第5話

「……お前……、海老原……だったっけ?」

「そう。っていうか、どうしたの? その怪我……」

「別に……」

「でも……」

「いいから、放っておけよ。俺の事は、……構うな」

「…………分かった」


 心配して声を掛けた恵那だったけれど、放っておけと言われてしまった以上どうする事も出来ず、この場に留まる訳にもいかない彼女は後ろ髪引かれる思いでその場から立ち去った。


(大丈夫なのかな? っていうか、あんなに怪我して……病院行かなくて平気な訳?)


 命に関わる事は無いだろうけれど、痛々しい姿を思い出すと、やっぱり手当をした方がいいのでは無いかと思う恵那。


(一旦帰って、包帯とか持って行こう)


 構うなと言われたものの、あんな状態の人を放っておける程、非情な人間では無い恵那は急いで自宅に戻ると救急箱から包帯や消毒液などを手当り次第鞄に詰めていく。


(そうだ、水も持って行こう)


 水分補給もさせた方が良いかもしれないと冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出して鞄に入れた恵那。


「恵那? また出掛けるのかい?」

「あ、おばあちゃん。うん、ちょっと友達のところに」

「そうかい。雨が降りそうだから傘、持って行くんだよ?」

「分かった! 行ってきます!」


 祖母に再び出掛ける旨を話した恵那は言われた通り傘を手にすると、急いで河川敷へと戻って行った。


 恵那が河川敷に着く少し前から雨が降り始めた事で、野球をしていた少年たちの姿も見えなくなっていた。


 傘を差しながら斗和が倒れていた付近へ足を進めながら恵那は思う。この雨だし、少し時間も経ってしまったからもう帰ったかもと。


 けれど、


「江橋くん!」


 斗和はまだ、そこに居た。というより、気を失っていたという方が正しいのかもしれない。


 呼び掛けに答えない斗和を心配した恵那は彼のすぐ側にしゃがみ込むと、極力雨が当たらないよう傘を差す角度を調整しながら、もう一度声を掛ける。


「江橋くん、しっかりして?」

「……ッ……お前、帰ったんじゃ……」

「心配だから、戻って来たの。包帯とか持って来た……その……手当てしようと思って……」

「……別に、これくらいの傷、大した事ねぇよ……」

「駄目だよ! とりあえず、あの橋の下に行こう? ここでこのまま雨に打たれてたら、風邪ひいちゃうよ」

「…………はぁ……、分かったよ……」


 鬱陶しそうな表情を浮かべる斗和を気にする事無く恵那は橋の下を指差すと、彼女の勢いに困惑しつつ溜め息を吐く。


 そんな彼の身体を支えながら共に橋の下まで行き、斗和は壁にもたれ掛かるように腰を下ろした。


「あの、これ……ミネラルウォーター持ってきたの。良かったら飲んで」

「…………ああ、ありがと」


 バッグからミネラルウォーターのペットボトルを取り出した恵那が斗和にそれを差し出すと、一瞬迷うような素振りを見せた彼は小さい声でお礼を口にして受け取り、キャップを開けて、ぐっとの喉へ流し込んでいく。


(喉、乾いてたんだろうな……)


 そう思いながら恵那は、消毒液や包帯、絆創膏などをバッグから出していき、


「傷の手当て、上手く出来ないかもしれないけど……一応……見せて?」


 ペットボトルの半分以上のミネラルウォーターを飲み干した斗和にそう声を掛けた。

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