魔女と鬼の子

喜見城幻夜

魔女と鬼の子

 「ボーテン!」

 「おお神よ、邪なる女を滅ぼしたまえ、ボーテン!」


 祈りを唱え、片手に六字架片手に武器を持った男たちが小屋を囲んでいる。

 リーダーらしき男が合図すると、後ろにいた部隊が次々と火矢を放った。

 ヒュッと音を立て、それらは小屋の屋根や壁に張り付いた。

 ・・・何も起こらない。

 火は赤い薔薇に変わり、粗末な小屋を彩っている。


 「出てこい、魔女め!」


 リーダーが怒鳴ると、小屋の扉がゆっくり開いた。

 思わず息をのむ男ら。

 中から出てきたのは、二十歳ばかりの若い女だった。

 迫害者らよりもずっと青白い肌で、長い黒髪を無造作にまとめている。

 紅玉を思わせる赤い瞳が、招かれざる者らをじっとみつめていた。

 質素な黒いワンピースに、白いケープを羽織っている。


 「馬鹿野郎、何しに来た。

 うるさいぞ」


 若い女にあるまじきぞんざいな言葉を放つと、リーダーの男は女の容姿に見とれつつも言い返した。


 「きさまが魔女サーリャか。

 司教様からの命令だ。

 今から教会に来てもらう。

 きさまが鬼の子をかくまっているとの連絡があった」

 「断る。

 いきなり攻撃したくせに」

 「ならば仕方ない。

 死んでもらう!」


 男は剣を抜き、魔女に斬りかかった。

 

 「あれ?」


 剣は瞬時に消えた。

 男の体には蔦が巻き付いている。


 「呪いだ!

 魔女の呪われた技だ!」

 「ボーテン、ボーテン!」


 集団は六字架を掲げ、祈りつつ魔女に攻撃を仕掛ける。

 しかし彼らの行為は無駄だった。

 最初の男と同様、武器は消滅して蔦の餌食となる。


 「おのれ、サーリャめ」

 「殺しに来たの?

 あんたらの神は女を殺すのが趣味なのかい?」


 魔女はにやりと笑って手元の白百合を茎ごと抜いた。

 息を吹きかけると、それはキャンディーに変わった。

 挑発するようにペロペロ舐めている。 


 「に、人間が・・・魔術を使うのはゆ、許されないんだ」


 後方にいた若い男が恐怖のあまりどもりつつも言う。


 「き、教会はゆ、許してないぞ、そんなこと。

 おまえは悪魔だ!」

 「悪魔が鬼の子を育ててるんだ!」

 「ねえ、おまえ」


 魔女は彼の方に瞬間移動し、たたみかけるように問うた。


 「鬼の子を育ててるって?

 このあたしが?

 誰に聞いたのさ?」

 「き、きさまになんて、教えるもんか!」


 魔女は自分のこめかみを押しつつ、考えた。


 「おかしいな。

 ここに来てから五回くらいしか出歩いてないぞ。

 たしか、最後に地上を散歩したのは六年前・・・。

 ああ」


 赤い瞳がきらめく。


 「エレーヌから聞いたのか?

 それとも、スザンナ?

