第3話 そうですよね? 看守さん


 面会室の扉が開くとハルくんが看守にお辞儀して入室した。

 ハルくんは席に着かず、立ったままじとっと私を睨んだ。

 シンと静まり返った面会室に、ハルくんを愛でる私と、私を蔑みの目で見るハルくん。立ち合いの看守の目もどこか冷たい。


 一日ぶりのハルくんはやっぱりこの世の生き物とは思えない可愛さを宿していた。

 少しウェーブした綺麗な黒髪、長いまつ毛とスーッと通った鼻。中性的な整った顔立ち。

 身長は低く、あどけない未成熟さが可愛らしい。そのことを気にしているのも可愛い。


 ハルくんにそんな風に睨まれると、なんかこう、内に秘めた感情がグツグツとたぎる。そんな場合ではないのは百も承知だが、抑えきれないこの感情。止めて。ロマンティック。



「あのさぁ」とハルくんが呆れながら言う。言いながら座る。



 やっぱりそうだよね。言われちゃうよね。元警察官のくせに何逮捕されてんのってね。分かってる。分かってるから。甘んじて受け入れるから。ハルくんの暴言。むしろもっと頂戴。

 感情の波が押し寄せたのか、ハルくんは机を叩いて激怒した。



「僕、お腹すかせて待ってたんだけど!」



 おっと、王子様は違う件でおかんむりの様子。可愛い。



「ごめんねハルくん。そんなに私の手料理が好きなんだね、可愛い」


「看守さん。犯人この人です。裁判とかいいんで、刑務所にぶち込んでください」


「ちょォォっ! 裁判はして?! お願いだから! てか私やってないんですけどォ!」



 看守もハルくんには冷たい目を向けられないようで、苦笑いで応じていた。



「全く何してんだよ、真理亜はもぅ」とハルくんが頬杖をつく。ほっぺがぷにっとなっていて、柔らかそう。くそぅ、ポリカーボネートの仕切り板がなければ、と面会室の作りを憎らしく思う。


「私が聞きたいくらいだよ。出勤したら、西田先生が机で死んでたんだって」


「ああ。それで昨日学校休みになったの?」



 死んでた、と聞いてもハルくんは全く動じない。普通16歳の少年がリアルな死に触れたら恐怖するものだと思うのだが、どうやらハルくんは普通の枠組みから大きく外れているようだ。



「第一発見者だから逮捕されたんでしょ? ね、看守さん、そうですよね? だいたい第一発見者が犯人ですよね?」


 看守さんは「いや……ぁはは」とまたも苦笑してやり過ごす。


「そんな理由で逮捕されちゃ堪らないよ! というか私だけじゃないから第一発見者は」


「第一が二人いると? 第一発見者タイだ」


「いや、タッチのさで私だけどさ、第一は。でもその場に市川ちゃんもいてさ。二人で見つけたの」



 二人で見つけたの、と言っちゃうと仲良く珍しい昆虫でも捕まえたようなほのぼの感が出るが、見つけたのは死体だ。人間の。



「え、市川って、うちのクラスの?」


「そう。可哀想に。トラウマもんだよ、アレは」



 私は警察官時代に、殺人事件なんかも担当していた時期があったから慣れたものだが、16歳の少女にリアルな——それも知り合いの——死体はきついだろう。



「そんなにひどい死体だったの?」


「まぁね。頭はバットでめった打ちにされてグジュグジュだわ、お腹にはナイフが刺さってるわで酷いもんだったよ」


「39番。子供にそういうことを言うのはやめなさい」と看守が止めに入った。

 あ、確かにそうか、と一瞬思ったが、すぐに『でもハルくんだしな』と思い直した。


 案の定、ハルくんは全く気にした様子もなく、

「そうだぞ39番。で、顔は判別できたわけ? 39番」と聞いてくる。


「潰れてたのは頭だから。あれは確かに西田先生だった」



 ハルくんは、ふーん、とだけ言う。興味がないのか、興味がないように見せ掛けたいのか、判然としない。

 もしかしたら、保護者の私がいないことを不安に思っているのを必死に隠しているのかも。可愛い。



「ま、そのうち釈放されるから大丈夫だよ。お金は寝室のタンスの一番上に何万か入ってるから、それ使って」



 返事は返ってこない。ハルくんは私の顔を、観察する、と表現するにふさわしい目つきでじっと見つめた。



「39番。そろそろ終わりだ」と看守が立ち上がる。


 私も立ち上がり、「じゃあね」と微笑んでハルくんに背を向ける。

 看守が扉に手をかけた時、ハルくんが言った。






「本当?」





 振り返ると、泣きそうな顔のハルくんがいた。

 やっぱり強がりだったか、と愛おしさと申し訳なさで、胸が締まった。






「本当に釈放されるの?」





 返答できない。

 本当だよ、と嘘を重ねるのは簡単だが、ハルくんの気持ちを鑑みれば躊躇われた。






「真理亜が疑われるそれなりの根拠があったんだろ?」






 ハルくんはゆっくりと、いつもの眠そうでダルそうな表情に戻っていった。

「なら」とハルくんは続ける。
















「僕が疑いを晴らしてやるよ」














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