エピソード8

「ニル殿、考え事かい。墓をボーッと眺めているのには理由があるのかな。今は夜の十一時だぜ。他の若い奴らはまだ正常だぜ。今元気に朝飯を食っているからな。ヴェイプフェンサーはカロリーが大事なのだろう?平民のために生産されたカチカチのパンがあるけど食べるかい?非常勤届けを出しておいたからあんたの分もあるぞ」

 彼らは夜の十一時が朝食どきのようだ。横幅五メートル、長さにして百メートルほどの墓場の管理所は五メートル間隔に取り付けられた小さな電球に照らされている。現在の位置は通路の中間地点だった。墓場に入るための入り口はすぐそばにあるが無線好きの男が鍵付きの鎖で固めているようだ。

「もちろん、昼間に農夫の旦那にチーズを分けてもらったからみんなで分けよう」

「お、チーズがあるのかい?いいねえ。俺たちの食事はポールド警察の配給だからね。みんな街で売っているピザソースやらブラウンシュガーを用意しているから問題ないとは思うが。俺はチーズをもらおうかね」

「墓参り用の玄関にあった通信用の機械だとかヘッドホンは値段が高いのか?食べ物はしっかりしたものを食べないと寿命が縮むぞ」

 無線好きの男は初老でシワが多い顔つきだった。サイズの大きいメガネを不安定な状態で鼻に引っ掛けている。ジーンズにデニムジャケットに軍事用のブーツを履いている。薄い空色のシャツに真っ青なネクタイが若々しさを醸し出していた。それに加えて歳に合わない痩せ型の体つきだった。

 首にかけたオーバーサイズのヘッドホンを大事そうに撫でている。

「つい最近、王国外のバザールで新しいラジオ局を設立した奴らが出てきたのだが。そいつらはポールド領土最果てのクラウコフの闘技場の拳闘の試合配信をするつもりらしい。ハイカラなことに遠方から山の中にあるアンテナを使って中継をするときたものだ。そこで俺は周波数が細かく設定できる新品のラジオが欲しいのさ。家では毎日のように蕎麦を焼いて干し葡萄を食っているから健康には気を遣っているのだぜ」

「そう聞いて安心したよ。では早速墓地に入れるようにドアの鎖を外してくれ」

「もう墓場に出るのかい?昼間も出ずっぱりだったじゃないか。それに新入りの若いやつが墓場にでて霊に首を刎ねられると困るのだよ」

「俺が墓場にでたら扉に鎖をつけてくれて構わない。パンは二分で胃袋に収める。睡眠をとってから頭の中を整理するとアイデアが思い浮かぶのさ」 

 無線の男は話しながら歩き始めたのでついていく。通路に漂うコーヒーの香りが強くなっていくのがわかった。コーヒー豆は高級品だが警察職員には安くで売られていると言われている。久しぶりに眠気覚ましの黒い汁が啜れる。

「なるほどね。じゃあ二分間俺たちのリビングに来てくれよ。なんでニル殿は常にリュックを背負っているのかい椅子に座る時にいちいち下ろすかと思うとゾッとするね」

「こうやって重い荷物を背負って体を鍛えているのさ。俺は南ベルリの軍人出身だから癖がついている。無礼かもしれないがテーブルの椅子には座らないから先に謝っておく」

「格闘家たちとはえらい違いだね。あいつらは戦う時とトレーニングする時以外はずっと食っては寝るを繰り返しているからな。ニル殿は格闘技ができるのかい」

「一般人や警察官、一般軍人と比べればかなり強い方だ。だがエクソシストになる試験に合格した後にベルリ軍の組織に暗殺術を仕込まれている。法律ではエクソシストが格闘家や警察官になることは許されていない。南ベルリ軍はもう存在していないがエクソシストは一般的な娯楽やスポーツ競技、サーカスなどには参加してはならない。そのことはヨーロン全土の統一された法律で決められている。それに俺の戦闘技術は決められたルールのある殴り合いには向いていない。霊ではなく人との戦闘で命の危険を感じた場合は依頼人と自分の命を優先する。だから交戦した相手のすぐに首をへし折って殺してしまうことになるな。どうだ、つまらないだろう」

「なんだよ。勿体無い。まあ確かに投げ技を使う競技でも骨を折ることは禁止されているからな。思っている以上に霊払い士とは立派なものなのだな。噂には聞いていたが戦争にエクソシストが駆り出されていたのが本当だったとはね」

 事務所の奥には三人の看守たちが丸テーブルに肘をついてパンを貪っていた。無線の男の言う通りピザソースや砂糖で味をつけている。ニルに割り当てられたテーブルの上ではコーヒーカップの中には香ばしい魅惑の黒い液体が揺れている。三人は二十代後半で体格は良い。ニルは背中に手を伸ばしてリュックの中に手を入れた。

「チーズを食べるかい。君たちはタバコを吸うのかな。できれば十五ドルで分けて欲しいのだが」

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