の回転が早い。ハル様は確認するように言った。


「仮に教師が犯人とすると、密室でもなんでもなく、普通に鍵をかけて去った、ということになる。鍵の一つは被害者のポケットに残っていた。そうすると必然的に犯人はもう一つの鍵を持っていたことになるわけだ。ところが、キーボックスの解錠記録から分かるとおり、犯人は去り際に鍵をキーボックスにしまわなかった。と、なると、この時点でキーボックスは空っぽだったはずだ。真理亜が犯人でないのなら、朝出勤してきて鍵を受け取れるはずがない。鍵はキーボックスに入っていないのだから。しかし、真理亜は鍵を受領した。つまり——」



 私は頷いて答えた。



「そういうことです。捜査本部の見解はこうです。真理亜さんは事件の日の残業終わりにキーボックスを開けたけど、鍵は返さなかった。そして被害者が何らかの事情で戻って来たところを殺害。真理亜さんは鍵を持ったまま逃亡。そして、朝出勤してきた時に、既に鍵は持っていたけれど、空っぽのキーボックスを開けて、あたかもキーボックスから取り出したかのように偽装した」


「ちなみに合鍵の可能性は?」


「特殊な鍵なので、合鍵作成には何週間も掛かります。そんな長い期間鍵が紛失していたことはこれまで一度もないそうです」



 ハル様ががしがしと頭をかく。犬みたいで可愛い。後でハル様の髪の毛落ちてないか探しておこう。



「確かにその理屈なら、真理亜以外には犯行は不可能、と言えるね」


「はい。なので、犯人は真理亜さんです。ハル様にはお気の毒なことですけど……なんなら今後はうちに住みます? 百地お姉さんが養いますよ?」



 自然を装って提案してみる。もちろん本気100%の下心100%、合わせて200%の濃厚凝縮百地ももちである。

 ハル様は真剣な表情で呟く。



「——でも、前提が間違ってる」


「いえいえ、結婚前提とは言いませんって! まずはお付き合いから! いえ、体の関係が先でも百地的には——あ痛!」



 ハル様にチョップされて、舌を噛んだ。容赦ないな、このイケメン。



「やっぱり生徒の誰かがやったんだ」



 頭をさすりながらハル様に目をやると、ハル様もこちらを見ていた。

 澄んだ瞳。

 静寂に包まれた広大な湖の水面を連想させられる。

 冷静沈着の青い瞳の奥に、陽だまりのような優しさを宿した目。

 物語の名探偵ヒーローってこんな目をしているのかも。

 ハル様が言う。



「これは密室殺人だ」










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