エピソード17 調査ファイル2-2

「地下集合住宅街は想像以上に繁栄していた。飲食店や住居に壁はなくテーブルや家具が通路にはみ出していて全てがそれで構築された街だった。スラム街のような様子はまるでなく地下闘技場を中心とした賑わいのある生活区域に思えた。闘技場のある3階分のフロアは縦長の吹き抜けになっていてそれぞれにチケット売り場と入場のための入り口があった一度はラジオではなく生で見て見たいものだ。比較的地下の闘技場の観戦チケットは安いらしい」

「それは余計な話だった。では調査の報告を。ポールド西城門付近の地下街への入り口から警察が差し押さえのために突入しても賑わいは止むことがなかった。おそらく地下の世界で警察に取り押さえられるのは余程の変わり者しかいないのだろう。そういったところだろうか。十階の層に分かれた地下街にある住居の数は一万弱と思われる。これは地下の五階で犯人とされる人間のいる部屋に突入するまでに見た地下街の住居の数をもとに大まかに計算した上で想定したものだ。警察の検挙は静粛に行われた。容疑者と見られる五人の地下住民もアヘンを常用していたと思われるので虚な目をしていたこともあり冤罪を訴える者はいなかった。これには現場にいたメイス軍曹も文句を言う様子はなかった。彼らの地下住居の間取りは他よりも狭く家の中に仕切りが作られていた。仕切り板の向こうには東ベルリ軍のスコープを取り付けたライフルが三丁。アメロスタ製のウィナチェスターが五丁。爆薬とアヘンが数キログラム見つかった」

「差し押さえの際の警察職員達に不審な点はなし。だが一年間暗闇の中にあったその小さな部屋には霊がいた。霊は姿形が不安定なモヤのような姿の怨念霊だった。他の職員に迷惑をかけないように俺は部屋の隅にいる霊の隣に寄り添い数滴の葬送香を手につけて熱を加えた。少しずつ消滅を促しながら苦しみを抜け出す瞬間の言葉を聞き取ろうと思ってのことだった。霊はボソボソと似たようなことを繰り返し呟いていた」

「射撃なんてできない。射撃なんてできない。射撃なんてできない。どうせアレが殺すのに。なんで。なんで。なんで。なんで。射撃なんてできない。俺たちは何のために?ああ金とアヘンをもらったからか。でも射撃なんてできない。どうせアレが殺すのに。なんで俺を殺すの?」

「俺は誰にも聞こえないように『アレって誰のことだい?誰を殺すのかな』と小さく呟いてから葬送香を徐々に放出した」

「次に表情のない霊体は、殺すのはアデル王子。アレ、アレは誰。違うあれは黒い霧だ。きっと毒ガスだ」

「そうか苦しかったな、天に召されよと言葉をかけた俺は霊払いを行なった」

「この証言から察するに、テロリストの疑いをかけられた地下住民達は何かしらの仕事をする予定だったのではないだろうか。射撃なんてできない。どうせアレが殺す。アレは黒い霧で毒ガスのようなもの。射撃をして誰かを狙うのであれば。標的は生誕祭で大通りを練り歩くアデル王子なのかもしれない。だがどうせアレが殺すと言う証言。霊体はアレのことを毒ガスだと言い残している。これまでに生誕祭パレードでテロが起きたことはないはずだ。今年のテロリスト達は何者かに命令されて何かしらの訓練を受けていたと言うことになる。

 毎年生誕祭前にテロリストが逮捕されていることを思慮に入れれば、去年より以前のテロリストの潜伏先を見て回れば効率が良さそうだ。そう判断した俺はメイス軍曹にその旨を伝えて許可を取り2つの現場を調査することにした。現在1961年から遡ること二年前までなのであれば現場が保全されているとのことで地下十階と七階の部屋を調査した。そのところどちらの部屋にも霊体の存在を確認することができた」

「地下最下層十階、一年前に検挙されたテロリスト達のいた場所にいた霊体の証言」

「誰か信じてくれ俺たちはテロなんかやろうと思ったことなんかない。俺たちは武器を買うつもりもアヘンなんかにも興味がなかった。感染症が流行る可能性があると噂を聞いてエクソシストが使う香料カートリッジを注文しただけだ、そしたら大量の兵器が家に届いたんだ。変な疑いはやめてくれ」

「この証言を語る霊体に話しかけても返事はなかったので速やかに霊払いを行なった」

「地下七階、二年前に差し押さえのあった場所にいた霊体の証言。彼はこういっていた」

「ネム、ルーク。すまない。金が欲しくてお前達を売ってしまったんだ。元気にしているか。母さんは警察に連れて行かれたけどきっと大丈夫だ。王家の奉公人とはいえ。植物園や大浴場、教会の掃除仕事なら今までの生活よりは遥かに待遇が良いはずだ。お前達は地下で生まれたのにすごく頭が良い。きっと城の中でなら幸せになれるはずだ。俺はもう戻らない。金が入るはずの日に警察に銃で撃たれた。さよなら。いつになったらあの世に行けるんだろうか」

「地下七階の男がどの警官に撃たれたのかをメイス軍曹に聞いたところ。当時の現場で誰がテロリストと思しき人物を誰が射殺したのかは記録がないとのことだった。メイス軍曹は別の場所にいたため現場を見ていない。テロリストの疑いをかけられて射殺された男の霊体は家族を王家に奉公させたと証言している。おそらく彼らは戻ってこなかったはずだ」

 外の大通りは暗くなり街灯と人々が持つ蝋燭の灯りがぼんやりと窓を照らしている。

「この案件の調査の初めに霊払いを行なった際に除霊したサキュバスは十年間、発霊していなかった。十年後の生誕祭前に突如発霊したサキュバスは五人の男を殺害した。推測でしかないのだがキリシテのエクソシスト達は十二年の歳月をかけて人為的な発霊を試みたのだろう。テロリストを疑われた人々は実験台になったと思われる。そしてサキュバスと同じように実験が成功した霊がおそらく今日王子の命を狙っていると俺は考えている」

「この国の王は自分だけが生き残れば死ぬまで王でいることができると考えているのかもしれない。そのためには王子が霊害によって死ぬ必要がある。と仮定したらどうだろうか。今年検挙された地下住民のいた部屋の霊体は黒い毒ガスが誰かを殺すといっていた。彼らが生前みたこの黒い毒ガスというのは人為的な発霊によって出現したサイコパスのインビジブルマーダーシーンなのではないだろうか。そろそろパレードが始まる。王子を助けようと思っているわけではないのだが、王子の殺害を実行するために霊体が場所を選んで尚且つ命令通りに動くことができるのなら。俺の故郷にいる巨大な霊体に限りなく近い霊体なのではないだろうか。後日進展があれば調査報告を録音するつもりだ。十二月二十四日午後六時五十五分。エクソシズムインセンスのダージリン・ニルギル」

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