第25話 2024/05/06 食欲

 まだ生きている。


 ガンは経過観察に入っているので、特に何事も起きない。つまりは書くことがないのだ。もう敢えて取り上げるほどの副作用も後遺症も見られない。ただそれでも食欲が戻らないのは少々困ったことだ。


 腹が減っているのはわかるし腹に入れるべき適量もある程度わかるので体重が落ちない程度に食事はしているのだが、正直言って面倒臭くて仕方ない。何とか頑張って一日二食は摂っているものの、食事などする時間があるなら寝ていたいとすら思ってしまう。


 食欲が戻らないのは抗ガン剤治療の影響なのだろうけれど、食事を咀嚼すると顎が痛むことも遠因ではないかと感じる。ちょっとでも硬いモノを噛むと顎が痛い。どの程度が硬さの基準となるかと言えば、ロースハムが耐えられるギリギリだ。野菜で言えばニラで精一杯。ご飯は痛みこそ走らないが顎が疲れる。結局、お茶漬けにしたり卵をかけたりおかゆにしたりしなければ量を摂れない。何とも面倒臭い限り。


 あれこれそれなりに工夫して食欲を刺激してみたりはするのだが、特に変わりは見られない。もしかしたらもう一生このまま食欲が戻らないのかも知れない。それは寂しい話ではあるが「そのくらいどうでもいいや」的な諦念もある。食事など服薬と同じ、時間と量さえ間違えなければ問題ない、と言えばまあその通りなのだし。


 なんてことを考えながら、いま一番楽しみにしているアニメが『ダンジョン飯』なのは皮肉というか何というか。食は生の特権である、がメインテーマの作品に心惹かれるのは、生きることへの執着があるのだろう。いや、当然か。まだ死にたくはないからな。


 死にたくないのは別段悪いことではない。ただ最近、ときどき思うのだ。自分はガンに甘えていないかと。「自分はガン患者なのだから、この程度は許されてしかるべきでは」みたいな思考が湧くことがある。人間の嫌な部分であるな。


 自分がガンになったのは運が悪かっただけであって他人に非がある訳ではない。ならば他人が気を遣う必要など特にないし、ましてやそれをこちらから要求するなど意味不明である。「もっと私に同情しろ!」なんて恥ずかしい言葉を口にしたことはないが、頭に浮かぶだけで相当に情けないのではないか。


 まあ、元々情けない人間ではあるので、その点は今更なのだが、人生を納めるときにはそれなりに格好を付けたい見栄もある。死んだら灰になるだけなのに見栄もクソもないのだけれど、できればあまり惨めったらしい最期は迎えたくないものだと思う今日この頃。まだ死なないけどな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

つれづれガン日記 柚緒駆 @yuzuo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