最強魔族のハンターライフ~人外魔族の大罪~
@Winter86
# 1 生存けん ①
この国の王様が死んだらしい。
それも一月も前に。
王様は偉い人。
言葉が形容する意味でしか、その時の自分では認識出来なかった。別に知ろうともしていなかった。
なんせ子供だった。日の出ている間は近所の友達と遊んで、暗くなったら家に帰り、母さんの作った夕飯を食べる。もうその頃には眠くなっていて、また明日がやって来る。
恵まれた生活で、子供時代だったと思う。
何も難しいことを考える必要なんてなく、自分の好きな事を好きなだけ出来る。両親も一人息子だった自分を甘やかして育てていた。
お母さん、お父さんと呼べば、二人は笑顔で応えてくれる。
確かに愛されていた。
だが、一度だけ怒られたことがあった。
その時の光景をおれは忘れないだろう。
両親は研究者だった。
死んだ王様にも会ったことがあると父さんは言っていた。だから、その時の自分は父さんが誇らしかった。偉い人である王様と会ったことのある父さんを、近所の友達に話して自慢していた。
今思えば、子供ながらに恥ずかしいことをしていた。
父さんも隠していたことではなかったようで、言いふらしたことに怒るようなことはしなかった。
家には地下室があった。
大事な仕事場だから、絶対に入っちゃダメだよ。母さんにはそう言われた。
勉強して、父さんみたいになったら入れてやるぞ。父さんにはそう言われた。
母さんの言葉には納得出来なかった。「どうして」「入ってみたい」と子供なりにせがんでいた。それでも、ダメよ、と入りたがる自分を母さんは優しく諭す。おやつとか、おもちゃとかで興味を逸らされたことも何度かあった。
でもやはり、その場は凌げても、地下室に入ってみたいという好奇心は無くならなかった。
父さんの言葉は母さんとは違っていた。入れてやるぞ、という言葉に反応して「いつ?」と訊き返していた。勉強して、父さんみたいになったらな。返って来るのは「勉強」の二文字で、遊び呆けていた子供が好きなものではない。
だから、父さんには地下室へ入りたいとせがむことはなかった。
地下室には鍵が掛かっていた。
王様のいる王都から、ずっと遠い所に住んでいる。町と言うよりも村と言った方が正しい。そんな集落で生まれ育っていた。
故にその集落では家に鍵は付いていない。
住民は皆、知り合いのようなもので、家族のようなものだった。盗みに入るような人はいない。入ったところで金目のものなんてありはしないのだから。
そんなとある夜。
肌寒い、乾燥した空気も相まって、酷く寝苦しい真夜中だった。寝る子は育つと言うし、母さんも嬉しそうに言っていた。だから、子供の頃の自分は寝る子だったのかもしれない。母さんが喜んでくれるから。
でも、その日の夜は寝つけなかった。
寝苦しい夜だったのは違いない。けど、それだけじゃかった。単に眠れない。眠くなかったのだ。両親に挟まれ、布団の中で寝たふりをする。ずっと起きているので、次第にトイレに行きたくなってしまった。
子供だったからか、夜中に起きるのはダメなことだと勝手に思っていた。
隣には母さんも、父さんもいて、自分が部屋を出たらすぐに気付くだろう。そんなことで怒られるわけないのに、その時の自分はひたすら我慢し続けていた。
そろそろ我慢も限界———そんな時だった。
家が激しく揺れた。正確に言えば、地面が激しく揺れた。
遠くない場所に大きな山があり、それは今も活動を続ける活火山だ。集落に住んでいれば、火山が原因で地震が起きることも珍しいことではなかった。最初の内は怖かったものの、この頃の自分はちょっとした揺れくらいなら何とも思わなくなっていた。
しかし、今回の揺れは規模が違った。
激しく揺れる地面は徐々に大きくなっていった。そんな状態で両親が寝ていられるわけもなく、起きた母さんに自分は抱き着いた。流石に経験したことの無い大きさの揺れに怖くなってしまった。
何十秒と続いた地震は次第に大人しくなる。
家の家具は軒並み倒れ、壁に掛けてあった写真は落ち、窓ガラスも割れていた。幸いにも家族で使っていた寝室に大きな家具はなかった。誰も怪我を負わずに済んだ。
ただ、それは自分たちだけの話だった。
集落のあちこちで家が燃えていた。家具や倒壊した家の下敷きになった住人もいた。
父さんは火事になった家の消火を、母さんは怪我をした住人の手当をしに行った。当然、自分は一人になってしまう。一人にすることを躊躇っていた母さんだったが、凄惨な集落を目の当たりにして我儘を口にはしなかった。