 ああ、メリールーか」


 最後の言葉に、男の顔がひきつった。

 魔女はにんまりした。


 「図星だ。

 あの女、うちの前で行き倒れてたからしばらく介抱してやったのさ。

 やたらはしこい、手癖の悪い子でね。

 まあ、うちにゃ金貨銀貨もなければ、お宝もないんだけどさ。

 丈夫になったから、パンとチーズを持たせて村に返したんだっけ。

 シェルマのことは秘密って言ったのに、裏切ったか」

 「やはり鬼の子をかくまってたんだな」


 リーダーの男がものすごい形相で怒鳴りつけると、蔦はギシッと音を立てさらにきつく締め付けた。


 「ぼんくらめ。

 ここに鬼なんざ、いない。

 さて」


 魔女が手を一振りすると、男たちを締め上げていた蔦は一斉に花を咲かせた。

 バラに似た形の、毒々しい黒紫の花。

 かぐわしいというより高級娼婦の香水に似た匂いがして、迫害者どもは瞬時に眠りについた。


 「ママ?」


 ドアが開き、子供が出てきた。

 人間の齢にして、六つくらいの幼女だ。

 きれいな白いレースのついたワンピースに、白い革靴を履いている。

 耳は尖り、肌は水色。

 目は金色で同色の髪の毛はふわふわした巻き毛。

 子ヤギのような銀色の角が二本生えている。


 「おやシェルマ。

 危ないから出ちゃダメって言ってるだろ。

 全く!」


 魔女は叱るにしては優しげな口調とまなざしで異形の子供に話しかけた。


 「こっちは大丈夫。

 この愚か者たちなら、ほら」


 両手をパン、と叩くと彼らの姿は消えた。


 「元の場所に送り戻した。

 目が覚めたら、忘れてるだろう。

 少なくとも、ここに襲撃したことは」

 「あたち、鬼なの?」


 小さなシェルマは魔女に不安そうに聞いた。

 育ての親は首を横に振り、否定した。


 「いいや、違う。

 シェルマ、あんたは異世界の種族――、住民さ。

 多分、神話に出てくる羅刹族だろうね。

 河川や泉の番人であり、勇猛果敢に戦う戦闘民族。

 決して悪い存在、鬼なんかじゃない」


 子供のふわふわした髪をなでている。


 「今度リボンを結んであげるわ。

 シェルマ、あんたは鬼じゃない。

 別の世界から来た、かわいいかわいいあたしの弟子。

 どうしてこの星に来たのかは、あたしにゃ分からないけど」


 優しく子供を抱き上げた。


 「もしかして、将来、元の世界に戻れるかもしれない。

 あんたの両親に会えるかもしれない。

 その日まで、あたしの大切な娘、弟子でいておくれ」


 子供のふっくらした頬にそっとキスをする。

 シェルマは無邪気にうん、と言い、二人の姿は小屋の中に消えた。

 



 一か月後、領主の命を受けた聖騎士団が魔女の家に辿り着こうとしたが無駄だった。

 小屋は跡形もなく消え、イラクサが生い茂る荒地に変わっていた。

 どこに行ったのかはようとして分からなかった。

 


 数年後、村はずれの一角に奇妙な巨大な穴が出現した。

 そこから次々と異形のモノたちが飛び出してきた。

 人型の魔物で、耳が尖り角を生やし、肌の色は赤や青、緑など様々。

 筋肉隆々で背の高い彼らは、口々に姫様を返せと喚きつつ村を襲った。

 村は半日で壊滅し、領主やその一党もすべて戦死した。

 教会は壊され、魔物たちの居住となった。

 どの国の軍隊も、聖騎士団も、彼らには敵わなかった。

 かの国の人々はこう言う。

 あれが悪夢の始まりだった、我が国は角を生やした鬼に滅ぼされたのだ、と。



 「ね、ママ。

 あたち、ずっとママといるわ」


 シェルマはペットのヒキガエルと遊びつつ言った。

 4月の太陽がやさしく彼女と魔女を照らしている。


 「ここの村、みんな親切なんだもん。

 今日は天狗の男の子とお友達になったよ」

 「飛鳥くんか、ああ」


 魔女は薬草を選別しつつ答えた。


 「この国に移住してよかったね。

 今のところ狂信者の群れもいないし、迫害する者もいないから。

 地震があるのは玉に瑕だけどさ、まあ」


 ギザギザ葉の薬草を取ると、魔女はふうっと息を吐いた。


 「人間がいないのは、いいことかな」

 「ママは人間でしょ?」


 首をかしげるシャルマに、育ての親はうなずいた。

 やや皮肉めいた微笑を浮かべつつ。


 「まあね。

 あたしは人間から生まれた人間になじめない魔女。

 数百年生きても老いず死なない人間・・・だね。

 でも」


 薬草を置き、手を拭う。

 シェルマを抱きしめ、こう続ける。


 「あんたに会えてよかったよ。

 あたしが人間だろうがそうでなかろうか、どうでもいい。

 あんたに会えただけで、灰色の世界に色が付いたようなもんだからね」

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