子供でも、分別はついていた。
家から出ないようにと言われ、出て行った母さんの背中を最後まで見届けることはなかった。すぐに扉を閉め、しばらく棒立ちしていた。あの時、自分が何を考えていたのかは分からない。
深いことは考えていなかったと思う。
燃え盛る家や倒壊した家、泣き叫ぶ見知った住人を見て、悲しいとすら感じていなかったかもしれない。自分が単に薄情な人間というわけじゃなく、子供だったし、今起こっていることを頭の中で整理するには時間が必要だった。
しばらくの間、玄関で棒立ちしていたが、思い出したかのように尿意が襲ってきた。トイレに駆け込むことで事なきを得た。今では当時の自分が、あの揺れを経験して、よく漏らさなかったと思う。
忘れていたことがすっきりしてか、途端に眠たくなった。
だが、今も外からは燃え盛る炎の音や住人の声が聞こえる。眠っていられる状況ではないことは、子供の自分にも分かっていた。
自分に出来ることはないか探した結果、倒れた家具を戻し始めた。
物の少ない寝室は大丈夫だったが、机や椅子など家具が多かった居間は酷い有様だ。横倒しになった机は重くて無理でも、椅子くらいなら運ぶことは出来る。ゆっくりと時間を掛けながら、自分なりに居間を綺麗にしていった。
未だ、外からの声は激しい。
そんな声に混じって、家の中から物音がした。
自分の聴覚はその物音を鮮明に聴き取ってしまった。
そして物音は家の地下からだった。
悪いことだと分かっていた。母さんと父さんに怒られるかもしれないと、子供だった自分は強く思った。だが、物音のした地下室はずっと気になっていた。入ってみたかった。
母さんと父さんは研究者で、王様にも会ったことがある。
両親も偉い人だと、両親の仕事は誇れることだと。そんな両親の仕事を、ただ知りたかった。
地下室に続く階段は石造りになっている。
温かさのない無機質な石に囲まれる階段は広くもないので、子供の自分はあまり好きな場所ではなかった。少し怖かったのかもしれない。
鍵の掛かった地下室の扉は地震のせいで壊れていた。蝶番が外れてしまっていたのだろう。押すと簡単に開いた。
夢にまで見た地下室———だが、両親の仕事場は想像していたものとはかけ離れていた。その落差に、地下室に入った自分は何ら声を上げることもしなかった。
地下室も地震によってか、散らかっていた。長い机の上に散らばる沢山の紙には文字や数字、記号のようなもの、子供だった自分にはそれが何なのか見当もつかない代物だ。地下室の天井に着く高さの棚には隙間なく極厚な本が収まっている。
明かりも乏しく、思っていた場所と違っていて、地下室への好奇心はすぐに消え去った。両親が戻って来る前に地下室を出ないといけない、と思う気持ちも大きかった。
戻ろうと踵を返そうとして、地下室の奥に扉があることに気付く。
その扉は開いていた。そして誰かが、そこに立っていた。地下室に人がいるなんて思わない。
だから声を掛けた。でも反応はなかった。
暗かったので見間違いかもしれないと思い、目を細めるが、そこには確かに人が立っている。背は自分よりもずっと高い。長くて白い髪の女性だ。赤い瞳は自分を見つめていた。
どうして自分が、あれに声を掛けたのか分からない。
突然、突如、急に。身体の芯が震えた。恐怖か、または違う別の何かか。ただひたすら、ここにいてはいけないと感じてしまった。
全力で振り返り、走り出そうとする。
だが、ダメだった。振り返ることは出来た。すぐ目の前に、地上へ続く階段から光が差している。足を踏み出せば、手を伸ばせば、その光に触れられる距離だった。でも、足も手も動かなかった。
振り返った時には、既に自分はあれに両肩を掴まれていた。
肩を通じて伝わるのは冷たい手だったということだけ。
それからの記憶は無い。
目覚めた時には朝で、集落の火事も混乱も落ち着いていた。
そして両親に激しく怒られた。今までにないくらい。優しかった両親を忘れてしまうくらいに怒られた。
その後、しばらくして集落は無くなった。
地震による死者が多く、村として維持出来なかったからだ。
でも、本当に地震のせいだったのかは、今となっては知りようがない。
もう十年以上も前の話なのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます